第9章 ビジネスホテル

フロントに居た女性スタッフに、白いコートを着た 賀原絹代の写真を見せると、


「あぁ、社長を呼んで来ます。」


と言って奥の部屋に入って行った。


先輩は力を込めて


「よし。」


とうなづいた。


先輩も自分と同じように、もう諦めかけていたのかも知れない。


出て来た社長は70歳位の男だった。


「すいません、事務所にどうぞ。」


そう言って奥へ案内してくれた。

社長は名刺を出しながら、


「どの女の子です?」


と話し出した。


先輩が


「この女性です、知っていますか?」


とたずねる。


「この子はお得意様ですよ。」


先程の女性スタッフがお茶を置いていった。


「お得意様と言うと、嬢か何かですかね?」


「まぁ、嬢ですかねぇ?勘ですよ?ハッキリと本人に聞いたりしませんし、プライバシーの問題ですから。ね?」


社長は頭を掻いている。


「良く来たんですか?どの位の頻度で?」


「月に何度かご利用いただいてましたよ。」


「去年の12月15日の利用者記録は有りますか?」


「えぇ、ございます。少々お待ちください。」


そう言って社長はPCを持って来た。


「この日に、写真の女性が利用した記録はありますか?」


「あ〜、どうですかね?確かこの子はいつも事前にご予約頂くんですが、なんて言うか、名前も住所も毎回違うんですよ。だから利用記録を見ても分からんですよ。」


そこには女性の名前があったが、名前も住所も彼女のものでは無かった。

つまり偽名でこのホテルを利用していた事になる。


この客はフリータイムで午後2時頃にチェックインして、午後4時半過ぎにチェックアウトしている。


「この時間帯に他の客はありましたか?」


「あぁ、こちらの方ですね。この方は飛び込みでのご利用ですね。午後4時頃にチェックインされて、チェックアウトは午後7時頃です。ウチは平日はフリータイムのみでやってますんで。」


「この日に写真の女性が利用したか、覚えてませんか?」


「さぁ?覚えてませんよ。あ、そういえば最近この子見ませんね。何かあったんですか?」


「いえ、捜査ですので詳しくは申し上げられません…。

ところで、チェックインの時にお客の顔を確認しないんですか?」


先輩が聞くと、


「いやぁ、あんまりジロジロ見ると、来てくれなくなっちゃうからね、見ませんよ。

ご利用の予約方法は、利用希望日とお客様の人数、あと名前や住所などの情報をデータに入れて、仮予約します。

予約が完了すると利用者コードが作成され、相手に画像として送られます。あとはご利用いただく際に、そのコードをフロントにある読み取りの機械にかざして、料金を電子マネーで先払いしていただくだけで、チェックイン可能ですからね。部屋のカードキーも同じ機械から自動で出てきますから、フロントでチェックインを行うのは、飛込みのお客様くらいですよ。」


先輩は相づちを打ちながら


「直接スタッフとやり取りする必要は無いんですね…。

では、この写真の女性の事で他に覚えている事はありませんか?」


と聞くと


「あぁ、いつも外国人の男性と一緒でしたね。」


「いつも?同じ相手の人?」


「さぁ?同じ相手かどうかは分かりませんけど、予約の名前もころころ変えて、男の人と来てたら、そういう道の人かな?って思うでしょ?

ただ、服はいつも黄色のワンピースでしたよ。だから割と覚えてたんです。」


「いつも同じ服?ワンピースなのか…。えっと、いつも外国人と一緒に利用してたんですね?」


「まぁ、そうでしたね。」


「もうひと組の飛び込みの客はどんなでした?」


「それは、ちょっと。プライバシーですから。」


「防犯カメラは有りますか?映像の保管期間は?」


「フロントに一台です。映像の保管は1週間です。」


「それだけ?」


「こういう場所は、あまり多いと嫌われますから。」


「なるほど。出入り口は他にありますか?」


「お客様の出入りするドアの他には、事務所にある私ら従業員の入り口と、あとは屋上です。」


「屋上のセキュリティはどうなってます?」


「内側からのみ開閉できるドアだけです。」


うーん。先輩はひと呼吸ついた後に、少し間を空けて


「チェックアウトの時も特に確認はしないのですか?」


と聞いた。


「まぁ、お代は先に頂いてますからねぇ。追加料金が発生すれば別ですが。」


「外出時の確認などは?」


「外出の時は、機械にカードキーを入れて外出ボタンを押します。お戻りの際にまたコードをかざしてもらえば再びカードキーが出てきます。

チェックアウトもカードキーを中に入れてチェックアウトボタンを押すだけです。延滞などの追加料金があればその時に表示されアナウンスが流れます。23時を超えると宿泊料金に変更します。」


「チェックアウトも外出も、直接スタッフとやり取りする必要は無いんですね?誰が出て行って誰が入って来たのか確認はして居るんですか?」


先輩はやや呆れ気味だ。


「昔はやってましたよ。でも今はねぇ…。料金の支払いがされていれば問題ありませんし、後でお連れ様がいらしたり、帰られたり、色々あるでしょう?

宿泊されている場合は人数に気をつけますけど、フリータイムの場合はそんなに気にしませんよ。

チェックアウト後に、館内のどこかに人が隠れてるとか、確認するのはそのくらいです…。ほら、細かいと嫌われますから。」


フロントからエレベーターホールは死角になっている。なるほど、お忍びで使うには都合がいい。


「分かります…。ところでこの日、何か変わった事はありませんか?」


「さぁ、特に思い当たる事はありませんよ。ずいぶん前の事ですからね。ホントに、この子何かしたんですか?」


「まぁ…。部屋に異変はありませんでしたか?」


「特に物品の損失もありません。翌日の11時から清掃に入ってますが、特記事項はありませんよ。」


その後、フロントに居た女性スタッフにも賀原絹代の事を聞いてみると、


「黄色いワンピースが目立ってたってだけであんまり覚えて無いわねぇ。その日の事なんてもう忘れたわよ。

あんなの、見るのも嫌でね。地味な顔して、アバズレなんじゃ無いの?

一体、何やらかしたのよ?」


と話していた。


「何か思い出したら連絡してください。」


そう言い残して、我々はホテルを出た。


ここまで来てやっと、ほんの僅かな手掛かりをつかんだ。


賀原絹代は外国人の男性と繋がりがある。

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