メイドの細川さん2

 ピーン、ポーン。


 扉の奥で音がなってからしばらくして扉が開く。


「お帰りナサイ。早かったデスね」

「今日はトラブルもなかったしな」


 短い会話の後で家に入る。

 お帰りなさいとは言われているが、俺はここに住んでいるわけじゃない。

 ここは親父の家で、言わば実家のようなものだ。


「親父は?」

「研究室デスね」

「こんな朝から? 珍しいな」

「イエ、昨晩からズットです」


 マジかと心の中で呟く。

 どうにも、寝ずに作業するという心境がわからない。話を聞く限りでは、親父はよく徹夜で作業しているようだ。


 外からは二階建ての普通の家に見えるが、この家には地下室がある。それが親父の研究室だ。

 地下になってるのは、失敗作が暴れ出した時の用心だと聞いたことがある。

 親父が失敗作を作ったなんて話は聞いたこともないが。この家に暮らしていないから、知らないだけかもしれない。


「新シイ機能を試すト言ってマシタよ」


 マジか。

 別に新しい機能を入れなくてもいいだろうに。いままでと同じ機能だけにして、少しでも寝ればいい。


「どんな妹ガ出来るカ楽しみデスね」

「妹? 姉さんみたいなメイドを作ってるのか?」

「イエ、ガーゴイル型ダそうデス」


 マジか。

 ガーゴイル型に男も女もないぞ。

 それともガーゴイルに性別をつけるのが新しい機能か。


「あなたモ兄トシテいろいろ教えてアゲテ下さい」


 マジか。

 同じガーゴイル型なら、まあ、教えることがないわけじゃないが。

 いや、俺も性別とかないんだが。戸籍にも『性別なし』で登録されているはずだ。

 姉さん。親父が初めて作成したオートマタは、なぜか俺のことを弟と呼び、なぜか自分のことを姉と呼ばせる。


「メンテナンスは、午後ノ予定だったデしょう? 何カありましたか?」

「いや、別に。ここで寝てようかと思って」


 自宅に帰って寝てもいいが、親父の家は職場のほうが近い。

 かといって職場で寝ていて仕事を回されたら厄介だ。

 道端で寝てたら間違いなく衛視に怒られる。

 結論として、親父の家で寝てるのが一番だ。


 ガーゴイル型は、なぜか燃費がいいと思われがちだ。実際には燃費はすこぶる悪い。

 燃費は寝ている間は抑えられるし、寝ていても周囲を知覚することは出来る。

 だからガーゴイル型は警備の仕事をしていることが多い。

 一日の大半を寝て過ごせる仕事なら、燃費の悪さが抑えられるからだ。


 そして仕事がない間も寝て過ごすことが多い。

 起きてるだけで魔力を食うんじゃ、食事代が酷いことになる。

 一日中起きて活動するなんて、よっぽどの金持ちにしか出来ないし、そんな金を掛けてまで動きたいというガーゴイルには会ったこともない。


 俺もそうだ。

 警備の仕事をしている。

 担当は夜間で、職員が全員帰った後の仕事だから、誰とも会わずに寝ているだけで済むのがいい。これで昼間担当だったら、何度も起こされて来客の案内をしなければいけなくなる。

 何度かトラブルがあって、朝になっても帰れずに調査に付き合わされた時は辛かった。その月の食費が3倍くらいになったからな。


「そうですカ。ナラお父様ニハそろそろ寝テ頂いテ、起キテからメンテナンスにしましょう」


 特に用事がないと分かった姉さんが、地下へ向かう。

 その足音を聞きながら、寝る場所を見繕う。


「ここでいいか」


 玄関の脇、花瓶の飾られたサイドチェストの隣に寝る場所を決めて、そっと居場所を確保する。

 地下からは、ゴツッという低い音がした。

 サイドチェストに座り込み、寝やすいようにちょっとだけ体勢を整える。

 ずるずると音を立てて姉さんが親父を引き摺っている。


 ドサリと二階の寝室に、親父が放り込まれた音が聞こえた辺りで、俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る