第146話 九条五六②

 九条五六は息が切れていた。


 明らかなスタミナ切れ。 雑味の増したパンチ。


 突進しながら大振りなパンチだ。


 零はステップで避けると同時に拳を置く。


 打ち抜けばカウンターとなって、五六は大きなダメージを負う事になる。


 だから、五六の進行方向に拳を置くだけだ。


 それでも、まともに受けた五六はバランスを崩してリングに倒れる。


「道場チャンピオンですね」と零は呟く。


 道場チャンピオン、ジムチャンピオンと呼ばれる選手がいる。


 天賦の才を持ち、スパーリングならば世界ランカーですら華麗に圧倒する選手だ。


 しかし、いざ試合となれば途端に勝てなくなる。そういう選手がいるのだ。


 緊張や不安といったメンタル面が原因だろうか? それとも相手選手が出すプレッシャーに体が動かなくなるのだろうか?


 相手は世界ランカーどころか、デビューして3戦とか4戦のルーキーだ。それでも勝てなくなる。


 九条五六の場合はそれ以上だ。


 サンドバックを打ったり、シャドウボクシングなら、かなりの実力が伺い知れる。


 それが試合どころかスパーですら実力が発揮できなくなってしまうのだ。


「さて……どうしたものですかね」


「まだ、もう少しだけ!」と五六は立ち上がった。


 しかし、すぐにバランスを崩して倒れた。


「もう止めましょう」と零はリングを下りた。


「……」と俯いた五六。そんな彼に向かって零は――――


「打撃は怖いですか?」 


「……はい」


「それはどうしてかわかりますか?」


「……」と少し長い沈黙を返して――――


「人を殴ろうとすると、体が強張って……変に力が入って……」


「いいえ、そうではありません」


「……? そうではない……スか?」


「本気で人を殴る行為そのものが怖いのでしょ?」


「――――っ! はい……」


「じゃ殴らなくて良いんじゃないですかね」


「はい?」と五六は変な声を出した。


「そうですね……まずは打撃はフェイントで、本命は組みを試していきましょうか」


「投げ技ですか?」


「はい、では手本を見せます。構えてくださいね」


 零はジャブから右ストレート……それをフェイントにクリンチに行く。


 そして、シンプルな投げ。五六は簡単に投げられた。


「これを繰り返していきましょう。やり続けたら打撃も怖くなりますよ……たぶん」


「はい!」と五六は零を同じ動きを行って見せた。


 

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