第54話 プレゼン。

 僕はもともとログハウスのバックヤードに置いてあったホワイトボードを取り出す。一旦インベントリで収納していただけだから、置くだけだ。イレーザーやマーカーペンも用意する。そして『第2回 傾向と対策会議』と書いた。もちろん第1回は僕がメモを前に一人で開催したやつだ。会議じゃないけど。まあ今回はこれは単なるツール。


 もうエレナさんには隠し事なしに対応していこうと思う。信頼には信頼で応えるしかないんじゃないの?尽くしてもらうとかはいらない。たまに被写体になってくれれば・・・。


「エレナさん、この白い板に僕が書いたもの、見えます?」


「はい。見えます。なんて書いているかはわかりません。」


 そりゃ読めるはずない。日本語だもん。そしてエレナさんに彼女がホワイトボードの文字が読めるイメージで<リーディング>をかける。


「エレナさん、今は読めますか?」


「あ、読めま・・・す?」


 まあ読めても、語彙がないと分かり難いかもしれないな。カタカナでエレナと書いてあげると、「あ!私の名前。」と、喜んでいたが、その字はイレーザーで容赦なくサクッと消す。ものすごく耳がシュンとしてる。かわいい。


「周りの出来事の流れ、そしてその流れにどう対応するか、というための会議です。まずは現状の把握についてです。」


 コクコクと頷くエレナさん。まずは『のんびり自由に暮らしたい』と書く。エレナさんに、ジト目でみられるけど、スルー。これが最終目標だね。


「この最終目標を達成するためには、次の事柄を把握する必要があると思っています。」


『アタール』『ファガ王国』『ジニム辺境伯領』『魔物』を並べて書き、その下に問題点を書いていく手法。今回はまだ空白。


「書き方としては、この下のそれぞれに、現状で僕の目標達成の障害になる事項を書いていきます。」


 再びコクコクと頷くエレナさん。もう脳内ではエレナと呼び捨てでいいや。今の問題は、名前が知れ渡っていることだから、それをアタールの欄に赤字で書き入れる。『famous』と、英単語で書いてみて、エレナの方を窺ってみたら、意味はわかっているみたいだね。<リーディング>優秀。


「問題点はこうして考えながら書き出します。ひとつとは限りません。次は、その原因。例えば・・・。」


『famous』から線を引いて青い字で『サシャさんの手紙?』と記入。


「おそらくこれが原因だと思います。この場合は、排除できませんから諦めますが、排除できる場合は、直接排除、それができない場合は・・・」


『国王』『アート』と書いて、星印を付ける。


「その手紙の送り先を、味方につけるしかありません。いわゆる、キーマンとなります。」


『国王』『アート』をそれぞれ丸で囲む。


「でも、もうさらに拡散していると思いますので、この事項はペンディングです。流れに身を任せるとも言います。でもこのまま例として書いていきますね。」


『信頼関係』『ギブアンドテイク』『懐柔』『賄賂』『脅迫』『人質』『殺害』と並べて書く。


「排除方法を左から好ましい順に書いてみました。それぞれ口止めの方法というか、過激なものもありますけど、あくまで例ですからね。こういう方法があるよ、ってだけです。」


 新たに『魔物』と書きその下に、『発生』と書き、その下に『狩り=殺害』と書く。


「魔物だとこんな感じです。発生原因がわからないので、その項目は無いですけどね。キーマンも魔物そのものになってしまいますし。そしてその手段が可能、不可能によって、また対処は変わります。」


 もし誰かが、魔物を捕獲してそのあたりに放したりした場合は、また別だけど、今回は単純化して説明している。魔物の欄の『狩り=殺害』からハの字に線を二本引きそれぞれ『可』『不可』と書き入れる。そして不可の下に、『逃亡』と書く。


「こんな感じで、僕の目標のために、いろいろな項目をあげて、考えていかないといけません。でもね・・・」


 先ほど書いたホワイトボードの字を全て消して、『アタール』と『エレナ』を並べて書く。エレナは再び書かれた自分の名前を見て、耳がぴょこぴょこと動いている。また喜んでいるようだ。


「今のは僕の目標。エレナさんはエレナさんの目標を見つけないといけないと思うんです。でも、見つけた目標によって、先ほどの項目も対処も全部変わります。そうすると、生きる方向性が変わったり、同じ時間を過ごすことは稀になります。」


 あ、また耳がシュンとした。僕は『アタール』と『エレナ』の間に、イコールを書き入れた。


「今ふたりの名前を並べて書いたでしょ。これは、ふたりは対等だということです。エレナさんを助けたのは偶然。もしもあれがエレナさんでなくても、僕は助けていました。目の前で敵でもない人が死ぬのを見たくないですからね。だから僕のしたことが、エレナさんにとって例え神様?を超えるような奇跡だったとしても、何も恩に感じることは無くて・・・。」


 ふたりの名前を大きな丸で囲んで、『友達?』と書く。クエスチョンマークは、その、友達というのを・・・持ったことがないので、僕の個人的概念として表している。


「僕の認識だと、さっき書いていた、原因とか目的とか対処とかそういうものも何もかも関係なくて、ただそこに居るだけでいい存在。それが友達だと思っています。そしてその人が目標を持っていれば、応援して、自分に関係なくても助けたいと思います。知り合って、少ししかまだお互いのことを知りあえてはいないと思うけれど、僕にとってのエレナさんは、そんな・・・感じかな?」


「それは、集落のみんなみたいな感じなのですか?」


 エレナが問うけど、いや僕、集落のみんなを知らないし。でも、フレキシブルな相互依存という感じなら、そうかもしれない。


「わたしは家族みたいなほうがいいなぁ。」


 うっ、家族って、うちの両親とか姉?まあ、いい距離感はある・・・よね。利害関係なしに僕を遠くから、本当に遠くから見守ってはくれてはいた。干渉も全くといって良いほどしなかったし、ありがたかった。誕生日にもちゃんとスマホで「おめでとー家族一同」って、母からお祝いのメッセンジャーもくれたし。姉は、僕が稼いでるのを知ってはいるから、たまに通販のA5の和牛とかせびってくるし・・・まあ、年に数回だし、金額も気を遣ってかそんなに高いと思わない価格のセール品狙ってるみたいだけど・・・正にフレキシブルな相互依存?あれ?相互依存じゃない気がするけど・・・。


「アタールさん、聞いてます?」


「はい、聞いてませんでした。」


 今回は正直に話す会なので、正直に答えた。気が付くと、ホワイトボードにいつの間にか、『和牛』とか『A5』とか『12000円』とか書いてたよ・・・。


「そんな風だから、サシャさんの手紙で、注意力散漫って書かれちゃうんですよ。もう。」


 メッチャ怒られているし。まあ、友達だからいいかな。こういうじゃれ合いも友達ならではだしね。というかサシャさんの手紙がもうネタになってるし。


「わたしは、アタールさんと一緒に居るのが目標ですよ。そして、友達だから、応援して助けてくれますよね?あ、反対するなら排除方法考えないといけません。アタールさん、一緒に考えてください。」


 え?放逐する気はもともとないけど、友達ってそういうものだっけ?それに排除ってどれで?信頼関係、ギブアンドテイク、懐柔、賄賂、脅迫、人質、殺害のどれ?


「あの、僕はこの世界の人じゃないから、向こう側で暮らす決断するかもしれないよ?」


「わたしも行けるじゃないですか。魔法で『応援して助けて』くれたら行けますよね。先日も行きましたし。」


「・・・・・・。」


「はい。行けます。」


 対人スキルが異常に低い僕の付け焼刃のプレゼンにより、最初に難しい話で煙に巻いたうえで、いい距離感を保ちながら、いろいろ正直に話し合う計画は言質を取られたうえで頓挫したようだ。もっとビジネスライクに接してくれれば・・・他のお姉さんたちとの気軽に仲よくなれる・・・かも知れない・・・そりゃ、自分から声かけたことないし、よほどのシチュエーションがなければ声をかけることができる自信もないけども。ふと振り返ると、ホワイトボードに薄く『のんびり自由に暮らしたい』の文字が掠れながらも残っていた・・・『和牛』とか『A5』とか『12000円』も。


 こうして、領主様からの各ギルドに配置された諜報員に続き、新たな監視が誕生した?・・・けど、まだ謁見と談話室での話やサルハの街での生活について話し合う必要があるんだよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る