夜遊び王子のハーレム譚
ブリル・バーナード
第一章 蒼の乙女の治療 編
第1話 婚約破棄 (改稿済み)
タイトル変更しました(2021/1/16)
旧題【娼館通いの夜遊び王子】です。
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「貴方との婚約を破棄させていただきますわ!」
金髪ドリルの高飛車な少女が高笑いしながら、ずぶ濡れの俺にビシッと指さしながら宣言した。
豪華で派手なドレスに身を包み、指や首、耳にはゴテゴテの宝飾品をつけた少女だ。
俺の婚約者であったフィニウム侯爵家次女リデル嬢が、蔑んだ瞳で見下ろしている。
お淑やかに微笑んで黙っていればお人形さんみたいに可愛らしい少女なのに、侮蔑のこもった冷たい瞳に嘲笑って歪む口元は全然可愛くない。
周りの取り巻きの貴族の少女や少年たちも同じ瞳をしている。
「何か言ったらどうですの、夜遊び王子殿下?」
ここはフィニウム家の屋敷の裏。
お茶会の誘いが来て参加したのはいいものの、途中でここに案内され、リデル嬢の取り巻きに囲まれたのだ。その後、わざとらしく足を引っかけられ、よろけて手に持っていた飲み物をかけられた俺。
折角の衣装がビショビショだ。ジュースの甘い香りが混ざって何とも言えない不快な臭いになっている。
何か言うことねぇ。言うとしたら『正気か?』という一言だろうか。
婚約破棄もある程度起こりうる出来事だから珍しくはない。だが、その場合は本人たちや両親も含めて話し合いを行い、両者が納得したうえで破棄が決定する。
こんな風に自慢げに宣言するようなものではない。
「無様な姿ですわね、シラン・ドラゴニア王子殿下。ですが、毎晩娼館に入り浸っている夜遊び王子にはお似合いの格好ですわ!」
高笑いする少年少女たち。
笑うのに夢中で
あぁ……勿体ない。
彼らは何をしているのかわかっているのだろうか?
俺はこの国の王子なんだぞ。
まあ、どんなことをしているのか理解していないんだろうな。哀れな。
ジュースの雫を滴らせながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
「リデル嬢。俺との婚約は両家の両親が決めたことです。それを破棄するということですね?」
「ええ。そうですわ! わたくしは貴方のようなゴミクズと結婚するつもりはありません!」
「フィニウム侯爵もご納得の上ですか?」
「もちろんですわ!」
「そしてリデル嬢が結婚したいのは、そこのダンデサカム・ダリア殿というわけですか」
リデルの横に佇む少年、ダンデサカムが一瞬身じろぎする。しかし、彼はふんっと得意げに、そして嘲りに顔を歪めた。
彼はレペンス・ダリア近衛騎士団長の次男だったはず。
まあ、彼らが付き合っているのは昔から知っていたけど。
王侯貴族には情報というものがとても大切だ。当然、二人が密かに密通を行っていることも俺の耳に届いている。
肉体関係があるんだとさ。
「なんですか、その目は!」
呆れとか憐れんだ俺の瞳をリデル嬢は気に入らなかったらしい。キーっと癇癪を爆発させる。
「平民の子供風情が生意気な! この高貴なる血筋であるわたくしの前で不敬ですわよ! 跪きなさい!」
ドンッと胸を押されて、俺は力に逆らわず尻もちをついた。
その瞬間、俺の内に棲む獣たちが怒りの雄たけびを上げて咆哮した。
今すぐ命令しろ、彼らを殺してやる、と獣たちが怒り狂って叫んでいる。
―――やめろ。落ち着け。俺は大丈夫だから
湧き上がる彼らの殺意を必死で抑えた。じゃないと、この辺り一帯は更地になってしまう。
それにしても高貴なる血筋か。
俺が平民出身の母から生まれたことは事実だ。だが、それは王家のしきたりだ。母上は第三王妃として父上を支えている。
「平民の子供か……それを言う意味は分かっているのですか? 王家を侮辱することですよ?」
「ウフフ。オーホッホッホ! 王家を侮辱しているのは貴方でしょう、夜遊び王子! この国の恥が! あぁ……無様な貴方の姿を見るのは気持ちがいいですわ! それで? 婚約破棄には納得していただけたかしら? わたくしはこのダンデと結婚いたしますので」
染まりきった選民思想の嘲りの瞳。嘲笑を浮かべた取り巻き立ちも同じ瞳をしている。
どういう教育をしたら選民思想が根付くのだろうか?
さてと。ここまで大勢が見ている前で婚約破棄をしたのだ。もう覆すことはできないぞ。
「……はい。わかりました。父上には俺から説明しておきます」
「そう。では二度とわたくしの前に現れないでくださいな」
フンッと鼻で笑ったリデル嬢は取り巻きを引き連れて去っていく。
各々去り際の嘲りの笑いは忘れない。
はぁ……面倒なことになった。
よっこらしょ、と立ち上がり、土汚れを……落とさなくていいか。ジュースまみれでベトベトだし。
「ハイド。馬車の用意を。これから王城へ向かう」
「かしこまりました」
何気なく呟くと、俺の影から渋い男性のダンディな声が聞こえてきた。
俺の使い魔の一人、執事を任せているハイドに影を通して連絡したのだ。
びしょ濡れの服のまま、俺は馬車乗り場へと移動する。
お茶会の会場に集まっている子息令嬢や、主催者のフィニウム家に仕える従者たちの注目を集めるが、知ったことではない。
帰り際の主催者への挨拶は……必要ないだろう。二度と現れるなと言われたから。
ようやく馬車が見えてきた。
「ご主人様!」
白銀の髪の美しいメイドが俺に気づいて、慌てて駆け寄ってくる。
野次馬の貴族の子息たちがメイドに見惚れ、厭らしい視線を向ける。
メイドは周りの視線を気にせず、ジュースまみれの俺に気づいて息を飲んだ。
空色の瞳が怒りの炎で激しく燃える。虹彩が爬虫類のように縦長になる。
龍眼だ。
彼女の身体から爆発的な魔力が迸った。
「一体誰がご主人様を! 殺す!」
「ソラ。気にするな」
「ですが!」
「もう一度言う。ソラ。気にするな」
メイドのソラの美しい青い瞳を見つめる。
彼女の手の甲に浮かんだ鱗を、俺が握ることで周りから隠し、視線でも告げる。
―――気にするな、と。
まだ言いたげだった彼女は結局根負けし、ふぅ、と息を吐くと怒りを消す。
手の甲に浮かんだ鱗が消え、龍眼が元に戻る。
「わかりました。半殺しにします!」
「半殺しにもするな! 俺は一刻も早く王城へ行かなければならないんだ!」
「そうですか」
「うおっ! や、止めろ! 降ろせ! お姫様抱っこをするな! ソラの服が汚れるだろ!」
「一刻も早く、ということだったので。早く馬車に乗ったほうがいいですよね? 服は汚れるものです!」
自分より背の低い美少女メイドに軽々とお姫様抱っこをされて馬車へ乗り込む俺。
ソラは嬉しそうにニッコリ笑顔。綺麗で可愛いのに有無を言わせない迫力がある。
野次馬たちがヒソヒソと噂話をしているようだ。
また変な噂が立つだろうなぁ、と遠くを見ていたら、いつの間にか出発の準備が整っていた。
ソラが御者を務めるハイドに声をかけた。
「ハイド。出発してください」
「かしこまりました」
白髪頭のダンディなハイドが俺たちを確認すると、ニッコリと微笑み馬車を動かし始めた。
ゴトゴトと馬車が動く音がする。
「いい加減に気持ち悪いから服を乾かすか」
パチンと指を鳴らして、ジュースの水分と汚れを魔法で落とす。魔力を通せば汚れが落ちる特別製の服なのだ。
そして気が付けば、俺は柔らかくて甘い香りがするものを枕にしていた。
「って膝枕!? 一体いつの間に!?」
起き上がろうとするが、がっしりと頭を掴まれている。
チラッとソラの顔を見ると、綺麗な微笑みを浮かべていた。だがしかし、目は笑っていない。
彼女の背後にゴゴゴと効果音が浮かんでいる気がする。
冷や汗が流れて、恐怖で身体が小刻みに震え始める。
「ソラさん?」
「何でしょう、ご主人様?」
「あの、怒ってます?」
「ええ。大変怒っております。これ以上ないくらい激怒しております。どうして私たちを頼ってくれないのですか!」
「だってソラ達は皆殺しにするだろ?」
「はい! ご主人様に害を与える者は全てこの世から消滅させます!」
「だから頼らなかったんだよ」
思わず深いため息をつく。
彼女も契約している使い魔の一人だ。
使い魔たちは皆、俺を傷つける者を許さない。
燃やして、刺して、抉って、押しつぶして、砕いて、千切って、喰いちぎって、締め上げて、溺れさせて、あらゆる殺し方で殺す血に飢えた獣たち。
彼女たちを自由にさせたら国が簡単に滅ぶ。それほど強力なのだ。
だから俺が傷つくときには頼れない。
それ以外だと頼りになるパートナーなのだが。
俺はソラに膝枕をされながら、揺りかごのように揺れる馬車に身を任せる。
「ソラ………少し寝る。着いたら起こしてくれ」
「かしこまりました、ご主人様。子守歌は必要ですか?」
「俺はもう17だぞ」
「ということは必要なのですね!」
悪戯っぽく微笑むソラ。馬車の中に彼女の綺麗な歌声が響き渡る。
優しげなソラの歌声を聞くと疲れがどっと押し寄せる。彼女の歌声に包まれながら、俺はあっさりと意識を手放した。
そして、俺は王城に着くまでソラの太ももでぐっすりと眠っていたのだった。
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