第15話 真実は決して話すまい
「正体を現したな! 美少女が男だった次は聖女が美男子だったとか意外だが、別嬪だからって容赦はしねぇぜ。覚悟しろっ」
ヨォルが吠えたが、ディーツは混乱した。
「え、あれが聖女? 聖、女?!」
どこからどう見ても男にしか見えない。低い声といい立派な身長といい、ディーツには心底羨ましい体形をしている。あれは女にしておくのはもったいない。
「ヨォルもおバカね。あれが聖女のわけないでしょう」
「いや、聖女の姿を見たやつはいないんだ。グモールがそう話しているのを聞いたことがあるだけで。城から出てきた偉そうなヤツだからてっきり聖女だと思ったんだが、やっぱり違ったのか」
「当たり前でしょう!」
ヨォルが罰が悪そうに頭を掻いた。ディーツはほっと胸を撫でおろす。あれが女だったらさすがに自信を喪失していた。
静かに眺めていた男は目を眇めて低い声で告げる。
「我が館に用事があるなら明日にしてもらおう、今日は―――ん、タミリナ? いつの間に外に出て…」
「俺はねぇちゃんじゃねぇな!」
「ねぇちゃん? では、お前は…いや、君がディーツくんか」
「ねぇちゃんを知ってるのか?」
「あ、ああ。あの、この度は、その挨拶が遅くなってしまって申し訳なかったというか…その、気づいたときにはもう時間も経っていて…いや、会いに行こうとは思っていたんだが、どうにも配下の者にも全力で止められて…我も殺されたくはなかったというか、首を刎ねられるはさすがに恐ろしくて…」
「何の話だ?」
首をかしげると、男は言いにくそうに上目遣いで視線を寄こしてくる。
「我はヴィヴィルマ、君たちが魔王と呼んでいる存在だ」
「あの、ブロマイドの?!」
確かにブロマイドは銀色の髪をした紫の瞳の男だったが、絵とは似てもにつかない。夜の月明かり程度では正確な瞳の色まではわからないが。
「君も見てくれたのか。人間に人気のある絵師に描いてもらったんだが、ちょっと華美に描かれてしまって。いや、恥ずかしいかぎりなんだが…」
なぜか嬉しそうに照れている。姉の情報どおり照れ屋なのだろう。
そうか、あの気持ち悪い絵は人間に人気があるのか。どこの人間かはわからないが自分とは共感できできそうにない。だが、それは魔王にとっては嬉しいことなのか。種族の壁は厚いことを実感した。
反応のないディーツに、魔王は心配になったようだ。途端、オロオロと焦り始めた。
「もしかして実物にがっかりしてしまっただろうか…我も華美すぎると反対したのだが、配下の者がこれぐらい派手なほうが人間には受けると言われてしまって。我の色は地味だし、もっと魔族らしい体つきならばよかっただろうが、自慢できるほどではないし。そもそも魔術師なんて魔力勝負だから見た目で表現することも難しくて」
「別にがっかりとかはしてないから、安心しろ。それより魔王なら今すぐお前を討伐したほうがいいのか?」
「いや、こちらにはその意思はないと手紙にも書いてもらったんだが。そもそも魔界の王?で魔王と呼ばれるのだとか。我は王とは呼ばれているがこちらでいうところの一地方の領主程度で、よその王に襲われたためこちらの世界に逃げてきただけだ。住処が欲しいと頼んだらいつの間にやら戦闘になってしまって…どちらの世界も強い者が牛耳るのが筋だとは思うが、どうかこれ以上同胞を殺すのは勘弁してほしい。彼らにも生活があるのだ」
「サイクル国は領土を取り戻したいとか躍起になっていただけで俺も国から言われたから戦っていただけだ。もう関係はないから、そちらにやる気がないなら特に俺から何かすることもない」
「そ、そうか。ええと、タミリナに会いにきたんだろうがもう寝てしまって…明日の朝にでも会わせるから、今日はとにかく部屋へと案内させよう―――ん? 夜番の召使いたちが全滅している?」
「は? グモールはあんたの配下か?」
「いや、この城を占拠したときに残っていたグモールを洗脳して使役していたんだが…」
「占拠って、じゃあ、ここには聖女はいないのか?」
「聖女? そんなものはタミリナ以外いないが。ここにいたグモールはすべて洗脳して召使いにしてあるから襲い掛かってくることはない。安心していい」
「おい、どういうことだ?」
ヨォルを振り返ると、彼は青い顔でぶんぶんと首を横に振っている。
少しも知らなかったという顔だ。
「ここに住んでいたヤツらがいただろう? どこに行ったか知らないか?」
「グモールの一団なら南へと下って行った」
南ということはディーツたちが現れた方角だ。
「それって街が危ないんじゃないか?」
「おバカ、不安を煽ってどうするの?!」
顔面蒼白のヨォルの横でアムリがディーツの頭をパシンと叩いたのだった。
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