ユーチュバー最強トーナメント編

第58話 武川盛三VS佐藤 久安①

「結局、今日って何をやるんですか?」


 新人カメラマンの質問に「……わからん」とベテラン記者は不愉快そうに答える。


 情報は完全非公開。シークレットイベントだと、自社にファックスが送られてきたのは1か月前。


 それなりに探ってみたが……空手関係に強い同業者ですら情報を持っていなかった。


 いまさら鉄審空手がこんな会場を借りきって、何のイベントをおこなうのか?


 メディアにすら詳細は未発表。 しかし、入場客は少なくない。

 

 格闘技の聖地と言われる後楽園ホールのキャパは2000人ほど……


 その3倍の観客が集まっている。 それも女性客が多い。


 多い? いや、ひょっとしたら男性客よりも女性客の方が多いのではないか?


 近年、ジョシカクとか言われて女性ファン層を取り入れようとしているが、それにしては不自然なほどに多い。


 いや、それよりも……


 「客どもは、これから何が始まるのか知っているのか?」


 そんなバカな……と記者は自分の口から飛びだした言葉を否定する。


 専門の記者でも知られさせてない情報を知っているはずはないだろう。


 「きっと男性アイドルと空手のコラボとか、そんな感じだろう」


 「そうですね。アイドルのファンだったら、格闘技専門の我々より情報を持っててもおかしくはないですからね」とカメラマンはヘラヘラと笑っていた。


 コイツ、緊張感が足りない。記者は、自分から話しを振っておきながら理不尽な事を思っていた。


 暫くして会場のライトが消された。おっ!始まるか?と観客たちはざわつき始めた。


 会場の中央にスポットライトが集中される。


 そこに浮かび上がったのは――――


 八角形のリング。


 その中央に立っている男性は岡山 達也。  鉄審空手 本家 4代目館長と長い肩書を持つ男。


 今日はスーツを身に着けているが、スーツの下は紫色のシャツ。


 金髪と合わさって、チンピラにしか見えない。


 「ご来場の皆様……今日は、この実験的なイベントにご来場ありがとうございます」


 岡山は、慣れたようにマイクで挨拶を始めた。社交辞令的なセリフもそこそこに――――


「では第一試合は開始しましょう」


「――――ッ!?」と会場にいた記者たちは驚いた。


 説明もなし? いきなり試合だ? 誰と誰がやるんだ!?


 その中でも、格闘技の現場で10年以上のキャリアを持ち、鋭い嗅覚を持つ記者は、カメラマンに向けて呟く。


「何かが起きる。お前の仕事は、何が起きても驚かずにシャッターを切れ」


「は、はい」とカメラマンにも、この異常な雰囲気……緊張が伝わったらしい。


 そして――――


「合気道の達人あらため、合気研究家 武川盛三!」


 紹介通りにスポットライトに照らされて武川盛三が現れた。

 

 その姿に動揺する記者含めた関係者たち。


「あんな、騒動の後に公共の場に出てくるのかよ……」


 ほんの数か月前に武川盛三はカミングアウトしている。 自分は合気道の素人でありインチキである……と。


 今まで『本物』として祭り上げていた武術系雑誌は、混乱に次ぐ混乱で大騒ぎだった。


 それが原因で、ここ近年ではあり得ない売り上げになったのは皮肉な話ではあるが……


 もう公の場所に出てこれないだろうと武術、格闘技関係者の考えだった。


 「対する相手は―――― 流武会 3代目館長 佐藤 久安」


 それは信じられない名前だった。


 日本でも最大規模の合気団体 流武会。


 その代表である佐藤 久安が、武川盛三と戦う。その意味は――――



 「……制裁か」と記者はつぶやいた。 

    


 

 

 

 

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