生贄に捧ぐ
弐ノ舞
第1話 人柱
ここは蝦夷のある村、平安時代の末期のことである。多くの人々は貧相な着物を着て、質素な食べ物で食いつないで暮らしている。
蝦夷の冬の寒さはめっぽう厳しく、座って寝るほどだ。食べ物を満足に得られず、衣類も十分に持ち合わせていない彼らは横になって寝ることはない。横たわって眠りにつくとたちまち体温が下がり、体の芯からどんどん冷たくなってゆく。それを防ぐために、ぬくもりが逃げないようにするために膝を抱えるようにして、楽しい夢を見るのだ。
しかし、今年はまれにみる厳しい寒さが続く年になり作物が思うように実らず、餓死する人が多く出るであろう未来が見えるのは明白であった。そこで村では神に人柱を立て、生贄を捧げ、煮るなり・焼くなり・食べるなり、好きにして満足してもらい、助けてもらおうという算段を立てた。
人柱になるのは、若い少女となるのが決まっている。歳は十二歳から十五歳くらいで、穢れを知らない処女でなければならない。村の話し合いの結果、村で一番小さい畑を持つ夫婦の娘ということが決まった。
自分の娘を人柱として出すと決まった時、夫婦は内心ひどく狼狽したが表に出すことはなかった。村の存続のための名誉ある事であったからだ。みんなはおめでとうと神妙そうな顔をして言葉をかけていたが、顔の皮を一枚はがせば自分の子どもじゃなくてよかったと胸をなでおろしているに違いないのである。
娘は両親から引きはがされ、村長の家で大切に扱われた。まるで腫れ物を触るかのように。一番は食べるものには細心の気を遣う。なにせ神の機嫌を損なってしまえば、冷害が続き人々はみな飢えてしまうのでできるだけいいものを食べさせる。麦や粟が多く混ぜられていたご飯はお米のみにし、野菜や魚などの高価なものを一日三食食べさせる。今までは一日一食だった少女は涙を流しながら、頬張った。
このように人柱を数週間大切に扱った後には、煌びやかな衣装を着せて山へと向かわせる。この間に人柱であることは伝えず、両親にも会わせることはない。抵抗され、体に傷でもつけば今までの苦労はすべて水の泡になる。
仕上げはおとなしくさせるため、そして神様との距離を縮めるために御酒を飲ませ、意識がもうろうとし始めた後に吹雪く山へと連れていく。大人の若い男が少女を背負い、山を登る。二時間ほど登ったところで少女を背中から降ろし、少女が木に寄り掛かるようにして寝かせて置き去りにする。
あまりの寒さに少女が目を覚ました場所は高い、高い山の頂付近。雪景色とはまさにこのこと、まさに絶景である。吹雪は収まっているが景色が変わることはない。歩けど歩けど、白銀の世界が広がる。
どれくらい歩いただろう。歩き疲れた少女は、洞窟を見つけ座り込んだ。手足の感覚はすでになく、白い息さえも出なくなってきている。少女の歩いてきた足跡は赤い色で染まっていた。ひどく疲れたためかその少女は、慣れ親しんだ膝を抱えてすやすやと寝息を立て始めた。
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