第7話 撤退支援 -Next Mission-
シンクロユニンゾンシステムには、片側の体が無防備になるという欠点がある。
故にパートナーは前線基地ではなく、後方の支援基地に待機するのだが。
つくづくそれが正しかったと思い知らされた。
夜明と共に目の前に広がるのは跡形もなく消し飛んだ基地、溶解した戦車の残骸、周囲はいくつかの有毒ガスが漂っている。
犠牲者は戦闘を含めれば122人、生存者は449人、幸いかどうかはわからないが魔法少女には死者も負傷者も出てない。
もしも僕の体をこちら側に置いていたならこの死者の中に一人加わっていただろう。
夜が明ける前に既に生存部隊は使用可能な砲台や設備などを牽引し、撤収作業を開始。
第一陣は第二防衛線に向けて出発している。
魔法少女システムが運用されてからここまでの規模の損害を受けたのはこの前線では初めて、それほどに敵の底知れなさに多くの者が恐怖した。
「大丈夫だよ、夜火、スバルちゃん。今の所敵は来てない。アレもね」
魔法少女の中でも比較的機動力の高い僕らは殿として、撤退部隊の最後尾を任されている。
戦う必要こそはないが、重要な役割だ。
ミヅキもまた、その索敵能力からこの任務に参加していた。
いつもの働きたがらない彼女とは大違いだが、アレを見せられてのんびりしている訳にもいかないのだろう。
「……とてつもない敵だった」
「そうだねぇ、この10年でも多分トップクラス……それこそ防衛システムを単体で崩壊させるレベルの特異個体だもの、今回は仕方ないよ」
僕らは負け続ける戦いには慣れている、ここ最近が魔法少女の登場で少し盛り返したとはいえ、不利なのは変わりない。
それよりも問題は何故、今回に限り、アレが直接手を出してきたかだ。
「どうして、今まで見ていただけだったアレが基地を攻撃したのでしょうか」
「……私としては単純に最初の擬態した特異個体の攻撃が失敗したから、その尻拭いだと思うな」
「二段作戦……という訳ですか」
敵も人類の様に戦術を理解し、対応してくる様になってそれなりに経つ、奴らの中でも強力な個体……それこそ切り札の様な者の姿を晒してでも勝ちたい戦いだったのだろうか。
「それにしてももう少し持てば、本土全部奪還できそうだったんだけどねぇ」
「生存圏奪還は、まだ遠い……ですね」
そう考えれば奴らにとっての生存域が奪われるから、今回アレが出張ってきたのかもしれない。
敵もまた「生きている」、生きていく為には資源が必要であり、根を下ろす土地が必要だ。
出来れば争わずに共存できる種であってくれればよかったが、人類とメデューサは相互理解できる種ではなかったし、おそらく互いの生態からきっと言葉は通じても共に生きるには難しいかもしれない。
「平和にも勝利にもまだ遠いな、スバル」
「……そうですね、ハフリ」
第二陣を見送り、別の前線からの情報ログを確認する。
どうやら、バロールは此処以外には現れていないし、特異個体による強襲もない、カナダと北欧がいつも通りの群との戦いぐらいか。
本部では僕らの戦闘で得られたバロールの情報から、再分類やデータベースの更新が行われている様だ。
「ハフリ、そろそろ貴方も休むべきではありませんか。ここの所ずっとリンクしたままで、あなたの体調が少し不安定化しているのを感じます」
「まだ休めないさ、スバルに引き金は引けない。ミヅキの負担にもなる」
「ミヅキさん、しばらくハフリを休ませますがお願いできますか」
「あーいいよいいよ、夜火は昔から無茶するからねぇ……」
……僕の意見は無視か、まったく成長したのか、慣れたのか。
スバルめ、リンクを拒否してきたか。
仕方ない、少し休むか。
目を閉じて意識を落とす。
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『全体、止まるな!止まれば多くの者が死ぬぞ!』
戦場と化した街を駆け、倒れたビルや壁を足場にしながら高所を取り、狙撃ポイントを確保する。
保護ケースからすぐさまライフルを取り出し、宙に浮かぶ小型種を撃ち落して味方を支援する。
しかし遅かったか、戦車が一台腐食光線で消滅した。
『ダメだ!こっちはみんなやられた!もう俺達だけだ!』
『援軍は来ない!俺達がやるしかない!』
『いっそ核で俺達ごとふっ飛ばしてくれ!同化されたくない!』
爆発と銃声、砲撃と轟音、そして悲鳴と絶叫。
阿鼻叫喚、地獄絵図、通信機から聞こえてくる声も、視界に映る景色もどっちにしろ地獄だ。
少しばかり敵の視線を引き付けすぎたのかこちらに向けて腐食光線が放たれる、即座にビルから飛び降り、浮遊術式で減速しながら狙撃。
グレネードを投げ、壁を蹴り、瓦礫を壁にして視線を切り、当たらない事を祈りながら距離を取る。
そして新しい狙撃ポイントを探す、その繰り返し。
こちらの戦力は減る一方、通信の通り援軍は来ない。
僕らに出来るのは死ぬまで戦い続ける事、一体でも多くの敵を倒し、撤退部隊を支援する事。
気がつけばもう、通信機からは声が聞こえない。
全員死んだか、あるいは同化されたか。
生き残っているのはもう僕一人。
前にも同じ様な事があった、その時は調査部隊に居たが、同じ様に僕以外全員戦死。
スナイパーは真っ先に死ぬか、最後まで生き残るかのどちらか、戦場のジンクスとでもいうのか。
残弾は尽きたが、生憎僕はスナイパーでもあるが、魔術師でもある。
まだ術式を使うだけの意識と命は残っている。
魔術補助の為のエネルギーパックを接続し、自爆用の術式を起動、詠唱を開始する。
一体でも多くの敵を道連れとする為にビルから敵の群へと身を投げる。
「おっと、危ないぞ。少年」
「翼も無しに飛びたがるなんて、随分とハリキリボーイね」
「あら、カミカゼボーイだったわね」
地面に激突する前に爆発するはずだった僕は何故か生きていた。
エネルギーパックを切り離され、少女に抱き上げられ、浮かんでいた。
そうだ、これは夢だ。
三年前……初めて魔法少女と出会った時の「記憶」だ。
「よくがんばったな、少年」
同い年だというのにいつまで経っても、僕を子供扱いするあの人と出会った、あの日の事だ。
「エレナ、その子を安全そうな所に降ろしたら直ぐに援護してね!」
「わかっている、ほら。君も男ならいつまでもボケっとしてないで所属ぐらい名乗りな」
「……E.L.F日本支部……特殊魔術歩兵「候補」、夜火祝です……!」
「そうか、君は運がいい。私達も今回が初の実戦だ、歴史に立ち会えた幸運と生き残った悪運に感謝するといい」
日本での魔法少女の初戦闘、そこに居合わせた事が、僕の運命を決めたのだろう。
僕が生きて、今日に戦っているのは、彼女が居たからだ。
エレナ・ヴェール
金色の髪に、赤い目、スタンダードタイプの衣装を着た、E.L.Fハワイ基地所属の魔法少女であり、最初の30基のエンジェルモデルの資格者として選ばれた者の一人。
大人びているが僕と同い年、12歳で初の実戦を経験、現在では「戦乙女」という異名で呼ばれるE.L.Fの中でもトップクラスの実力者だ。
彼女がいたから、僕はここにいる。
夢から目を覚まし、僕は再び戦場へ向かう為の意志を固めた。
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