第29話

 高嶺 繭香


「彼氏に振られてたぁっ⁉︎ 何それどういうこと⁉︎」

 昼休み。

 見舞いに行った小森に夏川の様子を聞いてみると全く予想していない報告が上がってくる。


 小森曰く、夏川が男に振られたあげく泣き喚いていたとのこと。

 なんだそれ。ワケがわからねえ!

「ちょっ、声が大きいよ繭姉」


「ごっ、ごめんね。でもそれ本当に夏川さんだったの?」

 夏川の本命は小森、お前のはずなんだよ。

「間違いないよ。この目で見たんだから」


 お弁当を食べながら断言する小森。

 どう見てもこいつが嘘を付いているようには見えなかった。

 それに私にはもう一つ不可解なことがあってだな……。


 ちらりと夏川に視線を向ける私。

 数日振りに復帰した彼女は驚くほど張り合いが無くなっていた。

 こうして昼休みにで昼食を取っているのが何よりの証拠だ。


 手作り弁当に限らず私が小森との仲を見せつけても焦る様子一つ見せない。

 それどころかどこか余裕を感じさせる表情だ。

 正直もし夏川が小森を諦めたんならこっちも無理に攻略を急ぐ必要はないわけで。


 なにせ張り合う意味がねえからな。

 チッ……どうやら私の思い違いだったか。

 もう少しこの関係を楽しめると思ってたんだが……。


 失望しながら夏川から視線を逸らす私。

 だがこれがとんだ思い違いであることを知るのに時間はかからなかった。


 泉 天使


 健吾さんの二股が発覚した翌日の放課後。

 私は震える手でメッセージを送信する。

 文面は『健吾さん今日は一緒に下校できますか?』だ。


 正直昨日の今日で彼に会うのはすごく怖い。

 だって別れ話を持ち出される可能性もあるわけで。

 だったらこのまま会わずに逃げ続けた方が楽だ。


 けれど今の私には背中を押してくれる仲間がいる。小森翔太さんだ。

 私が健吾さんを下校に誘うべきかどうかメッセで相談したところすぐに返信があった。

『天使の甘い誘惑を断れる人なんていませんって! ファイトです!』


 天使の甘い誘惑って……それじゃ私があばずれみたいじゃない!

 だから私は、

MAILERエラー-DAEMONメール 現在この連絡先は使用されていません』

 なんて返信したわけで。


『いつでも捨てられる連絡先だったのは本当だったんだ⁉︎ これじゃ代金の対価はもらったことになりませんよ! 超特大デラックスパフェ二つ返してください!』

『私のお腹を切り裂いてもらえればまだ残っていると思いますよ?』

『発想が狂気的過ぎる‼︎ お金を返すという発想はないんですか⁉︎』

『いやいや。今のメッセージは《私を食べて♡》だってことにどうして気がつかないんです?』

『まさかの食人カニバリズム発言⁉︎』


 ふふっ。ほんとバカなやり取り……。

 でもこれは翔太さんが私の緊張を解すために綴ったメッセージだということも理解していて。

 本当にこの人は天然の女たらしじゃないかと疑ってしまう。


 だけど健吾さんからの返信は心臓をナイフで抉り取られたような痛みを走らせるものだった。


『悪い天使。今日も用事があって一緒に下校できねえ。けどがあるんだ。後で時間を取ってもらえねえか』


 大事な話に希望を見出せなかった私はただただ身体が固まってしまう。

 どうしよう。そんな思いが胸いっぱいに広がるなか、校門で待つ私の逆方向に走り抜けていく健吾さん。

 私がいた方角には目もくれず走り去っていったから彼女が待っていたことにも気が付いていない様子。


 あんなに急いでどこに行くつもりなんだろう。

 居ても立っても居られなくなった私はこっそり健吾さんの後をつけることにした。


 大橋 健吾


 小森と天使が一緒にいるところを目撃してから俺は一睡もできなかった。

 体育の授業中にボーッとしていた俺はボールを顔面にもらい、いつもなら即答できる問題も誤答の嵐。

 あまりにいつもと違うせいか教師全員から保健室に行くよう勧められたぐらいだ。


 クラスでもちょっとした騒ぎになっていたらしい。「今日の大橋くん、様子がおかしくない?」ってな。

 だが俺から言わせればそうなっちまうのも無理ねえわけで。

 なにせ自分の恋人が他人の男――それも姉さんが必死こいて落とそうとしている小森と楽しそうにしているところを目撃しちまったんだから。


 本当は今すぐ問い詰めたいところなんだが……。

 情けないことに足が怯んじまって聞きに行くことができなかった。

 真実を打ち明けられることが怖いんだよ。まさか俺にこんな一面があったとはな。


 結局俺は二人の関係を聞きそびれちまっただけじゃなく、実姉と偽装カップルをすることさえ天使に伝えられなかった。

 何も悪いことはしてねえはずなのに罪悪感がハンパじゃねえ。

 やましいことがないとはいえ天使にはちゃんと説明しておくべきだってのに。


 放課後を迎えた俺は彼女からメッセージが送信されていたことに気が付く。

 どうやら今日も下校を誘ってくれたらしい。

 ちくしょうっ! 何が悲しくてやりたくもない偽装カップルをして本命の彼女をおろそかにしねえといけねえんだ!

 だんだん腹が立ってきた。


 ええい! こうなったらさっさと姉さんの用事を済ませてちゃんと天使と話合おう。

 俺は全力疾走で小森と姉さんの高校へと向かうことにした。


 夏川 雫


 ――私は新世界小森くんの女神になる。

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