第三十三話 乱戦

 対峙した契約者たち。


 ≪魔術師マジシャン≫。

 ≪吊るされた男ハングドマン≫。

 ≪恋人たちラヴァーズ≫。


 ≪正義ジャスティス≫。

 ≪女帝エンプレス≫。

 ≪太陽ザ・サン≫。


 最初に動いたのは、≪吊るされた男≫。


「≪大鉄塊ハンマー・コード≫! ふんん!!」


 僕を狙って、大きな鎚が振り下ろされる。


「≪韋駄天脚アクセル・コード≫!」


 僕は、≪吊るされた男≫の懐へ飛び込むように回避する。


「≪炎熱剣ソード・コード≫!」


 そして、燃え盛る直剣を、≪吊るされた男≫の背中に突き立てる。

 ≪炎熱剣≫は装甲を微かに貫通する。

 傷口からほんの少しの黒い粒子が溢れる。


「ふん!」


 野太い声と共に、≪大鉄塊≫で背後を薙ぐ≪吊るされた男≫。

 僕は≪韋駄天脚≫で後退する。


「おいおい、随分と戦い慣れちまったじゃねぇか坊主。前に戦った時とは思い切りがちげぇ」

「今は、あの時とは違いますから」


 多くの人の願いを奪った責任を負った。

 守るための戦いを知った。

 

 迷いは今もある。


 けれど、今やる事だけは明確だ。

 22人の戦わないプレイヤーを集めるにしても。

 僕たち4人で勝ち残るにしても。


 この人たちを倒さなければいけない!


「いいツラしてんのが、マスク越しでも見えるぜ。まったくよう、ガキってぇのは一瞬目を離すとすぐこれだ……! 切絵、援護頼むぞ!」

「はいはーい! ≪風素魔法ウィンド・コード≫~!」


 ≪魔術師≫がかまいたちを放つ。

 それに続くようにして≪吊るされた男≫が大鎚を構えて駆けてくる。


「させない! ≪世界樹の枝ブランチ・コード≫!」

「私たちを忘れてもらっては、困るな。≪裁きの天秤ソード・コード≫!」


 ≪女帝≫の蔦によって、かまいたちがことごとく打ち落とされる。

 振り下ろされた大鎚が≪正義≫の剣に一刀両断される。


「ウッザいわねぇ!」

「嬢ちゃんたちまで、つええな、こりゃあ」

「ちょっと、ピンク頭! アンタ手伝いなさいよ!」

「んー、ダーリンがお願いしてくれたら、考えようかしら!」

「しねえぞ……」

「しなさいよ! アイツの力がないとキツいのわかってんでしょうが!」

「くそ……! おい!」

「なぁに? ダーリン♡」

「……手伝ってくれ!」

「ご褒美、期待してるからね。んっま!」


 投げキッスを嫌そうに振り払う≪吊るされた男≫。


 アリスからテレパシーが届く。


『気をつけて、≪恋人たちラヴァーズ≫からものすごい自信を感じるわ!』


「≪愛の化身アヴァター・コード≫!」


 その瞬間、≪恋人たち≫が眩く発光する。

 右半身がマゼンタ・ピンクに。

 左半身がシアン・ブルーに。

 そして、その光がふたつに分裂する。


「フンッ!!」

「ハッ!!」


「「ワタシたち、爆誕!!!」」


「なに、それ……」


 ≪恋人たち≫が、ふたりに分裂した。

 ちょうど、左右で歪にデザインされていた姿が、それぞれ完成したひとつの人型になったようだった。


 マゼンタ・ピンクの右半身は全身が筋肉質な重装甲の戦士の姿に。

 シアン・ブルーの左半身はしなやかで細身の女性的な戦士の姿に。


 本当に4対3なのか。そう言っていた≪魔術師≫の言葉を思い出した。

 2人に分裂できる仲間がいたのか……!


「行くわよ」

「見てなさい」


「「≪雄剣雌剣ソード・コード≫」」


 ふたりの≪恋人たち≫の手に、剣が握られる。

 右半身には大剣が。

 左半身には細長い直剣が。


 ふたりは、左右に別れて僕たちを挟み込むように展開した。


『ふたりの狙いは≪太陽≫、貴方よ! ≪魔術師≫と≪吊るされた男≫も隙を伺っているから気を付けて!』

「左のは私がやろう! 新士くんは右を、かなえくんは≪魔術師≫たちへの牽制を!」


 アリスと恭子さんからの指示に、僕たちはそれぞれ動いた。


 僕が対峙するのはマゼンタ・ピンクの≪恋人たちラヴァーズ≫。

 見るからに力が強そうだ。


「ワタシ、子供は趣味じゃないのよね!」


 そう言うと、大剣を軽々と振り回してくる。

 ≪炎熱剣≫で正面から受けるのは無理だ。

 僕は、ように浅い角度で剣を交え、猛攻を凌ぐ。


「そこ!」


 こちらの剣の方が振りが速い分、隙を見て敵に≪炎熱剣≫をぶつける。

 だが、装甲が硬く、効いていない。

 炎によるダメージも、気にせずに大剣を叩きつけてくる。


 横目で見ると、恭子さんもシアン・ブルーの≪恋人たちラヴァーズ≫に苦戦していた。

 ≪正義≫の剣は絶対両断。

 しかし、女型の≪恋人たちラヴァーズ≫は柔軟な運動でその斬撃をことごとく躱していた。


 この人、戦闘のセンスがすごいんだ。

 けれど、負けられない!


「アマちゃん!」

『うむ! アレの出番かのう?』

「頼む!」

『よし来た、思いっきり暴れてやるのじゃああああ!』


『「≪鳳凰翼ウィング・コード≫!!」』


 ≪太陽≫の背中に六つの翼が花開く。

 周囲の大気を焼きながら、僕は飛翔する!


「な、翼ですって!?」

「おいおい、そんなのありか……!」


 思った通り、≪魔術師≫たちの一団は誰もウィング・コードの存在を知らない。

 ≪悪魔≫の進藤憲一と闘っていたとき、彼は羽つきの≪アルカナ≫が貴重であることを示唆していた。


「≪陽光砲レイ・コード≫!!」


 上空に跳び上がった僕は、そこで≪陽光砲≫を呼び出す。

 反撃の届かないこの位置から、≪魔術師≫の一団を一網打尽にする……!


『恭子ちゃん、≪女帝≫! こっちへ、一塊ひとかたまりになって! ≪女帝≫は樹の幹でシールドを! 恭子ちゃんは爆風を斬る準備して! 』


 アリスが僕の思考を読んで皆に指示を出してくれている。


「これで……!」


 ≪陽光砲≫の巨大な砲口が光で充ちる。

 これ以上抑えきれないと灼熱する!


 が、その時だった。


 

 

「な……ぐっ!」


 陽光砲を構えていた僕は、翼の制御に集中できず、それに激突した。

 真下へと落下する。


「新士くん!」

「今のは!?」


 かなえや恭子さんが駆け寄り、≪魔術師≫たちの前に立ちはだかってくれる。


「わ、私たちじゃないわよ!?」

「おう、ほんとだぜ!?」


『……最悪。恭子ちゃん、アレが来たみたい』


 次の瞬間。

 凄まじい爆音を伴う雷が、僕たちの目の前に落ちた。


 爆雷の中から現れたのは、直線的な装甲を持つ、紺色の鎧。

 

「派手にやってんなァ? 俺も混ぜろよ」


 現れたのは、≪契約者アルカニック・ナイトザ・タワー≫。


「うっそ。≪塔≫のガンジ……?」

「冗談じゃねえぞ」

「最悪なのが来てしまったな」


 ≪魔術師≫、≪吊るされた男≫、そして恭子さんまでが口を揃えてそう言った。

 

 僕たちの前に、ここ≪神々の玩具箱アルカーナム≫で最強の男が現れた。

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