第259話 比翼連理

 

 突然、飛び掛かってきた中年の男性と、躊躇なく無表情で顔面を殴り飛ばしたランタナ。彼女が腰から鋭利なコンバットナイフを引き抜こうとするのを俺は慌てて止めた。


「ランタナ! 待て待て! 殺人は不味いって!」

「退いてください。殺します! 大丈夫です。証拠は残しません」

「目撃者がここにいるからぁ~!」


 抱きつくようにして制止する。それでもなおランタナは男に追撃しようとする。

 こんなランタナは初めて見た。

 のっぺりとした無表情で…………? あれっ? 琥珀アンバーの瞳が潤み、頬が朱に染まっている? この感情は羞恥?

 呆然としていると、殴られた男性が頬を撫でながら起き上がった。そのまま、さめざめと泣く真似をする中年男性。


「酷い! 妻にも殴られたことは…………何度かあるけど!」


 あるんかいっ!


「刺し殺します!」

「おぉー怖い怖い。照れ隠しはいけないぞっ♪ マイ、スウィ~トハ~ト♡」

「…………」

「うおぉー! ランタナ待てってばぁー!」


 本格的にランタナの顔から感情が抜け落ちた。俺は完全に背後から抱きついて今にも起きそうな殺人事件を止める。って、引きずられるぅ~!

 はぁ、と深い深い、途轍もなく深い深奥へと達するため息をつくと、ランタナは刃物を下ろした。


「お互い良い年齢なんですから、抱きつくのをやめてください。抱きつく相手は他にいるでしょうに」

「おう! 毎日ハグしてるぜ! でも、偶には愛しい娘にも愛を伝えたいじゃないか! 取り敢えず、おかえり、我が愛娘よ」


 娘!?


「……はい。ただいま、お父さん」


 お父さんっ!?

 えっえっ、と、独り蚊帳の外に置かれた俺は、二人の顔を何度も行き来する。

 この人がランタナのお父さんだって!? ダンディだな。確かにランタナに似ている。特に目元が。

 その時、厨房から割烹着姿の三十歳前後らしき美しい女性がタオルで手を拭きながらやってきた。


「あら、おかえりなさい、ランタナちゃん。元気そうね」

「お母さんただいま。私は元気です。お母さんも元気そうですね」


 貴女がお母さんですかっ!? 確かに瞳が同じ色だ。優しい橙色。


「ええ、もちろんよ。毎晩お父さんにたぁ~っぷりと愛されてるから」


 うふふ、ととても嬉しそうに微笑む美魔女。実に妖艶だった。

 あぁ~。そう言えば一度聞いたことがある。ランタナのご両親は弟か妹が出来そうなくらい今なおラブラブのバカップルだと。

 この宿がランタナの実家なら、当然向かいの宿屋のことも知っているよな。ご近所だから。道理でポリーナ嬢のことを知っていたのか。納得だ。

 少し恥ずかしさを滲ませながら、ランタナが彼らを紹介してくれる。


「殿下、紹介しますね。私の父のグーズと母のサルビアです。お父さん、お母さん、この御方はシラン・ドラゴニア第三王子殿下です。私の……」

「おいおい母さんや。見ろ。あの男っ気が皆無だったランタナが男を連れてきたぞ」

「はいはいお父さん、私にも見えていますよ。あの男っ気が皆無だったランタナちゃんがねぇ。婚約の報告かしら? 家族が増える?」

「もしかしたら家族は義理の息子だけじゃないかもな!」

「妊娠!? お腹に子供がいるの!? めでたいわぁ!」

「双子かもしれん! いや、三つ子かもしれんぞ!」

「一気に増えるわね。私、おばあちゃんになっちゃうわ。いや~ん! 嬉しい!」


 ランタナの言葉を遮り、次々に夫婦間の会話が繰り出される。もう止まらない止まらない。ついでに妄想も止まらない。ノンストップ。

 ブチッ、と隣のランタナから何かが切れる音がした気がする。ひぇっ!?

 それに気づかない夫婦は勝手に盛り上がる。


「相手はあの王子様だぞ」

「第三王子殿下ね」

「玉の輿だ」

「玉の輿ね」


 いやいや、もう既にランタナは近衛騎士団の一部隊を率いる部隊長だ。相当高い地位にいますからね。高給取りだぞ。


「逃したら勿体ないな」

「ええ、折角ランタナちゃんがこんなにも乙女しているんですもの。勿体ないわ」


 というわけで、と声をそろえた夫婦は、互いに顔を見合わせて仲良く同時に深々と頭を下げた。


「「 娘をよろしくお願いします! 」」

「お父さん!? お母さん!?」

「ああ、はい。幸せにします」

「殿下まで勢いに流されないでください!」


 いや~、つい? 良いご両親じゃないか。でも、ランタナが真面目な性格になった理由が何となくわかった気がする。

 それにしてもランタナは可愛い反応だな。ここに来てよかった。

 ガックリと脱力して疲労感を漂わせたランタナが、疲れきった声で事情を簡潔に述べた。


「とある理由で護衛対象のシラン殿下と時間を潰す必要があったので寄りました。他意はありません」

「ささ、婿殿。座った座った!」

「お茶を用意してくるわね~!」

「って、聞いてますかっ!?」


 絶対に聞いてないぞ。ほらほら、ランタナも座って座って。

 再度ため息をついたランタナは渋々俺の隣に座った。

 ランタナの父グーズさんも座り、人数分のお茶を持って来たサルビアさんも椅子に座った…………俺たちの隣に。

 いや、狭いって。対面が空いてるでしょ。

 順番はサルビアさん、ランタナ、俺、グーズさんだ。両サイドから押されて、俺はランタナと密着することになる。

 くっ! 良い香りがする!

 グーズさんは馴れ馴れしく俺の肩に腕を回す。まあ、いいんだけど。


「「 それで? 出産は何時頃? 」」

「まだ妊娠してません!」

「「 まだということは、もうヤッた? 」」

「し、してません!」

「「 婚約は? 」」

「してませんってば!」


 中々強烈なご両親だな。俺の父上が二人いるような感じだ。

 想像してみるが……うわぁ、滅茶苦茶疲れそう。無理無理。

 俺は他人事だからまだいいけど、ランタナはもう疲労困憊。こんなに疲れているランタナは見たことが無い。


「おい婿殿」


 グーズさんが低い声でランタナに聞こえないように囁いてきた。ドスの利いた声だ。


「ウチのラブリーな娘をどう思ってるんだよ? あぁん?」

「えーっと……」

「好きか? 愛してるか? それとも嫌いか? どうだ? こんなにもキューティーでクールで美人で可愛い女性は滅多にいない、そう思わんか?」


 うっわー。これは非常に面倒臭い絡みパターンだ。ランタナのことを褒めてもダメ、拒否してもダメ。実に回答が困る父親だ。


「こう見えて母さん譲りの隠れ巨乳なんだぞ!」

「言っておきますが、全部聞こえていますからね、お父さん」


 ムスッとした声のランタナがジト目で睨んでいる。何故か俺まで一緒に。

 そっか。ランタナは身体能力が高いから耳が良いのか。少しの音でも聞き逃さない。じゃないと護衛に支障をきたすから。


「そうよ! 私譲りのおっぱいなの! 形もとても綺麗よ!」

「お母さん!? もう喋らないで!」


 あはは。サルビアさん、その情報は知ってますよ。実際に見たことがありますから。巨乳で美乳だよな。


「んで、質問に答えてないぞ、婿殿よ?」


 俺は何と答えるのが正解なんだ!? 誰か教えてくれ!


「そ、それはその……」

「「 どうか娘に手を出してください。両親オレたち・私たちが許可するので! 」」


 あっさりと許可するんかいっ! そこは、手を出すんじゃねぇぞゴラァ、でも興味ないとは言わせねぇ、と威圧するところでしょ!

 というか、仲良すぎだな、この夫婦は!

 比翼連理。宿屋の名前も納得。この二人そのものだ。

 そして、勝手に許可を出された娘はというと……


「もういい加減にしてください!」


 羞恥心で顔をこれでもかと赤くしたランタナは盛大に叫んだ。

 しかし、その姿は大変可愛らしいものだった。











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ヤバい。メインヒロインが可愛すぎる……





※作者が勝手にランタナのことをメインヒロインと思っているだけです。



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