第156話

 翌朝、朝早く戸板に乗せられミオは星空旅行社を出た。もう滋養剤を何粒飲んでも効かないと店主に自分から申し出たのだ。




 奴隷の吹き溜まりに連れて行かれる最中に、戸板の上から見上げた空は青かった。嵐が過ぎ去り、いつも通りの阿刺伯国の空の色をしていた。




 奴隷の吹き溜まりには死の匂いが漂っていた。横たわっている人間たちは生きているのいか死んでいるのかすら定かではない。




「俺の滋養剤はいるか?」




と戸板を地面に下ろしながらウィマが聞いた。




「いいです。もう全然効かないので」




「じゃあ、水は?」 




 フィティが尋ねた。




「命が伸びれば伸びるほど辛いので」




「あれ?お前……」




 ウィマが、ミオの胸元を見て言った。




「羅針盤の装飾品は?客にねだらなかったのかよ?馬鹿だな」




 自分の代わりに別の国に連れて行ってもらったんだと説明しても、きっとこの二人には伝わらないだろうと思って、「はい、そうですね。俺は馬鹿です」とミオは答えた。




「あまり苦しまないといいな」




 ウィマがほんの一瞬だけだったが、ミオの白い髪を撫で、フィティが肩を叩いた。




「ウィマ。フィティ。お元気で。店主に伝言を頼んでいいですか?拾ってくれてありがとうございました、とお伝えくだ……」




 するとウィマが顔を曇らせ「お前は本当に馬鹿だな」と吐き捨てる。




「あいつは、『白』を雇えば王が役人経由で金をくれるから、お前を拾ったんだよ。本当に知らないかったのか?それとも、耳を塞いで生きてきたのか?」




 返事の代わりに、「俺は本当に馬鹿ですね」とミオは笑った。




 二人が去って「……終わった」と呟く。




 これで本当に、全てが終わったのだ。




 もう、この世に未練はない。ジョシュアと一緒に生きることや、深く繋がれなかったことは残念だったが、たくさんの良い思い出をもらえた。




 死が怖くて震えながら死んでいくと思ったのに、素敵な記憶を持ってこの世から去れる。なんて幸せな奴隷だろう。




 日が高くなってきた。木陰に置かれていても、身体はどんどん乾いていく。




「太陽が照り付ける場所に、置き去りにしてくれればよかったのに」




 ミオは薄く笑う。




「これじゃ、生殺しだ」




 それが、奴隷のミオの最後の言葉だった。

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