タイトル.42「暗闇のキラーマン(後編)」


 黒いナイフが迫る。その狙いは紛れもなく心臓をダイレクトに。

 キーステレサは戦いのゴングを鳴らす前にケリをつけるつもりだ。

「こういうのはもっとシチュエーションを大事にしなさいよ!」

 そんなアクション映画にあるまじき展開。カルラが許すわけもない。

「なっ……!?」

 心臓にナイフが到達するよりも先に、カルラは首を前に突き出した。

 腕が動かない。足も動かない。防御行動はとれない。

 スーツにある程度の防弾加工を施しているにしても、そのナイフを受け止められる確証はない。万事休す、しかし八方塞がりというわけでもなかった。

 カルラが選んだのは“歯”だ。

 ナイフを歯で噛み止めるという、野蛮にも程がある方法で奇襲を止めたのだ。

「ふがっ、ふがっ……」

 とはいえ、受け止められるはおそらく一瞬。数秒も経たずにナイフを引っ込められるだろう……その数秒を使って、カルラは自身の腕に何をされたのか見渡してみる。

(おいおい、これは)

 黒い何かが両腕両足に巻き付かれている。まるで鎖のように。

(拘束は敗北美少女戦士の特権じゃねーのかい)

 それはそこらの壁から生えている。もう一度動かしてみるが、黒い何かはしっかりとカルラの両手両足を縛り上げていた。

「……ほはへ! ふぇーふふひーは! ひっひひ、ひひひひふ!」

『いきなりフェーズ3か……だが、状況が状況だと判断する! 解放!』

 村正、フェーズ3に起動。

 刃には相応の熱量。そして熱量に耐えきれるよう肉体の増強を開始。体の変化でマヒを起こさないよう脳にも一定のドーピングが施される。

「ぐぉらぁッ!!」

 ドーピング完了。力業で黒い何かを引きちぎり、体の自由を取り戻す。

 ナイフも口から離し、カルラは抜いた村正を振り回しながら後方へと避難する。

「なんと、強引で野蛮な!」

 黒い何かが壁へと引っ込んでいく。


 ……アメーバ状のスライムのような何かだった。

 あのキーステレサとかいう殺し屋の固有能力なのだろう。突如現れた触り心地の悪すぎる触手の正体は。

(やべぇな。相手の能力が何なのか分からない以上迂闊な真似は出来ねぇ! だが何もしないわけにもいかねぇ!!)

 ここは相手のテリトリー。いわば蜘蛛の巣と言ったところ。何処からやってくるかもわからない攻撃に怯えながら、あの殺し屋と睨み合いをしなければならない。

『どうするご主人』

「おいおい、こういう状況で最善な手段を見つけるのがお前の仕事だろ?」

『それを理解しているなら、私の質問の意図が掴めるだろう?』

「……詰み寸前、ってことね」

 今、どうにかする方法がないか模索しているのだという。

「なーに、ひとまず、方法がある」

『その方法とは……』

 ヨカゼは首を傾げ、主人に問う。



「一時撤退!」

 その場でUターン。

『だろうと思った』

 敵前逃亡。背中を向けるのは剣士の恥。

 そんな都合知った事ではないと言わんばかりの全力疾走でカルラはその場から逃げ出したではないか。

『だが、それはヒーローのすることかぁあああッ!!』

 携帯端末から、お世話係の説教が聞こえるばかりだった。

「逃がしはしない」

 キーステレサは当然逃がすはずもない。

 追いかける。背を向け、更に路地裏の奥へと向かっていくカルラを殺すために。

「全く冗談じゃないぜ……アイツ、政府の人間だとしたら、間違いなくアブノチでの一件を問い詰めに来たってわけだろ!」

 アブノチでの一件。カルラ達は政府の特殊部隊を成敗した。

 送り込まれたのはその敵討ち。仕返しの刺客というわけか。こんなにも早く、手を回されるとは思わなかった。

『どうするのだ、ご主人!? 確かに今は逃げるのが最善の手だ。だが、どこへ逃げる!?』

「走りながら考えるッ!!」

 あの黒いアメーバの召喚。思っていたよりも時間がかけるようだ。走ってさえいれば、捕まることはないことには気づいている。だから走る。

『そんなご主人に悲報だが道が逆だ! 行き止まりに突っ走っているぞ!?』

 更に路地裏の奥へ。

 必然的にそうなる。何せ、表への道は塞がれているのだから。

『……ご主人、敵の“罠”には気づいておったのだろう。なら何故、こんな不利な地に自ら?』

「何ってそりゃぁ、簡単な事よ」

『一般市民を巻き込まないためか?』

 非人道な計画を企てた政府の人間だ。

 罪のない一般市民を巻き込まない可能性は低い。その被害を免れるためにも、こうして裏へと回った。

「それもある。だが、一番は……」

 それが甘っちょろい考えがあることは否定せず、カルラは本来の目的を口にした。


「アイツと一緒さ。

 思う存分戦える。

 テリトリーに足を踏み入れたのは……向こうも同じであるという事を、カルラは堂々と宣告してみせた。

『!』

 よく見ると、カルラは何かを地面にコッソリ撒きながら移動している。


 “火薬”だ。

 日光も入らない暗闇のこの場所。真っ黒な粉塵を視認することは難しい。二の次かつ天丼ではあるが、ジャイロエッジに用いた攻撃法を多少違う形で再現しようとしていたのだ。

「これだけ撒けばいいだろ! 食らえ!」

 足を止め、カルラはまたもUターンをして振り返る。

夜風式・村正刀技むらまさのさつじんわざ第十六式じゅうろくしき……清光きよみつ(仮)!!」

 そして、バラ撒く。

 剣の花びら……ビームにも似たエネルギーの鱗粉を、その地面へと。



 -----発火。

 彼等が突き進み続けた路地裏は、一瞬で火の海に包まれた。

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