第25話 合気道 武川盛三の場合 ⑪

トントントン……とリズムを刻み。


タン……と音を残して飛鳥は跳ねた。


今宵、飛鳥が勝負の分かれ目に選択した技は――――


刻み突き


伝統派空手の特徴とも言える高速の打撃。


放たれた拳に対して前に出る盛三。


一瞬の交差。


飛鳥の拳は空を切る。


盛三は半身になり、飛鳥の腕は首の後ろを通過していき――――


パシッとキャッチ音。


信じがたいことに、盛三は後方に伸びた飛鳥の腕を一瞥する事なく、掴んだのだ。


「がっ!」と飛鳥は息を吐いた。


がら空きになったわき腹へ肘が叩き込まれた。


大きなダメージに動きが止まった飛鳥。その隙に捕まれた腕が捻られ、伸びた手が首元を絞める。


一本捕


大東流合気柔術の一ヶ条の中の一本捕。 これもスタンド状態で行う一ヶ条と言ってもいい。


達人、武田惣角が最も得意とした技だ。


さらここから別の技に繋がっていく。 盛三は両膝を大きく曲げ、体を沈めていく。


柔道の背負い投げの動きに近い。 相手が乗るように沈めた腰を跳ね上げれば―――― 


インチキ合気道 武川 盛三。 今日初めての投げ技である。



頭から落として決める。 盛三は、そう考えた。


狙いはリング中央。 


総合格闘技のリングと違って、プロレスのリングのように投げの衝撃を吸収する作りになっているのはわかっている。


僅かな動きでリングが上下に沈んでいる。 だが、しかし、


八角という特殊な形状のためリング中央には2本の鉄柱が交差している。


分厚い板の真下にクロスする鉄柱。その箇所に狙って頭を落とせば、倒せなくとも効果は大だ。


その決行の最中に違和感が盛三を襲う。


(こいつ、投げのタイミングで自ら飛び、体を加速させて投げから脱出を――――甘いわ!)


――――させない。 なぜなら、盛三は超反射と超握力の持ち主だからだ。


半回転しようとする飛鳥の肉体。それを封じるために飛鳥の胸部を腕で強く押す。


回転して足から降りようとする動きに合わせて、胸を押されたことで飛鳥は頭からリングに――――


衝突した。


だが、盛三は勝利の確信までは至らない。


どれほど硬かろうが、衝撃吸収を施されたリングでの投げ、飛鳥のダメージを推測すれば……


 強烈なパンチや蹴りを受けてダウンした直後のようなもの。


 このまま立ち上がれない可能性もあれば、立ち上がり戦いを続投する可能性も大いにあるダメージ。


 だから、盛三は仕掛ける。追い討ちを――――


 仰向けになった飛鳥の顔面に鉄槌を振り落とす。


 飛鳥はガードする。 ならばと盛三は鉄槌を続けて落とす。


 2発、3発、4発……


 その最中、盛三の腕がつかまれた。


 飛鳥の体は反転。 盛三の腕を足で挟むように――――


 腕十字固め


「この俺に寝技勝負だと、無謀なことを」


盛三は首に押し付けられた足を外す。 次に注意しなければならないのは三角締め……腕を掴んだまま、両足で首の頚動脈を絞める技だ。


やはり、飛鳥は三角締めを狙ってきた。


(うまいじゃないか)


盛三は関心した。  


クラシックな寝技の攻防が巧みだ。


そういえば、先ほどマウントから脱出したのもTKシザーズだった。


そういった人物……前世代の格闘家が師なのだろうか?


そんな事を思いながら盛三は立ち上がった。


飛鳥が両足を首に巻きつけている状態にも関わらずだ。


バスターやスラムと呼ばれる、寝技から相手を持ち上げて地面に叩き付ける攻撃だ。


飛鳥が寝技を仕掛けてくる理由はわかっている。 一本捕の投げで受けたダメージが回復していないからだ。


だから、ここでバスター。 投げで大きな追加ダメージを狙った。 


だが、高く持ち上げられていく最中に飛鳥は技を解く。 そのまま自由落下の如く、狙いを三角締めから足関節へ切り替える。


 蛇のような動きで盛三の足へ絡み付いていく飛鳥。


 だが、極まらない。 くるりと飛鳥の動きに逆らうようにターンを決めて、足関節と拒否する盛三。


 さらに盛三はパウンド。 上から体重をかけて拳を振り落とす。


 空振り。 上からの打撃よりも早く飛鳥は寝技を止め、距離を取る。


 下がる飛鳥に追う盛三。


 速いのは盛三の方だ。 素早く間合を詰め、飛鳥の腕を掴みにいく。


 投げを――――


 そう思った盛三の腕を逆に飛鳥が掴んだ。


 次の瞬間、飛鳥は下がりながら盛三の腕を横に振った。


 大きく、強く腕を振っただけ。


 しかし、盛三が感じたのは浮遊感。 まるで自分の意思でジャンプしたように両足がフワリと浮いている。


 (これは合気? いや、違う。なんだこれは? どういう理屈の投げなんだ!)


 フワリと浮いた盛三の肉体が両膝から地面に着地した。 そのまま前のめりに倒れていく体を支えるために両手を地面につけた。


 四つんばいの状態。 がら空きの顔面。


 その隙を見逃すにはあまりにも……


 プツリと盛三の意識は途切れた。


 飛鳥の蹴りが無防備な盛三の顔面を捉えたのだ。


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