第49話 幕間
セカイが起こした急激な変異は、避難していたモンテレートの元住人やアイビストライフたちからも見えていた。
視界を埋め尽くす、高層ビル群とジャングルが融合したような何か。
そして水が流れ落ちる轟音。
「ありゃ……なんだ?」
避難誘導のために最後まで公園に残っていた瀬良たちが、呆然としながら望遠鏡から青を上げる。
だが遠目からでは何が起こっているのか分からない。
「待って、あそこ!」
瀬良たちを手伝っていたシェリオがキティの光学センサーを拡大させる。
モニターに、サロゲートたちを乗せた大型のサーフクラフトが飛び去ろうとしているところが映し出された。
「いち、にい、さん……全員います!」
サーフクラフトには九輪までいたが、キュリオスらしき個体はいない。
状況からみて、おそらく九輪に憑依したのだろう。
「真人は!?」
「いません、ガランサスの反応も消えています」
事情が分からない。
だが、少なくとも真人が捕まった訳ではなさそうだ。
瀬良が顔を上げると、もう一度真人が行った方向を見た。
「避難はもう少しで完了する。
自分は最後の便で行く。それまではここでアレを見張っているよ。
真人……無事でいてくれよ」
*
最初にマーキスたちが集まっていた円筒形の部屋に戻った九輪が、どっかと頑丈そうな金属製のコンテナに腰を下ろした。
九輪が中央にあるモニターに視線を向けると、表示が切り替わる。
モニターは真人の暴走で生み出されたセカイを写し出した。
「いや、ひでー目にあった。
やーれやれ、こりゃ辻褄合わせに苦労しそうだ」
「キュリオス……で、いいんですか?」
ターボシャフトへ続く扉の前に固まっていたマーキスたちの中から森里が進み出た。
その表情は堅い。
「九輪でもどっちでも、呼び安いほうでどうぞ。
なんだい、森っち」
馴れ馴れしい呼びかけに森里の表情がこわばった。
何か口に出そうとして、踏みとどまる。
「これから……どうするつもりですか」
「まずは、あのセカイを人の住める環境にするよ。
守護システムに連絡が取れないから苦労しそうだがなぁ」
「人の住める場所って……何故ですか」
綾香が疑いの眼差しでキュリオスを見る。
その目は、仇敵の喉笛に食いつくチャンスを伺う猫科の目だ。
「もちろん勝者の権利だよ。
九輪にも勝ったしな。
それに、あの戦いてはとてもいいデータが手に入った。
個人的なご褒美だよ」
「でも……さっき真人くんに勝ちましたよね」
綾香がもう一度問を繰り返す。
他の皆も同じ気持ちらしい。キュリオス=九輪の反応をじっと間っていた。
キュリオスは九輪の身体で大袈裟に肩をすくめて見せた。
「――何を言ってんだよ、今回勝ったのは真人だろう。
オレは負けた方だ。
手を出したら負けって勝利条件を決めたのは綾香だろ?
――だから勝ちは真人。
ついでに、さっきも言ったが九輪との戦いではとても良いデータを得た。
想定外だったんで、つい何度も叫んじまったよ。
オマケで報酬にプラスしてやりたい気分なんでね、大サービスだ」
九輪が足を組むと、周囲の空中にモニターが浮かんだ。
どうやら、セカイの制御システムらしい。
「真人が九輪に勝って、セカイを救った――
そういうデータを流してやるかな。
アイビストライフなら拾えるだろうから、そっちはそれでいいとして……」
「九輪くん、もう終わらせてくれないか」
マーキスが哀願する。
反応があまりにも元の九輪に近かったので、つい言葉に出た。
九輪が肩をすくめて見せた。
「本体と同期を取ってサロゲーションを終了するって意味でいいかい?
だが、それは難しいな。
お前たちは既にオレのサブシステム――カナンリンクの一部だ。
そもそも、どれを同期すりゃいいんだ?」
九輪が軽く首を振ると、モニターが切り替わった。
そこに写っているのはさっき綾香がいたポットのある部屋らしかった。
「これがどうかしたか……?」
その瞬間、ポットが開いた。
そこにあったのは――
「これは……」
皆が息を呑んだ。
そこにあった素体が休息に変形し、九輪、マーキス、森里、綾香、トゥイーの身体へと形を変えてゆく。
できあがった身体は元とそっくりで、皆が眠っているようだ。
「オレのサブシステムになったってことは、つまりセカイの一部になったってことさ。
コンティニューはカナンリンクのリソースの範囲で無限だ。
これでお前らはオレたちと同じく……不死だぜ、幾らでも楽しめる。
代わりに本体との同期は取れ……ないこともないが、お前たちは既に本体と独立した別個体と考えた方がいい。つまり別人だ」
「まっ、真人くんの……身体も?」
「いいや、真人は歴としたオフライン・パーソナリティだ。
本体さえあれば一つになれる。
――まだ、な?
そんな独立した知性を不当な手段で手にいれたりはしないよ」
「不当な手段……?」
「そうだよ。正当な勝負をして勝ち、オレの物にするんだよ。
くくっ、これがオレが要求する、次のゲームでの報酬さ。
そのためにも、今は敗者の義務を果たす。
あのセカイは真人が救った、これは絶対だ!」
ふと思いついたように、キュリオスがさっきのポットから九輪のボディを起動させた。
モニターの向こうで意志のない人形のような動きで九輪がポットから動き出す。
「負けた証拠はコレでいいかな。
激闘の末に派手に負けましたって感じに汚して、これをあそこに置けばいいか。
――ああ、ちょっと凝ってみるか。
うん、九輪の知識は面白れーな! ははっ、いい感じにイメーが膨らむぜ。
戦いには流れと、物語がある!」
楽しそうにしているキュリオス=九輪を見ながら、マーキスがポツリとつぶやいた。
「皆、絶対に死ぬなよ。
死は楽になれる手段ではないみたいだ……」
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