第21話 タダでは起きない。性格変わってきたかも。

 視界にはゴミの山、周りは小汚い小屋が並んでいる。うん、ここはまさしくスラム地区というやつだろう。しかし目立つ要素を排除しているつもりが、いきなり目立ってしまった。


 小屋を出る前に考えた策は、一応仕返しとして、先ほどの不良どもを数発殴った後、速攻で目のつかないところに隠れて透明化と転移で逃げるというものだったけれど、周りに先ほどの不良どもはいない。もしかして、服取られて、縛られて単に放置されただけ?


 今はパニックもガクブルもない。いうなれば、武闘系の映画を見た後と同じような感じだろうか。なんだか自分が強くなった気がしている。なので冷静に辺りを見回してみるけれども、やはり、無気力だけどギラついた目つきという感じの輩はいない。


 どちらかというと、無気力かつ怯えている目つきの方々ばかりだ。ほぼ僕の想像できる範囲のスラム住人という感じ。


 強くなった気がしているついでに、周りに問いかけてみる。


「あの、僕をここに連れてきた連中、知りませんか?」


 皆さん僕から一定の距離をとるとともに、お互い顔を見合わせているのだけれど、一向にこちらの問いに答えようとする人はいない。連れてこられるときに、たとえば袋づめされていたら分からないか。なので問いを変えてみる。


「後ろの小屋、どなたの小屋か知りませんか?」


 と、おずおずとひとりの少年が一歩前に出て答えてくれた。


「あ、あの、その小屋なら、イワン兄ちゃんたちが使ってる小屋だよ。」


 僕を攫った一味のひとりは、イワンっていうのか。しかしなぜ攫ったのだろう。衣服をはぎ取るだけなら気絶しているのだから事件現場で済ませればいい。こうやって、素性を知られれば、あとで役人に通報されるかもしれないし、なんだかトラブルを引き寄せているとしか思えない。


 そのイワン一味の行動はあまりにも不可解だ。気絶したのを気遣ってなら、手足縛ったり猿轡することもないし。本当に不可解。


「教えてくれてありがとう。」


 そう言いながら、インベントリ経由でポケットから大銅貨を取り出し、情報をくれた子供を手招きする。情報料だ。すると、次々に子供たちが僕の周りに集まりだしイワン一味の情報を僕にリークしだした。後ろの方の子供なんか、親らしき大人に背を押されている。情報ひとつにつき大銅貨1枚は美味しいのだろうか。


「イワン兄ちゃんは、職人区のゴミを運ぶ仕事をしているよ。」


「イワン兄ちゃんは、いつもローマン兄ちゃんと一緒にいるよ。」


「イワン兄ちゃんは、たまに新しい服とか、食べ物くれるよ。」


「イワン兄ちゃんは」・・・・etc…


 イワン、なにげにいい奴じゃないか・・・。子供たちはいつのまにか、きちんと列をなして順番に情報を教えてくれる。


「この小屋から、イワン兄ちゃんの友達以外が出てきたの、初めて見たよ。」


「お兄ちゃんは、イワン兄ちゃんの友達か?」


「お兄ちゃんはどっから来たの?」


 最後の方は情報じゃなくて、僕への質問も混じっているけど、大銅貨1枚均一で渡していくと、最後に並んでいたのはオッサンだった。


「なんで、イワンのことを聞いておるんじゃ?場合によっては、こちらも考えがある。」


 とのことなので、気絶する前後の一部始終をお伝えする。ケガについては、濁しておく。きちんと並んでいたし害意はなさそうなので、真摯に対応することにした。


「はぁ、たまに羽振りがいいから、何か悪いことやっとるとは思っとったが、強盗とはな。成人したというのに、ガキのままじゃな。兄ちゃん、悪かった。ワシが代わりに謝るのも変じゃが、取られたものがあれば、あとで返すように言っておくし、街の大人からも言い聞かせるから、ケガもないようだし今回は穏便に済ましてはくれんじゃろうか。イワンも16歳になって成人したというのに、ガキのまんまだから・・・。」


 いや、思いっきりケガさせられたんだけど。今は痕跡もないけどね。っていうか16歳かよ、同じ年か少し年下くらいだと思ってたよ。僕を囲んいでた奴らはみんなガタイ良くて、大人びてたと思うんだけどなぁ。


「兄ちゃんではなく、アタールと申します。駆け出し商人ですが、この街に来たばかりで、朝の散歩でここいらに迷い込んだんですよ。で、先ほどのように誘拐されたわけです。」


「うむ、アタール君、本当に悪かった。ワシはこのスラム地区でまとめ役をしておるマキシムじゃ。イワンもそんなに悪い奴じゃないんじゃ、このスラムでは子供の頃はスラムに近い街の端で、まあ良いことではないんじゃが、万引きしたり喧嘩で街の子供から小銭を奪ったりしておったんで、その延長というかの・・・・。しかし成人ともなれば、子供と違って役人も黙っておらん。頼むから、今回のことは通報しないでくれ。もし通報するとか、人手を集めて仕返しするというならば、悪いがここから帰すわけにはいかんでな。」


 さりげに脅迫されているよね。


「わかりました。通報も仕返しもしないと誓います。しかしこちらも条件を付けさせてもらってもいいでしょうか?」


「なんじゃ?取ったものを返せる保障はまだないぞ。それに賠償金や慰謝料も無理だ。いいとこ、取ったものを売った金くらいじゃろうな。悪いとは思うが。」


 まあ、スラムの住人ならそんなものだろう。しかし僕の条件はそういうものではない。マキシムさんに小声で条件を伝える。


「いや、僕が欲しいのは、情報ですよ。先ほどイワン君のことを教えてもらうときにお金を支払ったように、僕が欲しい情報を教えてください。または、集めてほしいんですよ。そして、僕はその情報に対価を支払います。場合によっては金貨でも。」


「金貨!とはいってものう、スラムの人間はほとんど字の読み書きもできん、計算もできん。こんな者たちに、なにか頼むのも一苦労だとおもうんじゃがの。」


「問題ないです。できればスラム全体でこの条件をのんでいただければ、悪いようにはしません、というか、商人としてこのスラムが少しでもよくなるように、協力もさせていただきます。」


 交渉は成立したと思われるので


「これは手付金というよりも、今後誰かが街に出るときの服などを買うための準備金です。足りなければまたお渡しします」


 と、銀貨を100枚取り出し手渡した。マキシムさんは、わかりやすいくらいに固まっていたけれど、スラム以外にこのことが伝わらないように箝口令を敷くことも含めて、合意してくれた。その手法についてはまだ知らない。


「最後に、一応イワン君たちには、今度僕がここに訪れたときにきちんと謝罪してもらいますからね。そこはお願いします。」


 とお伝えして、足早にスラム地区を後にする。


 マキシムさん教えてもらった、ダフネさんのお店までの道をのんびり歩いていく。時間を見るともうすぐお昼。けっこう長い時間気絶していたようだ。しかしいまは快調。むしろ魔法のおかげで、かなり体が軽いくらいだ。


 都度の調整にはまだ気を遣うが、まあこのあたりは慣れだろう。誘拐事件はイレギュラーではあったが、新たな魔法も作ったしメモに追加しておこう。もともと予定はお昼からだから、なんの予定も狂っていない。と思う。


 ちょうどお昼時にダフネさんのお店に到着したので、店に顔を出して本日の予定を聞いてみると、店番以外には特に何もないというので、いくつか街のことを教えてほしいと頼むと、快諾してくれた。店内に商談のためのスペースがあるというので、そこでお茶でも飲みながらということになった。

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