第四話 鬼の頭首になる
鬼は千鬼姫の発情期になると繁殖期を迎えた。鬼子の成長は早く、半年も経たぬ程で腹から出た。三つ子、五つ子なども珍しくはなかった。そうなると腹を切らねばならなかったが、鬼の傷などすぐ癒えた。そう言えば、昔の戦での話…。鬼を見た人間は驚いた。体格の違いもそうだが、なかなか死なない事に。人間の醜い戦争に巻き込まれて戦わなければならない事もあった。すぐに倒れて屍と化す儚き者を鬼達は憐んだ。そんな中に刺しても斬っても傷がたちまち消える奴がいた。人間の着る鎧などという物を身に纏い、儚き者の先頭に立ち炎柱が立つ城へ入って行った。城から出て帰ったのはその大きな男だけだった。それを遠くから見ていたのは般若と桜花だった。般若は千鬼姫と守人しか行き来できない外界への抜け道を知っていた。まだ千鬼姫ではない桜花をなぜ連れて来たのかはわからないが、二人は夜が紅く染まるのを黙って見ていた。般若は悲しそうに
「何故、人は死に急ぐのでしょうね。」
そう言って幼い桜花の手を引き、
「さぁ、綺麗な泉に行ってお花を摘みましょ。」
そうして連れてこられたのが夜鳴きの泉だった。もちろん桜花は花など見た事がなかった。母、火梗から自分の名の由来は聞いた事があったがまさかこれ程までに美しいとは。
「これが桜?桜花の名前とおんなじの?」
「そうです、美しいですね。本当、貴方様に相応しいお名前です。」
そう言いながら般若が泣いていたのを姫は思い出していた。
「般若…。」
ついその名前を口にしてしまっていた。それを聞いていた夜千代に手を叩かれた。
「桜花、集中しなさい。明日がきてしまいますよ。」
さっきまで手にしていた扇子が落ちていた。
「ごめんなさい、夜千代。」
長く続く板間に落ちた扇子を拾うと、舞台から演舞者であり八鬼門の鬼頭の一人、華響が降りてきた。千鬼姫の舞稽古の為に綺麗に化粧をしていた。鬼頭の誰よりも早く本家に帰って来てくれていた。
「まぁ、まぁ、いいじゃない。桜花、上手にできてるわ。少し、休みましょうよ。」
おっとりとした言い方。美しい立ち振る舞い。端正な顔立ち。まるで女鬼だった。初めて華響が舞う姿を見た時、桜花はとても綺麗な女鬼だ。そう思った。中庭の舞台から渡り橋を下りて本家に入ると、長い廊下が続く。左右に分かれる板間をどちらでもなく真っ直ぐ行くと本殿と呼ばれる鬼頭が集まる処があった。本殿には閻魔様の黄金に輝く像が立ちはだかった。本殿の隅にある茶室に、華響は姫を待っていた。厚い着物から解放されて身軽になった桜花は足早にそこへ向かった。
「今日の菓子は?」
華響は切れ長の目を丸くした後、すぐに笑った。
「ふふふ。いきなり菓子の事?」
今しがた立てた茶を桜花に差し出した。
「あんた、千鬼姫を受け継ぐって事は鬼の頭首になるって事よ。わかってんの?」
そして勿体ぶりながら菓子も出した。
「明日の舞は完璧に踊ってもらう。解ってるわね?それを食べたらもう一度よ。」
先に菓子に手を出そうとしたが、茶から飲み干した。二日前に華響に叱られたばかりだった。
「失礼よ。」と。
口も拭かずに菓子に手を伸ばした。その手をぐっと引き寄せられ、華響の膝に手をついた。
「あっ。」
桜花の顔を覗き込む切れ長の美しい目が、優しく笑った。
「もう赤鬼になるのね。」
口調はいつもの華響なのに、その時は男鬼の様だった。少し頬が熱く感じた。
「貴方は男鬼達を魅了し、千もの鬼を生まなければならない。男鬼どもがお前に夢中なればなるほど強い鬼が産まれるの。」
耳元に囁く色っぽい声に、桜花は遠くを見た。その時、初めて自分の宿命の様なものを悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます