11話・ J・P・Dと思い悩む高校生
『……ねぇ』
見覚えのある不思議な世界に、聞き覚えのある特徴的な声。
声の主を確認する前に苛立ちが先に来てしまいそうなくらい、結にとっては不愉快な存在だった。
「またお前か。
新型のエビルを倒しにいくんだ、邪魔するな」
「それは、無理よ」
結は目の前に立つ名無し《ネームレス》に触れることが出来ず、触ろうとしてもすり抜けてしまう。
どんな仕組みかは分からないにせよ、嫌いな人間と強制的に同じ空間に閉じ込められるだけで不快感は増大すると実感した。
「……は?
こんなところで話していたら死人が出る、それくらいは分かるだろ?」
「ええ、そうでしょうね」
素っ気なく、人命なんてどうでも良いと言わんばかりの態度。
さやかのように多彩な表情を見せることはなく、常に無表情のままで佇む名無しは結が口を閉ざすと同時に口を開く。
「貴女は、囚われようとしてる。
誰しもが持つ、浅はかで愚かなものに」
「何がだよ……!?」
結が叫ぶも視界は暗転し、底のない穴に落ちていく。
──悔しくも、抗えない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「──結、結……!」
「ん……?」
さっきまでエレベーターに居た筈の結が気付いた時には何故か助手席に座り、見たことのない車を運転する真哉の姿があった。
「──なぁ、真哉」
「無免じゃねぇからな?
実は、軍犬の特権で春休み中に取得したんだ」
ジト目で見つめられているような気がして、真哉は運転しながらポケットに入れておいた免許証を結に投げ渡す。
「だから忙しい、って言ってたのか……」
納得しながら結は受け取った免許証を確認し、条件の部分に特殊型私設道路運転可と印字されていることに気づく。
「真哉、特殊型私設道路ってのは?」
「後で説明してやるよ。
それよりも、足はやっぱりあった方が楽だな」
説明したそうにそわそわしていた真哉は深呼吸して自分を落ち着かせ、運転に集中する。
よっぽど語りたいのだろう、渋滞に嵌っても笑顔のままアクセルを踏んでゆっくりと前の車についていくぐらいに心に余裕があった。
「確かに。
石動病院なら車で10分……いや、渋滞があるからもっとかかるか」
結はホームページの情報ではなく、この近くにある店からタクシーを使った時の時間を真哉に伝える。
とはいえ、渋滞に嵌ってしまえばこの情報もあまり意味を持たなかった。
「……と、思うじゃん?」
だが、真哉は笑顔のままエンジンキーの下にある指輪が嵌りそうな形の穴に指輪を嵌め、エンジンをかけるように回す。
その瞬間、車は渋滞した道路から見知らぬ高速道路に転移し、真哉は何も書かれていないアスファルトの上を150kで走行し始めた。
『ホームネットワークに接続完了。
J・ P・D、展開開始します』
「これは……!?」
「JHMS私設道路、通称J・P・D。
ここには制限速度が存在せず、対向車どころか法律の適用外ってとこだ」
160、170、180、190……無言で蒼白になっていく結とは対照的に、真哉は躊躇わずにアクセルを踏み続ける。
カーブ等がないとはいえ、少しでもハンドル操作を誤れば即死もあり得るスピード。
車と酒は人の本性を暴くというが、結は真哉の運転でそれを身を以て実感することになるとは思わなかった。
「おい、どこに行くつもりで……!?」
「石動病院だよ、新型が居るんだろ!」
結の怒鳴り声に応えるように真哉はアクセルを思いっきり踏み、速度は最高速の300kに到達する。
にも関わらず、本来なら感じる筈のGはなく、真哉の操るメルセデスは出口と思わしき光へ突き進んでいく。
「そうだけど、どこに繋がって──」
「まぁ、見てろって!」
結の疑問をまともに取り合わず、真哉はそのまま光の中に突入。
車体が光に包まれる中、フロントガラスから見えた景色は石動病院の駐車場だった。
「嘘、だろ……」
結は驚きながらも停車した車から降り、避難中の人々とエビルのものと思わしき破壊の爪痕以外は間違いなく石動病院だと確信する。
「しかも、渋滞した場所から僅か1分しか経ってないんだぜ?」
「……」
真哉の言葉に嘘はなく、時計を確認しても本当に1分しか経っていない。
黄系統の指輪は補助系というが、結はこういった使い方ができるとは思わなかった。
「気持ちは分かる。
俺が結の立場なら、とっくに理解を放棄してるところさ」
真哉は車から降りると結の背中を押し、自分は車のドアにもたれかかる。
そして、ポケットからスマホを取り出してFPSゲームをし始めた。
「あれ、真哉は行かないのか?」
「俺はあくまでも足だからな。
それに、結が病院内で全力でやり合うと何も出来ない俺が巻き込まれて死ぬ」
ゲームに熱中しているのか、結には目もくれずに真哉は答える。
エビルが病院を襲っているというのに、結からは随分と余裕に見えた。
「あー、確かに」
「とっとと行ってこいよ。
帰りにどっか飯食いたいからさ」
「……了解」
全くやる気のない真哉を見た結が不貞腐れたまま病院に向かっていく姿を見送り、合わせたように後方に複数の車両が停車する音が真哉の耳に届く。
「さて、お嬢さんは居ないようだからね。
取引といこうじゃないか」
「ああ、有意義な時間にしようぜ」
黒ずくめの男達の壁がモーセのように自然と道が開けられ、現れたホスト然とした男。
男の左手には桃華の研究所にあったものと同じジェラルミンケースを持ち、真哉に右手を差し出して、
「宜しい。
君は今、救世主への道を歩むことが許された。
持っていきたまえ」
「そりゃどうも」
真哉がジェラルミンケースを受け取ると男達は次々に車に乗って退散していく。
名前は知らず、住所も顔等も不明で電話番号すら飛ばしのものを使った男からの唐突な一本の電話。
普段ならイタズラ電話として切り捨てる真哉だったが、あまりにも内部情報について詳し過ぎたことで桃華から調べるように頼まれていた。
「さて、どうしますかね」
中身を確認し、目を閉じて深呼吸。
真哉はジェラルミンケースを車の後方座席に置き、アクセルを踏んで車を走らせた。
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