***


「なぜいる」

「そう冷たくしないでよ。こう見えて傷心なんだからさ」

そう言ってギーベリは苦々しく笑った。

 神殿の中央、真っ赤な絨毯の上にさらに獣の皮を敷き、そこへ腰を下ろしてじっと棺を見守る少女のその横で、ギーベリはおしゃべりを続けた。

「僕はね、それでも彼女に会いに行ったんだ。会いに行ったんだけど、会えなかったよ」

 西の町に着く頃には、喜びよりも不安や疑念といった負の感情の方が、心に多くはびこっていた。

 親友に教えてもらった家を探し、そしてこっそり彼女の様子を見に行った。

 大きな家。

 花や木をきれいに整えた庭で、鼻歌を歌いながら真っ白な洗濯物を干す女がいた。

 時々大きなお腹をさすり、ふうっと大きく息を吐いて、休みながら作業をしていると、家の中から夫が現れて手伝いを申し出る。

 それなら一緒にやりましょうよ。そうして早く済ませてお昼ご飯にしましょう。今日はあなたの好きなものを作るから。

 そんなことを言いながら、顔を見合わせ笑う。

 絵に描いたような幸せな風景がそこにあった。

 居合わせたなら、思わず自分にも笑みがこぼれそうな、そんな光景だった。

「だけど僕は笑えなかったよ」

 四年という歳月の間に色々あったのかもしれない。それは彼女の心が変わるのに充分すぎる時間だったのかもしれない。

 だがギーベリにとっては、たった数日会わなかっただけの恋人なのだ。

 何年も指輪を持ち続けていてくれたと言われたとしても、それはギーベリにとってはたった数日のことでしかないのだ。

 そういう感覚にしかならないのだ。

 頭では理解しようとしたけれど、感情はそううまくは回ってくれなかった。

「それでね、僕は彼女には何も告げずに帰ってきたんだ。え? 故郷に帰ればいいじゃないかって? それで彼女とばったり会ってしまったらどうするんだい? だから僕は故郷には帰れないのさ。帰らないと決めているのに父や母に顔を見せるのもなんだか酷な気がしてね。……そうだとすると、僕はいったい何のために甦ったのだろうね」

 ギーベリは心の中にあった寂しさを隠さずに言った。

 しかし少女は、ギーベリの言動や行動をことごとく否定した。優しい言葉などは一つも掛けてやらなかったのだ。

「なぜ何もしなかった。指輪を持ち続けているということは甦りを願い続けているということではないのか。他の男と結婚したからといって、お前の甦りを断念しなければいけないのか。女も女だ。私は説明したぞ。甦りを望まなくなったら指輪を返しに来いと。そうすれば甦りはできなくとも転生できると。誰かの子として生まれ、次こそは幸福な生を得られるというのに、なぜ指輪を返さない。本当はお前の幸福など望んではいないからだ。己のためにお前を甦らせたかっただけなんだ」

 淡々と言葉を繰り出す少女の姿に、ギーベリは返す言葉を失った。

 少女の言葉が止んだのを確認して、それから心の余裕ができるまでしばらく間を開けて、そうしてからなんとか笑顔を作って見せた。

「わかっているよ。全部わかっている。それでもどうにもならないことがあるんだ」

 それを聞いて、少女はすっかり黙り込んでしまった。

 ギーベリは機嫌取りにと冗談を言ってみせる。

「あ、そうだ。もう一度棺に入って、今度は転生の方を選んでみようかな。それでさあ、彼女の子どもとして生まれて来るとか、そんなことになったら傑作じゃない?」

 どこからどう見てもふざけているというように言ったつもりだったのだが、少女は真剣な顔でそれに返した。

「棺に入れるのは一度きりだ。だから思い切り恨めばいいと言っている」

 少女はギーベリの身長差を考えずに、ギーベリの胸ぐらをつかんだ。その角度ではしがみついているようにしか見えないと思いながら、しかしギーベリは少女の眼差しに気圧されて、きゅっと表情を引き締めた。

「お前はそのくだらない女のせいで、たった一度の貴重な権利を使ってしまったんだ。だからもっと恨めばいい。仕返ししたって、誰も責めはしないだろう。だから、そんなつまらないことばかりを私の前で垂れ流すのはやめろ」

 少女の言葉にギーベリは微笑んだ。

 それは作ったものでもなく、苦々しいものでもなく、素直にこぼれた笑みだった。

「そうだね。貴重な権利だものね。でも、それなら僕は、これからの人生はせっかくだから穏やかに生きたいな」

 ギーベリはそう言って、今度は顔いっぱいに笑みをのせた。

 何かが吹っ切れたような気がした。


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