だれかのいる部屋

 ビルの3階に魔王がいるというので行ってみた。殺風景な一室に灰色のデスクがあって、そこで書き物をしている女の子がいた。


「何か御用ですか?」

「特に用件はないんですが……ここに魔王がいると聞いたものですから、ちょっと寄ってみたんですけれども……もしかして、あなたが魔王ですか」

「いかにも私は魔王です」

「ほう」


 僕は考え込んでしまった。


「……何を書いてるんですか、それは?」

「これですか。このビルの前にある道の交通量調査ですよ。今月分のね」

「なるほど。……ところで、どうですか。魔界のようすとかは」

「ようす? まあまあですね」


 女の子はにこやかに笑ってそう言った。僕は彼女のいたって普通な容姿をじろじろ眺めて言った。


「なんかへんですね」

「そうですか。そうでもありませんよ。それはあなたの誤解です」

「誤解?」

「あるいは勘違い」

「よくわからない。でも、まあいいかという気持ちになってきました。ありがとう。これで失礼します」


 僕はビルを出た。

 


●○●


 

 

 数日後、その一室を訪れると、女の子はいなかった。


 代わりに、別の女の子が灰色のデスクに座っている。目つきが悪い。



「なにか用ですか?」

「いや……あの方はどうしたんですか、前、ここにいた……魔王は」

「知りませんね、魔王なんて」

「あなたは?」

「私、吸血鬼です」

「ほう」


 僕はすっかり考え込んでしまう。


「するとやはり……飲むわけですか、あれを?」

「血を? 飲むときもありますよ。でも、必ずしもそれをというわけではない。もっと美味しいものがあれば、そちらを飲みます」

「たとえば?」

「……紅茶とか」


 そのとき、部屋の柱時計が12時の鐘を打った。


「さ、昼休みだ」


 そしてどういうわけか、話の前後があやふやなのだが、僕は彼女に連れられて喫茶店を訪れ、紅茶をおごることになったのだった。


「どうもごちそうさま。またね」


 

●○●



 別の日。また別の女の子が灰色のデスクに座っていた。その子は人魚だった。ようやく気がついたのだが、このビルは訪れるたびに居るひとがちがう。妖精、悪魔、天使、精霊、異星人、魔法使い、幽霊、未来人、死神、錬金術師、預言者、人形、影……



 好奇心からそこに通いつめ、四季折々、いろいろなものに会った。そろそろ地上に存在するあらゆるものが出尽くしたのではないか、と考え始めた頃。


 その日、その一室で灰色のデスクに座っている女の子は退屈そうに窓の外を見ていた。


「あの……あなたは一体だれですか?」

「だれだと思う?」


 僕は考える。

 沈黙。それからふと思いついて言った。



「神」

 

 

 すると「当たり」と彼女は言って、奥の給湯室に入り、コーヒーを淹れてくれた。さすが神さまが淹れたコーヒーだ。その美味さは筆舌に尽くし難かった。

 


●○●


 

 

 数日後、そのビルに行ったら作業衣の青年が灰色のデスクに座っていた。



「あなたはだれです?」

「ああびっくりした。なんですかあなたは。勝手に入ってきたりして」

「おや……なんかようすがちがいますね」

「さあ。よくわからないが部外者は入らないでくださいよ。このビルは老朽化のために近々取り壊しされるんだから」


 そんなわけで、よく晴れたある日の午後、そのビルの解体が始まった。現在、そこは空き地になっていて、たまに野良猫が昼寝をしている。



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