第57話

 繭姉との関係を話すべきか。最後まで葛藤し続けた僕は口外しないことを条件に説明することにした。

 ストーカーが絡んでいるわけだし、できれば話したくなかったんだけど……なんでだろう。泉さんには僕に恋人がいると勘違いして欲しくなかったのかもしれない。


 もちろんこれが恋愛感情なのかは分からない。けれどそう思う自分がいたことだけは確かだった。

 だから後悔を承知で秘密を明かしてしまったのだけれど、

「うーん」


 僕たちの関係を知った泉さんは首を傾げていた。

 納得がいかない様子である。

 とはいえ真実を打ち明けたわけだし、ここで疑われるようじゃ話が進まないんだけど。


「あっ、いや別に疑っているわけじゃないんですよ? ただ……」

「ただ?」

「……もしかすると翔太さんは女運が悪いのかもしれません」


「えっと……年齢=彼女いない歴の僕から言わせると女運が悪いんじゃなくて無いはずなんだけど」

「おっと。私が想定していたものより悲しい切り返しですね。毒を吐くのが躊躇われるほどです」

「それで僕の女運が悪いってのは……」


「……最初に断っておきますけど私は翔太さんの友達です」

「えっ、うん。ありがとう」

「だからこそ失礼を承知で勝手な推測をお伝えしようと思います。悪意はありません。友人として翔太さんのために言わせてください」


「泉さんは理由もなく人を傷付けたりしませんよね。だからその推測とやらも大丈夫です。気兼ねなく言ってください」

「それではお言葉に甘えて――高嶺さんにとって翔太さんはあまり大事な存在ではないかもしれません」

 いつになく真剣な表情で告げてくる泉さん。


 僕はこれまで目を背けていた現実を直視させられている気分だった。

 だってそれはあまりにも――。

 ――


「理由を聞いてもいいですか」

「オブラートに包まずにはっきりと言っても大丈夫ですか?」

「……はい。ズバッと言ってください」



 そっか。やっぱりそうだったんだ……。

 これまで考えないようにしていた現実を突き付けられて意気消沈してしまう僕。


「あまり驚かないんですね。その落ち込みようだと思い当たる節があるってことでしょうか」

「……うん。まあ無いと言えば嘘になるかな」

 だってそれは逆の立場で考えればすぐに分かることだから。


 例えば僕が女の子からストーカー被害にあっていたとする。

 僕を諦めてもらうために夏川さんや繭姉、さらに泉さんの誰かに恋人のふりをお願いするかどうか考えてみたとき、答えはやっぱりNo以外には無くて。

 だって先の展開を考えたら恋人役の女の子にも危害が及ぶ可能性があるじゃないか。


 ストーカーが逆上しない保証なんて全然ない。むしろ可能性としては高い方だと思う。

 つまり極論すれば僕は繭姉に、


 ストーカーから逃れるためなら小森翔太は危険な目にあってもいい、と判断されたとも取れるわけで。

 もちろん繭姉がそんなストレートな思考をしているとは思わない。

 けれど泉さんの指摘を論破できないこともまた事実だった。


「翔太さんにとって『お金を貸して』と頭を下げる友達は本当の友達ですか?」

 なるほど。分かりやすい例えだ。

 つまり相手が「お金を貸せ」とお願いした時点で僕を友達とは思っていない、ということだよね。


「友人だからこそ告げさせてもらいます。翔太さんは高嶺さんとお付き合いをやめるべきです」

 それはいわゆる【忠告】だった。

 正直に言えば出会って間もない泉さんからどうしてそんなことを言われなくちゃならないんだって気持ちもないわけじゃない。


 けれど――。

 戒める行為ってやっぱり思いやり以外の何ものでもなくて。

 だってそれって短絡的に見れば何一つ良いことがないからだ。


 疲弊するし、相手を不快にさせるし、下手をすれば嫌われるかもしれない。

 でも裏を返せばそのリスクを取ってでも伝えたい想いがあるわけで。

 少なくともどうでもいい人に対して言わないことなのは間違いない。


 だからこそ僕は泉さんの心遣いに感謝をしつつ、こう告げることにした。

「お断りします」


「はいっ? えっと……私の話をきちんと聞いていました?」

「泉さんには感謝していますし、なにより嬉しいです。僕のことを想ってあえて厳しく当たってくれているのも理解しています」

「だったら……!」


「でも正直どう思われていようと関係ないんです。だって僕が繭姉を助けたいだけなんですから」

 言葉に詰まる泉さん。

 僕はイジメにあっていたことや繭姉に庇ってもらった過去も明かすことにした。彼女になら言ってしまってもいいと思ったからだ。


「だからって……」

「ですから僕と高嶺さんの関係はどうか内密にお願いします。これは僕のお願いじゃありません。泉さんの友人、小森翔太としてのお願いです」

「…………良い人も過ぎればただの頭のおかしい人ですよ? わかっていますか?」


「褒め言葉として受け取らせていただきます」

「もういいです。翔太さんは私なんかより幼馴染の女の子が大切だってことはよーく分かりましたから」

「ちょっと泉さん、その言い方は語弊がありますって!」


「ふーんだ。だったら私も翔太さんの性格につけ込んでこの後も付き合ってもらいますから」

「えっ?」

「何ですかその『この後、別の人と会う約束があるんですけど』みたいな顔」


「その……ご名答といいますか」

「私とその女とどっちが大切なんですか!」

「いやそれさっきやったじゃないですか! 周りの視線が痛いんでやめてもらえませんか⁉︎」


「だったら誰と会うのか白状してもらいましょうか」

「いやそれはちょっと……」


 言葉を濁す僕。そりゃそうだよね。だってこの後は夏川さんと会うことになっているんだから。

 それも大橋健吾くんのプレゼントを買いに行くために。

 言えるわけがない。


「……ぐすっ。やっぱり私と別の女と会うつもりなんだ」

「いやもう本当に勘弁してもらえませんかね⁉︎」

「だったら潔く吐いてください!」


「オエェッ……」

 冗談っぽくえずく僕。

 しかし泉さんの顔はドライアイスよりも冷たかった。


「次しょうもないギャグをかましたら翔太さんを破壊します」

「破壊⁉︎」

「というか女の子と会うことは否定しないんですね。それが意外なんですけど」

「あっ……」


 やばい。どんどん逃げ道を塞がれていないかな僕⁉︎

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