第四章 流局の可能性

第二十話 悪魔の襲来

「少し、休みたいです」


 ≪皇帝≫の少年を倒した僕は、かなえとおじさんにそう言って、手ごろな廃墟のひとつに身を潜めることにした。


 気持ちを整理する時間が欲しかった。


 僕は彼と闘ったことに、後悔はない。

 もしあれば、それこそが彼に対する最大の侮辱となるからだ。


 しかし、次もまた、同じことができるか、僕にはわからない。

 もし、あの時少年が助けてと言ったら。

 僕は間違いなく彼に協力していただろう。


 今夜彼を倒す決意を固めることができたのは、僕の覚悟ではなく、彼の覚悟に原因がある。


 できれば、自分なりにこの答えを得るまでは、闘いたくなかった。




 だが、この≪神々の玩具箱アルカーナム≫でそれは許されない。


 僕たちが廃墟に隠れて数十分が経った後、僕たちの隠れている廃墟の壁が


 その先に居たのは、漆黒の契約者。


 昆虫の殻のようなとげとげしいデザインの装甲を持ち、所々に真っ黒な獣の毛皮があしらわれている。尻尾が生え、そして山羊のように大きく湾曲した角もある。


 僕が初めて≪神々の玩具箱アルカーナム≫に召喚された夜に、見たことがある。

 ≪正義≫や≪女教皇≫と同様に、変身以外に一言も話さなかったコートを着た長身の男。その者が変身したスーツで間違いない。


 たしか――≪契約者アルカニック・ナイト悪魔デヴィル≫。


「わ、わわ~! なんだ!?」

「なに!?」


 大騒ぎするおじさんと、すぐに指輪を構えて変身の準備をするかなえ。

 僕はすぐさま変身した。


「変身、≪契約者アルカニック・ナイト太陽ザ・サン≫!」


 ≪悪魔≫は両手に漆黒の銃を持っていた。

 右手には大きな、見た目だけでは僕には種類の分からない銃。

 左手には小さな、西部劇でよく見るようなデザインのリボルバーが一丁握られていた。

 

 変身した僕を一瞥すると、しかし男は右手の銃口をおじさんとかなえの方へ向けた。


「な……! ≪韋駄天脚アクセル・コード≫!」


 僕は爆発的な跳躍で男に跳びかかり、ギリギリで射線を逸らした。

 銃声が廃墟に鳴り響く。

 見ると、かなえのすぐ脇の壁が穴だらけになっている。

 右手の銃は散弾、ショットガンか!


「かなえ!」

「変身!≪契約者アルカニック・ナイト女帝エンプレス≫!」


 変身するかなえに、今度は左のリボルバーを向ける≪悪魔≫。


「≪炎熱剣ソード・コード≫!」

「≪世界樹の枝ブランチ・コード≫!」


 僕は炎を纏った直剣を一振りし、≪悪魔≫へ牽制の一撃を放った。

 かなえは自分とおじさんを包むように大樹の幹を生み出し、防御を行った。


 しかし、悪魔は炎にまったく怯まず、大樹の中心めがけて発砲した。

 轟音。分厚い木の盾が吹き飛ぶ。


 大樹を貫通する際に、なんとか銃弾の軌道はかなえたちから逸れたようだ。しかし、吹き飛んだ大樹の破片がかなえたちを襲う。


「だめ!」


 かなえが、生身のおじさんを庇って大量の破片を身体で受ける。

 その衝撃で廃墟の壁に叩きつけられ、かなえは倒れて動かなくなった。


「かなえ……!」


 黒い粒子は出ていない。気を失っているだけ、だと思うしかない!


 凄まじい威力の銃弾。

 はじめ、僕たちのいた部屋の壁を吹き飛ばしたのはあの小さなリボルバーか。


「おじさん! 変身して!」

「は、はえ!? む、無理……! だだだだだって!」


 く……。説得している余裕なんてない。


「じゃあかなえを守っててください!」


 僕はそう告げると、≪韋駄天脚≫の勢いで≪悪魔≫に飛びつく。

 廃墟の窓を破壊し、僕と≪悪魔≫は落下する。掴んだ腰を放すまいと、僕はきつく男に抱きつく。


 ここは地上5階。

 このまま≪悪魔≫を下にして落下すれば、それだけでかなえたちからかなり距離を開けることができるはず。


 そのはずだった。


「≪漆黒の天翼ウィング・コード≫」


 いつまでたっても、地面には落下しなかったのだ。

 それどころか感じたのは、妙な浮遊感だった。


 これは、飛んでいる――!?


「邪魔だ」


 スキルによって生えた翼で≪悪魔≫が羽ばたく。

 次の瞬間、凄まじい加速による重力が僕を襲った。


 なんてスピードだ……!


 そのまま僕は振り落とされ、さっきまでいた廃墟に叩きつけられた。

 僕が倒れ込んだ先には、逃げようとかなえを引きずっていたおじさんの姿があった。


 叩きつけられた僕を見て、尻もちをつくおじさん。

 恐怖に震えた目で、こちらを見ている。


「き、きみ……大丈夫、か……? す、すまない、ぼくが闘ってやれれば……」


「お前から退場してもらう」


 僕に向けて、浮遊している≪悪魔≫が銃を構える。


「そこのお前も見ておけ。そして、抵抗は無駄だと理解しろ」


 おじさんへ≪悪魔≫が言う。


「ぼ、ぼくは……」


「さらばだ、≪太陽≫の契約者」


 僕の頭をめがけて、リボルバーのトリガーが絞られる。


 銃声と衝撃。

 頭に命中した大口径の銃弾による衝撃で、僕は身体ごと転がる。


 頭部の装甲が半分吹き飛び、顔が露出する。

 マスクを隔てていないはずなのに、視界が歪む。

 装甲を弾き飛ばされたときの衝撃で、頭部から黒い粒子が流れている。


「ほう、頑丈だな。だが、これで――」


 そう言って、≪悪魔≫は僕の生身の頭に銃口を向けた。

 しかし、それを妨げる声があがった。


「や、やめろ……」


 怯えをまとった震える声だ。


「おじ、さん……」

「ふむ」


 僕と≪悪魔≫の視線の先には、左手のリングを頭上に掲げる、おじさんの姿があった。


「へ、へぇぇんしん! 」


 淡い灰色の光に包まれるおじさん。

 光が弾け、その内から現れたのは、天使の意匠を施されたような灰色のスーツ。

 薄い装甲、翼のような背中の飾り、腰や肩には布が施されている。


 ただし、体形までは変わらないようで、腹が少し、出ているようだった。


「≪契約者アルカニック・ナイト節制テンパランス≫……!」

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