第9話 商人さんと知り合う。
昨日、バイクとともに転移してきた場所に車ごと再転移する。
エンジンをかけて、作動に問題がないことを確認。後部荷台に移動し、各種検査機器を準備した。念のために旅人の服にも着替える。マントは助手席置き、検査機器を作動させてみると、気圧や気温は地球とほぼ同じ。湿度は季節的なものなのか少し日本より低いくらい。放射線は、日常被曝レベルだ。空気と水はについては、サンプル採取用容器をネットで送っていただけるようお願いしておいたので、後日行う。
そういえば、この世界というか星の形状も気になる。まだこの世界の夜も体験していないので、数泊してみようと思う。
検査結果から、今のところは、異世界の環境と地球の環境は同じではないかと推察してみる。計測器のログは保存して、東に向かって車を走らせる。
さすが車。未舗装の道というか、道なき道を走る安定感が段違いだし、思ったより静かだ。スピードも平均して時速50キロ程度は出ているから、かなり速い。たまに80キロほど出してみるが、さすがに振動がひどい。現在東に向かっている街道のような道は、左側の見える魔の山というか山脈の麓からおそらく南に20キロ程度の平原を通っている。多少地形のアップダウンはあるけれど、ほぼ平地。
30分のほど走ると、向かっている先で何か動いているものを発見したので、岩陰に車を止めて旅人装備だけ身につけ車外に出て車を収納し岩の上から観察する。そして岩から降り、車を収納して徒歩に切り替える。もし動いているのは人ならば、流石にいきなりでかい車が存在するのは、この世界では、違和感ありすぎだろうと、異世界に気を遣ってみた。
10分ほど徒歩で東に向かう。先ほど米粒程度に見えていたのは、人のようだ。人と幌馬車。どうやら僕と同じように東に向かっているようだ。なぜわかるかというと、馬車の向きが、東を向いているからである。しかし何やらトラブルのようだ。
「おはようございます。どうしました?」
僕が、あきらめ顔で二頭引きの幌馬車の車輪を見つめている男性に声をかけると
「車軸が壊れてしまって、これ以上走らせると、車輪が外れてしまいそうなんだよ。野営して調べたときには、まだいけると思ったんだけどね?」
特に僕のことを怪しむような様子もなく、振り向きながら、世間話のような口調で男性は答えてくれた。その会話に気づいたのか、馬にブラシをかけていた女性と、少年と少女も近づいてきた。
「私は、ここから馬車で2日ほど行ったところの【サルハ】という街の商人なんだけど、買い付けと販売を兼ねて、ここいらの村々を巡って商いをしているんですよ。それが野営を明けて走り出して数時間走らせたらこの有様です。さて、どうしたものか。ひとり馬に跨って、近く村まで行って、修理できる職人を呼んでくるかと、考えていたところです。それで半日つぶれますけどねぇ。昨日変な乗りものに追い抜かれてから、調子狂っているというか、調子が悪いです・・・。」
変な乗り物というのは、おそらく僕とバイクのことだろうが、そこはスルーする。車輪の替えは、万が一の時のために、馬車に積んでいるが、さすがに車軸はどうしようもないとのこと。サルハというのはジニム辺境伯領の、比較的大きな街らしい。
僕が若干目をそらしているせいもあり、会話が続かないので、しゃがんで馬車の下を覗いてみると、確かに後輪の木の車軸は折れ切ってはいないが、ねじれるように折れまがり、車輪はハの字のようになっている。完全に壊れるのも、時間の問題のようだ。
そして近くの村は馬で往復半日。ということは、だいたい40キロくらいだろう。女性と少年少女は、心配そうにその男性と馬車を見ている。確かに女子供だから、半日をここに置いていかれるのも心配であろう。
「こっちは妻のマーシャ、この二人は、息子のマーキスと娘のマリアです。そして私はダフネと申します。」
とても人の良さそうな一家で、にこやかに会釈してくれた。このあたりの対応は向こう側の世界とあまり変わらなさそうで、一安心しながら、僕も自己紹介。
「僕はアタールと申します。他の大陸から来た旅人です。」
他の大陸から来たというのがミソで、この国では、全くいないわけでも無いけれど、とても珍しい存在だそうだから、僕は世間知らずでも全く問題ないし、例えば目の前でこの大陸の方々が知らない魔法を使っても、問題が起きないだろうという脳内設定だ。
要するに、中世ヨーロッパを訪れた日本人のような感じ。こんなぼくでも、一応はいろいろ考えているのである。まあ、地球の中世の場合は、相手によってはサクッと殺される可能性もあるけれど。
「ほう。他の大陸ですか。話には聞いたことがありますが。はじめてお会いします。」
実際には僕なんか、この大陸の事もあちらの大陸の事も知らないけどね。ここは、コミュニケーションを図るために、いろいろ会話をするべきだと思うが、なかなか話は浮かばない。
サシャさんは一方的にいろいろ話してくれたから、楽だったのだけれど、ダフネさんは、商人のなのに会話が下手だなぁ。と、自分の事を棚に上げて思ってみる。考えてみると、僕も会社社長だから、広義では商人なのだれど。
「あの、たぶんそれ、僕の魔法で直せますよ。試してみましょうか?」
相変わらず馬車を見つめて困った顔をしているダフネさんに声をかける。彼は「そんな魔法聞いたことがない」と驚いた顔をしながらも、僕の他の大陸からの旅人という前振りも有り、興味深そうに申し出を受け入れた。一度トランスレーションを解除し、適当に声を発する。そして再びトランスレーションをかけ、
「リペア」
と声に出す。車軸と車輪、いわゆる足回りだけが直るイメージ。おそらく相手に聞こえた感じでは、
「%&##$”$”$$%(‘)(‘))”#$&”&#$” $&$%&##$”$%$&$%&##$”$”$$%(‘)(‘))”#$&”&#$” $&$%&## <リペア>。」
となっているはずである。難しい魔法な感じを出すために、詠唱時間を長めにしてみた。思惑通り、馬車の足回りは、ほぼ新品のようになった。ダフネさん一家の方をみてみると、みんな、ポカンと口を開いた状態で、馬車を見つめていた。今後、中古っぽく直すイメージも訓練せねばなるまい。
「「「「・・・・・・・」」」」
「いやぁ、すごい魔法があるもんだ。これは職人さんたちの商売あがったりだろうよ。」
「おっちゃん、すげえ」
「あら、まあ」
「すご~い」
それぞれに感想を口にするダフネさん一家。『いや、おっちゃんじゃねーよ。まだぎりぎり22歳だからね。というか、まだあと10年は、おにいさんだよ、おにいさん。』と、口には出さず、ダフネさんがこちらを見ているのを確認し、僕は『ふぅ』と、ため息をつきながら少し顔を歪め、凄い力を使ってひと仕事終えて疲れた感じの雰囲気を演出する。
ダフネさんは、数十メートル、円を描くように馬車を走らせ、走行確認し。御車台で、満足げに頷いていて、子供たちは馬車を走って追いかける、奥さんは子供たちに微笑みをむける。うん。良いことすると気分がいい。
こういう魔法の使い方は、異世界ならではではないだろうか。さすがにこれは、日本というか、自分の世界では人前ではできない。きっと、どこからか撮影されて、動画サイトに投稿され、変な注目を浴び、結果炎上することになるだろう。炎上しなくても、どこかに連れ去られて人体実験されて・・・と考えていると、
「同じ方向なら、乗っていくか?どこまで行く?」
と、誘ってくれたので、彼らの帰るサルハの街まで、同乗させていただくことにした。修理のお礼に代金をとの申し出は、丁寧に辞退させていただき、かわりに、この国や領地の話を聞かせてもらうことにする。街までは2日間、距離にして約200キロ。商品の販売と仕入れは既に終わり、復路であるそうなので、ひたすら進むだけのようだ。
道中、商人さんなら、国の事にも詳しいだろうし、あまり魔法が使えない人に、一般的な魔法について、聞いておこうと思う。結界守の村は、村人全員が魔法使いとか、ちょっと特殊過ぎたので、ここは普通を標榜する僕として、普通の感覚を養いたいのだ。
幌馬車は、二列席になっていて、御車台にダフネ夫妻、後部の座席にマーキス君とマリアちゃん、そして僕が座る。マーキス君とマリアちゃんは、二卵性の双子で、現在10歳とのこと。
子供たちの「魔法使いすげー」の言葉にお応えして、指に火をともしたり、木のコップに水を出したりの、まさしく本当の意味でのマジックを披露し、あんぐりと口を開ける可愛い子供たちとともに、馬車は進むのだった。
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