第56話 決断

「ありがとう、おかげで私は小説を書く楽しさを思い出したよ」

「それは良かった」

 苺は嬉しそうに笑う。

「私も魔王とかやってて思ったんだよね、面倒くさいって。だるいし。魔物たちが何かもめごと起こすけど別に魔物には興味ないし。まあそのときは復讐心があったから腹くくってたけど、やっぱ憎しみとか恨みみたいな感情はない方が幸せに生きられるんだよね。まあ、なくそうと思ってなくせる訳じゃないし、もしそういう気持ちがなかったら魔王なんてやめてたけど」


 なるほど、そういうものか。私はどちらかというと他人にそんなに興味がないタイプなのであまりそういう気持ちはない。

「でもそうだよね、幸乃は元々そういう負の感情も責任感もなさそうだから魔王は苦痛かもね」

「……確かに魔王は柄じゃないけど、そういう言い方されると腹立つんだけど」

「はは、ごめんごめん。でもどうする? 今幸乃が魔王やめたらしっちゃかめっちゃかになると思うけど」

 苺が痛い現実を突き付けてくる。

「しょうがないよね、もう一回異世界から人を召喚するしか。ちょうどクオリアの世界間転移の研究を応援するって約束もあったし」


「ああ、そう言えばいたね。っていうかそいつの家で私たち会ったんだっけね。そうだ、それで思い出したけどクオリアの研究を手伝うならいいものあげる」

「え、何か持ってるの?」

「さすがに私も自分が持ってる唯一の魔石をあんな雑な保管する訳はないからね。あれは利害関係があって自由に使えない魔石。でも私は個人的に保有してる魔石を隠してるんだよね」

「さすが前任の魔王様」


 苺は魔王城の何でもない一室に入る。そして床に魔法を撃ちこんで破壊した。その下には地下室のような空間が広がっている。その奥に何でもなさそうな石が落ちている。だが、言われてみれば大きさだけは魔石と同じだ。

「光よ」

 苺が手をかざすと、急に石は光を取り戻し、魔力の光できらきらと輝く魔石となった。

「おおおおお」

 魔石を隠し持っていたことよりもこのギミックに感心する。私の反応に苺もご満悦のようだった。

「他にもいろいろあったような気もするけど、今となっては必要ないものが多いかな。多分この魔石があればクオリアもあの魔法使えるでしょ」

「うん。じゃあセラも誘っていくね」



 私は苺と魔石を持ってセラのところへ向かう。安全を取り戻したセラは普通に魔王城近くに屋敷を作って住んでいた。どうでもいいけど魔物の中にも大工的な種族がいるのだろうか。それとも人間の奴隷とかにさせてるのだろうか。

「何? 私は歌には興味ないわ」

 元魔王が歌好きなことによほど失望したのか、私たちが会いにいくとセラの反応は薄かった。


「いや、クオリアの研究を仕上げてもらおうと思って」

「え、てそれ魔石だわ! ちょっと、私じゃなくて他の女に使おうって言うの!?」

「いや、そんな浮気したみたいに言わなくても……」

 セラが凄まじい剣幕で詰め寄ってくる。

「あのとき、あんなに私の異世界召喚魔法に期待してたのに……」

「いや、聞いてよ。クオリアの世界で世界と世界の距離が近づけばセラなら魔石を使わなくても異世界から人を召喚出来るんじゃないかと思って」

「世界と世界の距離? そんな訳の分からないことを言って私を言いくるめて他の女に乗り換えようとしてるんじゃない?」

 魔法のことになると熱が入るのかセラは別人かと思うぐらい早口でまくし立ててくる。


「そうだね、幸乃女の知り合い多いもんね。私にシア、それにミルガウス……」

「苺も余計なこと言わないで。そもそもクオリアは私の中で女というよりは魔物にカウントされてるし」

 一応セラやミルガウスあたりまでは女にカウントしている。

「まあでも、幸乃の言ってることは嘘じゃないよ。クオリアの研究が成功すれば石なしで異世界召喚し放題。魅力的じゃない?」

「異世界召喚し放題……確かに」

 セラはごくりと唾を飲みこむ。いや、し放題されても困るんだけど。


「でも石が本命だとすれば本命を乗り換えたと言えなくもない」

「やっぱり納得いかないわ」

「ちょっと余計なこと言わないでよ」

「ごめんごめん、面白くてつい」

 そんなじゃれ合い(だと信じている)をしつつ私たちはクオリアの研究所に向かった。

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