コレット氏
※相貌の相似、あるいはランプと時計の相違に関する注釈。
●コレット氏
当市街に於いてコレット氏の名を知らない者は皆無と言って差し支えない。だが、実際にコレット氏と面識を持つ者は皆無であり、そこが論争の種である。
例えば曇天の午後、霞んだ青空に曖昧な形状の雲が浮かんでいる様を見て「今日はコレット氏が散歩をしていそうな天気ですな」と挨拶することがある。
また、ある会合に曖昧な物言いをする者が紛れていた場合、「どうも今日の君は、その口吻にコレット氏の趣がある。一体どうしたのだ」と声をかけることもある。
一体コレット氏とは何者か?
その核心に言及されることは滅多に無いが、それでも時折、不特定多数の会話によく姿を現すその「コレット氏」なる符牒に、軽度の疑問を持つ者がいないでもない。はたしてコレット氏とは何者か?
コレット氏に就いての言及者が現れると、突如として気まずい雰囲気が訪れることとなる。
「──それにしても何者だろうか、コレット氏とは?」
「何者かって、……コレット氏はコレット氏ではないかね」
「そう、誰とかそういう風に論ずるのは、どうも……」
「そうだよ、つまりはね」
「まあいいじゃないか」
これで話が済めばよいが、たまに話者の食い下がることもある。
「いや、コレット氏を深く理解するいい機会だ。コレット氏に関して知っていることをここではっきりさせておくべきではないだろうか」
するとまた重々しい沈黙が場を支配する。やがて、誰かがそっと囁く。
「おかしい。こんな雰囲気はどうも苦手だ。考えてみると、この『重々しい浮遊感』とでも言うべき不思議な空気は実にコレット氏的だと思わないか」
「そう言えば」
「たしかに」
「おい、何を言うんだ。ここで一度、はっきりとその実態を論ずるべきではないか」
「これは仮説だが、もしかすると、あんたがコレット氏ではないのかね」
「何を――」
「いや、あんたの口吻は、どうにもコレット氏的だ。そうに違いない」
「そうだ」
「いやはや。まさかコレット氏がおいでとは」
「これは驚きだ、今夜は奢らせてくださいよ」
「どうも気が付きませんで」
「違う。私はコレット氏ではない」
「いよいよコレット氏的コレット氏ですな」
「あはは」
と、このように会話はおかしな方向へ転がり始める次第である。解散したあとになって考えてみると、その話者がコレット氏であったことは悪酔いによる妄言であったような気がしてくる。そして次に同じ面子が集まったときには、
「いや、何と言うか――先夜は、とてもコレット氏的な夜でしたね」と挨拶を交わすことになるのだ。
斯様にコレット氏の実体は謎に包まれている。
●そこにいない待合者の物語
あらゆる待合室に於いて、そこに置き忘れられた物は、様々な物語を我々に伝えてくれる。潰れた紙巻きの箱、定期入れ、何かの鍵、色褪せた文庫本、片方の手袋、錠剤など――それらの遺失物は、そこにいない待合者の物語を静かに伝えてくれる。
そうした遺失物の中に、おそらく同一の作者の手によると思われる落書がある。
その紙片には荒々しくも繊細な筆致で、不思議なものが描かれている。時にそれは路面バスに見えるし、電波塔にも見えるし、黒猫にも、帽子にも、Barにも、浮浪者にも、市庁舎にも、伝統にも、倫理にも、宇宙にも、神にも見える。そしてその、特徴というものが全く見られない無個性さが逆に極めて特徴的に見える落書群は、もしかすると、コレット氏の落書ではないかとの説を唱える者がいる。そうかもしれない。何しろその筆致はとてもコレット氏的なのだ。
だが、その一連の落書に――【世界の真理】が描かれているという説は、いささか論理の飛躍と言わざるを得ないのではないか?
●新聞記事の断片
……とで、判決は「文芸誌『月帝』定期購読15年の刑」と言い渡されたが、それに対して弁護人は「被告人が有罪であることは明明白白であるが、そのことに関して言えば、75w電球と黒猫の眼球との間に見られる同一的特徴をここで証明することはやぶさかでない」として控訴する考えを示した。また今回の『星』盗難事件は各方面に波及しており、閣僚Ⅳ人が辞職する事態にまで発展しているため、その波状効果は計り知れないとの見解を示す経済学者R氏は会見で「土星の環の老朽化が深刻であり早急な対策が必要である」との警告を発する一方、世論調査では星泥棒が本当に逮捕されているのが未だ疑問を感じているとの回答が73%を占めていることから、当裁判所の俗称「Dance Hall」の是非を巡り――
が長いため、V市の市長が未だ増殖していることに就いての問題は(中略)一向に進展していないのが現状である。現在327人いる市長はその相貌が全く同一であり、来月の市長選で大規模な誘爆が予想されるため、一刻も早い『世界の蘭展覧会』の開催が望まれる。
伽藍波』の出版が差し止められた。著書で提示される宇宙モデルに『コレット』と名付けたことに対して、調査委員会は「何が悪いということはないが、とにかく悪質である。この著作が発表されることに就いて我々は何ら懸念していないことを懸念している」として、明日
【クロスワード!】
タテのカギ
・冥王星の軌道傾斜角
・夜を五角形にすると?
・「所詮、世界は○○○○装置だ」
・機械仕掛のカミサマが昇ります
・枯葉の集合体
・外れると楽しい
ヨコのカギ
・285歩で
・世界最初の映画会社
・Fかもしれない
・点と線の世界の考察
・空欄がお好き
世界の果てが発見されたことによって、従来の世界球体説が誤りであったことが明らかとなり、全世界が震撼したことは記憶に新しいが、世界各国が共同で送り込んだ世界の果て調査隊の調査活動は芳しくないようだ。その理由として、世界はそこで完全に果てているために何を調査していいのか意見がまとまらず、これといった成果が上がらないことが挙げられる。それらの調査隊の活躍によって連日のようにわからないことが余計にわかりにくくなる中にあって先日、星報堂が限定発売した『天動キット』300個が予約でほぼ完売、早くもプレミアがつく事態となったことに就いて玩具協会会長P氏(7才)は「本来、子供のものであるべき玩具が近年、大人たちの嗜好品となりつつあるのは極めて遺憾である」との声明を発表した。現在、世界の果て付近には通行規制が布かれているが、そこに一枚の枯葉が
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