第二十二話 初めてのファミレスに驚き……ですわっ!
週末の土曜日。俺と志賀郷と四谷の三人は勉強会をする為に新宿駅西口にあるサイ〇リヤに来ていた。
時刻は午後二時を過ぎていたが店内は昼時と思わせるほどの盛況ぶりで、俺達は店の入口で暫く待ってからようやく席に案内された。
「志賀郷、こっちだぞ」
「あ、はい! 今行きますわ」
店員の後ろをついて行きながら席に向かっていたのだが、志賀郷は物珍しそうな目で辺りを見回していた。ファミレスに来たのは本当に初めてみたいだな……。
「はい、咲月ちゃん。これがメニューだよ!」
席に着くと四谷は早速メニューを志賀郷に手渡した。その後、俺にもメニューが渡される。
「さーくんは何頼む?」
「俺はドリンクバーだけでいい」
「えー。でも折角来たんだから何か食べようよ。一緒に頼めばドリバーも安くなるし」
「といってもな……」
対費用効果で考えればドリンクバー単品がコスパ最強である。貧乏学生たるもの、格安ファミレスであっても財布の紐を緩める訳にはいかない。
「もう、さーくんは本当にケチなんだから……。じゃあ咲月ちゃんは何食べる? このミ〇ノ風ドリアってのが安くて美味しいしオススメだよ」
四谷の興味は既に俺から志賀郷に移っていた。また、当の志賀郷は目を輝かせながらメニューの品々を眺めている。こいつ……絶対食いまくる気だろ。
「確かに美味しそうですが……。量が少なくて満足出来ないような気が致しますわね。もっとこう……ガッツリとしたハンバーグとかを……」
そう言って『チキングリルとハンバーグの盛合せ』と書かれた文字を指差す志賀郷。家を出る前に一緒にカップラーメンを食べたはずなんだけどな……。彼女の腹は底なし沼なのだろうか。
「夏を先取る山盛りパフェだって! 咲月ちゃん、これ美味しそうだよ!」
「凄いですわ。こんなに沢山の具材が入ってるのに七百円だなんて……。破格ですわね……」
「うわ、新発売の苺づくしのミルフィーユもあるじゃん。これも食べたいな〜」
「三百五十円……! 安いですわ……」
メニューを見ながらわいわいはしゃぐ二人を遠目で眺める。物理的な距離は近いのに見放された感じがするのは気のせいだろうか。
それから各々の注文が決まり、店員の呼び出しボタンを志賀郷が押した。嬉しそうな顔でボタンを押す志賀郷が子供みたいに無邪気でとても微笑ましかった。
「お、お待たせしました。ご注文を……」
程なくして店員がやってきたのだが、声が上擦っていて緊張している様子。新人なのかなと思い、顔を上げると――
「おま、田端じゃねーか!」
「え…………って狭山じゃん! それに四谷に志賀郷さんまで……」
注文を取りに来た店員はクラスメイトの田端だった。見た目は爽やか系イケメンの癖に変態ロリコンという残念な野郎である。
「なんで田端がここでバイトしてるんだよ。金に困ってる訳でも無いだろ」
そもそも富裕層が集まる京星学園において、生徒がアルバイトするのは珍しい行為なのだ。俺や四谷のような経済的事情が理由で働くのは極めて異例だし、田端がそれに当てはまるとは思えない。
「まあ、社会経験ってやつ? なんか働いてみようかなーって思っただけだよ」
「……なんだそれ」
そんな適当なノリで労働に勤しむ奴がいてたまるか。俺なんか生活の為に仕方なく体力を削って嫌々働いているんだぞ。
また、あくまで俺の直感だが、田端は本当の理由を言ってないと思う。別に理由なんて知らなくてもいいけど、友達に隠し事をされるのは少し歯がゆい。
「――注文は以上でいいか? じゃあ暫く待っててくれ」
一通りの注文を済ませると田端はそそくさと厨房の奥へ戻っていった。今日の受け答えはやけに淡白だなと思ったが、仮にも彼は仕事中だ。俺達が邪魔をする訳にはいかない。
「咲月ちゃん、一緒に飲み物取ってこよう! やり方も教えてあげるからね」
「は、はい! よろしくお願いします……ですわっ!」
上機嫌な四谷が席を立ち、その後ろを志賀郷がついていく。……俺は荷物番か。二人が戻ってきたら一人寂しくジュースを選びに行ってこよう。
◆
勉強会のはずだったのに俺達は筆記用具すら出さず、グラス片手に雑談をしていた。期末テスト対策の話はどこに行ったんだよ、と脳内でツッコミが入る中、注文した料理が運ばれてきたのだが……。
「お待たせしました。ミックスグリルのお客様――」
非常に聞き覚えのある女の子の声が耳に入った。ちらりと目を向ければ、彼女は背が低く小柄でお盆に載っている料理が相対的に大きく見える。
紛れもなく石神井先輩だった。フリルの付いたエプロンが幼い体格の先輩に似合っている……ってそれよりも。
「石神井先輩! こんな所で何やってるんですか!」
「え……狭山くんに秋穂ちゃん、志賀郷さんまで揃ってる……!?」
双方驚く。先輩ってコンビニだけじゃなくてファミレスも掛け持ちしてたのか。全然知らなかったな。
それにしても田端に続き石神井先輩も働いてるとは……。この店は知り合いが多いな。
――って待てよ。田端と石神井先輩? ロリコン田端と幼児体型の先輩……。
「あの変態め……!」
どこで情報を得たのか知らんが、あいつ絶対先輩と一緒に働きたいからバイト始めたんだろ。どうせならうちのコンビニにすれば良かったのに。
「あれ? ミックスグリルって誰の?」
「私は頼んでませんけれど……」
一方で四谷と志賀郷は困惑した表情でテーブルに置かれた鉄板を見つめていた。どうやら注文していない料理が来たらしい。
「あれ、おかしいなー。ちょっと伝票見てみるね。…………うーん、渡し間違いでは無さそうだけど……。注文打つ時に間違えちゃったのかな」
「まあ俺達は気にしないので構いませんよ。どうせ何が来ても志賀郷が全部吸い取ってくれるはずですので」
「ちょ、狭山くん。私を掃除機みたいな扱いにしないでくださる!?」
「あれ、違うの?」
「違いますわよっ!」
テーブルを両手で叩いて抗議を申し立てる志賀郷。両頬に空気を貯めて怒る姿が可愛らしい。
ともかく、不穏な流れは食い止めることができたかな。恐らく田端が注文を間違えた為と思われるが、無意味な犯人探しはしたくない。人は誰だってミスを犯すものだ。ここは客である俺達が寛大になるべきだろう。
「でも要らなかったら交換するから言ってね。悪いのはこっちだから」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
「うん。……あと気になってたんだけどさ」
言いながら、石神井先輩の視線は俺から四谷に注がれる。顔色が若干曇ったように見えた。
「秋穂ちゃん、会うのは久しぶり……だよね。その……バイトに来れないのは忙しい……からなのかな?」
先輩の声は震えていて、不安な心情が全面に押し出されていた。そういえば先輩はまだ四谷がバイトを休んでいる理由について知らなかったんだっけ。
「いえ、その……。
「……! じゃあ私が何か酷いことをしたとか、私に会いたくなかったとか……そういう理由じゃないんだね」
「もちろんですよ! こんなめちゃくちゃ可愛くて頼れる心夏ちゃん先輩を私が嫌う訳ないじゃないですか!」
「え、あ、そう。……ならよかったよ、うん!」
予想以上のがっつき具合だったのか、引き気味な顔で答える石神井先輩だが……。先輩も内心では凄い不安だったんだな。まさか自分の所為かもしれないと思っていたなんて……。
「ですから先輩。あと一週間ぐらいの辛抱ですけど、それまでは俺と志賀郷がシフトを回しますので安心してください」
「うん、ありがとう。でも狭山くんもしっかり勉強するんだよ。店の心配もいいけど私達はまだ高校生なんだから」
「確かにそうですね。ではバランス良く頑張らせてもらいます」
「うむ、いい返事だね。……じゃあ私はそろそろ戻らないと。リーダーに怒られちゃうからね」
ぺろっと舌を出して悪戯気に笑った先輩は、すぐさま回れ右をして他のテーブルへ駆けていった。見た目は中学生なのに気配りができて頼れる存在……。これが上級生の差というものなのだろうか。
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