おじいさんとおばあさんの幽霊

 電車を乗り継ぎ、ミブタコーポレーションの社長・園田が所有するという大豪邸がある鳥取県へと向かう。

 プチ旅行気分で、ひかりは観光ガイド片手にニコニコと上機嫌だ。

 駅からは徒歩で山道を進む。園田社長の大豪邸とやらは、山の斜面を切り崩した場所に建てられていた。

 ひかりは普段と変わらず赤色の着物姿であったが、イタコの修行で足腰は鍛えられているようで足取りは軽快だった。

 途中で休憩を挟むことも足を止めることもなく、僕らは昼過ぎには目的地である大豪邸へと辿り着くことが出来た。


 石造りの小高い塀が、敷地を囲っていた。その面積の広いこと──。

 終わりが見えない程に石造りの壁が左右どちらにも続いている。

 そんな塀を伝って歩きながら、僕らは中に入るために正門を目指した。


 正門には『園田』とデカデカと掘られた大理石の表札が掲げられていた。

 他にもなんとも悪趣味で、裸の女神像や肉を貪るライオン像などが乱雑に配置されていた。


 僕は門の前に立つと、呼び鈴のボタンを押す。

──ピーンポーン!

 それは庶民的な、馴染みのある音であった。

『お嬢様、何か御用でしょうか?』

 インターホンのスピーカー越しに、女性がすぐに応対してくれた。

——お嬢様?

 ふと頭上に視線を向けると、塀に設置されている監視カメラが目に入る。そこからこちらの様子は見られているようだ。

 ひかりが代表して用件を話してくれる。

「御免ください。私達、園田社長にお話を伺いたくて、こちらに伺ったのですが」

『私達、ですか?』

 インターホン越しに女性から不思議そうな声が返ってくる。

 カメラの映像にはひかりの姿しか写っていないだろうから、相手の反応は当然である。幽霊である僕の姿は、生者の目には写らない。

「ええ、そのまま伝えてもらえれば、分かると思います」

「バス事故のお仲間が来たとお伝え下されば、多分ご主人もわかると思います」

 僕は補足するように、横から口を挟んだ。

『はぁ……』

 相手から困惑したような声が返ってくる。

『あの、マスコミの方でしたら、取材はお断りしているのですが……』

 もしかしたら、突飛なことを言い出した僕らのことを、バラエティー番組の取材か何かと勘違いしたのかもしれない。

「いえ、違います。本当にそのまま伝えて頂ければ分かると思いますから、お願いします」

 僕はインターホンに向かって答えた。

『え、あ……はぁ……』

 相手が驚いたようになっているのは、こちらの声が男女入り交じって聞こえたからだろう。


『……分かりました。少々お待ち下さい』

 女性はどうやら不可思議な訪問者の対応に困り果てて、家主に判断を仰ぐ気になったようだ。

 それからプツリと通話が切れて、しばらく間があった。

「大丈夫かしらね?」

「園田社長の周りにはあの二人が居るだろうから、食い付いてくれることを祈ろうよ」

 そんな運任せな話をしていると、インターホン越しに女性からの返事くる。

『お待たせ致しました。やはり、社長には身に覚えがないそうで、お会いにもなりたくないとのことです。申し訳ありませんが、お引き取り下さい』

「そんな!」

 予想外の返事が戻ってきて、僕は愕然としてしまう。

 呼び止める間もなくそう告げられると、一方的にガチャリと通話を切られてしまう。

 僕は腑に落ちなかったので、再びインターホンを鳴らしてやろうとボタンに手を伸ばした。

「……ああ、あんちゃんかい」

──が、声を掛けられたので手を止めた。

「確かに見覚えがあるよ。なぁ、ばあさん」

「いやですわ、おじいさん。私はまだボケてはいませんよ。お知り合いの方ですわね」

 声がした方を振り向くと、おじいさんとおばあさんが屋敷の中から歩いてきていた。

「あ……お久し振りです。柳城やなしろ亜久斗あくとです」

 どうやら、僕の話を耳にして直接様子を見に来てくれたようだ。

 僕はペコリと頭を下げた。

「俺は米飯べいはんだ。こっちの婆さんが梅宮うめみやだ」

 米飯が改めて自己紹介をしてくれた。

 おばあさんの名前は知っていたが、おじいさんが米飯という名であることはこの時に初めて知った。

 二人は夫婦であると思ったが、それにしてはこの年で別姓にしているのが妙に気になった。

「あんちゃん、俺らに用があんなら園田に言ったって無駄だ。奴はあんちゃんのことも、事故もことも関わりがねーんだから」

 米飯が苦笑する。

 確かに、園田に何を言ったって関わりがないのだから関心を持ってはくれないだろう。予想通りに、米飯たちが気付いてくれてよかった。

「何やら話があるみてぇじゃねぇか。……まぁ、ここじゃ何だから屋敷ん中に入るといいさ」

 米飯が顎をしゃくって歩き出した。

「あの、でも……」

 僕はひかりに視線を送る。

 霊体である僕はまだしも、ひかりが勝手に他人の屋敷に入るわけにもいかない。不法侵入でしょっぴかれてしまうだろう。

「……あん? 連れの嬢ちゃんが居るのかい」

「ひかりと申します」

 ひかりが米飯の言葉に応えて頭を下げたので、米飯は面食らったようである。

「見えてるのか?」

「ひかりはイタコを生業にしているので、霊である僕らのことも見えているんです」

「へぇー、そいつはスゲぇじゃねーか。普通じゃねぇ嬢ちゃんって訳かい」

 米飯が感心したようにひかりを見詰める。

 次に米飯は梅宮に視線を移すと、屋敷に向かって顎をシャクった。

「なぁ、ばあさん。ひとっ走り園田んところに行って、中に入れてもらえるように手配してやってくれや」

「はいはい。分かりましたよ、おじいさん」

 梅宮はウンウンと米飯の言葉に頷くと、ヨロヨロと屋敷に向かって歩き出した。

「直に開くだろうから、あんちゃん。俺達も先に行ってようぜ。男同士の話し合いって奴をしよう」

 米飯が手招きをしてきたので、僕はひかりに助言を求めるように目配せをする。

「私も、すぐに後を追うから大丈夫よ」

「分かった。先に行ってるよ」

「……ふん。別に何もしや、しないさ。まぁ、来る気になったならついてきな」

 米飯が歩き出したので、僕は彼の背中を追うべく門を透過して敷地の中に入った。


 何やら嫌な悪寒が走ったが、何も起こるわけがないだろう。

 僕はそうした考えを払拭するかのように、頭を左右に振るった。

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