第63話 武川盛三VS佐藤 久安⑥
狂気を秘めていたはずの佐藤の表情が焦りが引き出されている。
投げれない。 武川を投げれないのだ。
相手のバランスが見える。 無論、目で見て取れるわけではない。
感覚として、わかるのだ。 相手の体重がどういった感じに移動しているのか?
相手の力の移動に合わせる事で容易に投げることができる。
――――そのはずだった。
しかし、武川盛三は投げれない。
バランスを崩した肉体。 死に体になったはずの体を瞬時に調節してくる。
異常な反射神経。
その性質的に後手後手に回り、今は技と受けているが……
やがて佐藤の動きを凌駕していく。
反射神経。 それは技の速さにも直結していく。
「だが、まだ負けてやるわけにはいかんのだ」
それは狂気に満たされても、なお君臨する合気の王としての矜持か?
武川は腕を掴んだ瞬間には放った技。 それは――――
合気上げ。
名前に合気を冠とする技。 極まれば腕を支点に体が上に跳ね上げられる。
しかし、武川の動きは、佐藤の技を――――
凌駕した。
合気上げにより、体のベクトルが上に跳ね上げるよりも早く――――
武川は佐藤のバランスを崩した。
体重。そして、ベクトルは下へ。
ゴロンと佐藤は前回りをするように回転。
投げられたのだ。それも必殺のタイミングを返され、完璧な状態からの返し技を受けて。
それでも素早く立ち上がろうとする佐藤の目前に飛んで来る物がある。
武川のひざ蹴り。
咄嗟に片手をあげてガードする佐藤。
しかし、ガードしたはずの腕からは、枝が折られるような不気味な音が鳴り、佐藤は後方に吹き飛ばされた。
ダウン。
そのまま天井を見上げた佐藤は動かない。
武川のヒザを受けた腕は奇妙な方向に曲がっている。
追撃は……来ない。
武川を静かに佐藤が立ち上がってくるのを待っている。
この時、佐藤は折れた腕の激痛。 強烈な打撃を受け、朦朧とする意識。
しかし、心は健やかだった。
狂気は消え去っている。
ならば…… ならば……
ゆっくりと佐藤は立ち上がり、首と下げた。
「ありません。まいりました」
自ら負けを申告する。
もう戦う理由が消失した。 そういう判断だった。
勝者 合気研究家 武川盛三
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
自分たちは何を見たのか? 観客たちはその意味を自分の秤で思い知る。
神技と神技のぶつかり合い。
本来、日常に生きている者には、生涯見ることのできないはずの光景。
見ることのないはずの戦い。
それを見る以前と見た後では何が変わったのか?
わからない。しかし、変わってしまっている。
自分の中で、何かが灯っている。 心に火が灯っている。
それを観客たちは、声を張り上げたり、立ち上がって両手を上げたり、激しく足ふみと拍手を繰り返したり、何かを行うことで発散することしかできなくなっていた。
ユーチュバー最強トーナメント
その第一試合 武川盛三対佐藤久安戦は、こうしてトーナメントの方向性。 その意味と意義を示す事に成功した。
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