ある魔法都市の日常

工事帽

街角の石井さん

 毎日、仕事で街に出る。あかりをともしに街へ出る。

 この街はインフラが整っていて暮らしやすい。そう聞いている。そう言っているのは他の街から移り住んで来た者達だ。

 昔は日が沈むと共に街は暗闇に包まれていた。今でも、この街を離れれば真っ暗なのだそうだ。

 暗闇の中を出歩く人は少なく、わずかに出歩く人は自分で明かりを携えていたという。

 真っ暗な中で、明かりを持って歩くのは、自分から目印を付けて歩いているようなものだ。それはとても物騒で、余計、出歩く者は少ない。


 今の街は、至る所に街灯が灯されて明るい。

 街灯が出来てからは物取りが潜む暗闇も少なくなり、治安も随分と良くなったそうだ。治安については、街灯だけの功績でもない。だが、その一端を担うのが自分のお仕事。街灯の点灯員だ。

 いつもと同じ街灯の点灯業務。今日はいつもと少し違う。新人が入ってきたので、業務の説明をしながら街灯を回る。。

 街灯は基本的に毎晩点灯させるが、一人で毎日回るのはハード過ぎる。体力的にも魔力的にも、労働法にも引っかかる。だから、不定期ながらも新人を入れて業務を分担する。

 今日案内する新人もそうだ。先月、一人が怪我を理由に退職したから、その補充人員になる。


 巡回ルートの一つを新人に説明しながら歩く。

 街灯は一定量の魔力を注ぐことで、朝まで光続ける魔法道具だ。魔力を注げばいいだけなので、灯りの魔法が使える必要はない。それに、灯りの魔法を使うよりも、少ない魔力で朝まで光続ける、らしい。灯りの魔法は使えないから、聞いた話だ。


「ここの街灯はちょっと暗めにしといて」


 街灯には明るさ調整のツマミが付けられている。そこを操作するには、カギを開ける必要はあるが、魔法道具の劣化や、設置されている場所に応じて明るさを調整するのも仕事のうちだ。


「えっ? なんでっすか?」

「治安上の理由」

「えっ、意味分かんないっす。暗いとヤバくないっすか」


 普通ならそうだ。暗い場所には物取りが潜んだり、性犯罪者が誰かを引きずり込んだりする。だから街灯の灯りは毎日灯さなければならない。

 石井さんが向こうから来た。丁度仕事を始める時間か。


「やあ、お疲れ様です」

「あ、お疲れ様です。こいつ新人で、今日から入りますんで」

「おや、そうですか、よろしくお願いしますね。明るさの話は……」

「今してたところです」

「分かりました。よろしくお願いしますね」


 すれ違う中で挨拶を交わす。普段ならもう少し話していくところだが、今日は新人への説明があるから、時間が取れない。新人に説明しながら、時間内に回り切るには、あまり余裕がない。


「んじゃ次いくぞー」

「あ、はい、あの人なんすか」

「ん? ああ、あれは石井さん」


 青白い顔のまま、石井さんは暗めに点灯した街灯の影に佇む。

 街灯の光が差す道路側ではなく、街灯の支柱で陰が出来る道路の外側だ。わざと光を抑えた街灯であることもあって、石井さんの姿は薄ぼんやりと景色に溶け込む。


「石井さん?」

「そ、石井さん」

「あの、石井さん?って何やってる人なんすか?」

「治安維持」

「治安維持?」

「さっきの暗めの街灯。あそこに待機しててな、何か後ろ暗いやつとかいるだろ、そういうのって暗い所探してくるからさ。んで、石井さんが対応するんだ」

「あー、そういう、すごい人なんすね、石井さん」

「違うよ?」

「え? すごくないっすか?」

「いや、人じゃない」

「え?」

「石井さん、レイスだから」

「え? いやレイスって、えっ? ヤバくないっすか。アンデットっすよね?」

「衛兵の資格持ってるし平気だよ」

「衛兵なんすか?」

「そ、衛兵」

「レイスっすよね?」

「そ、レイスの石井さん」

「意味わかんねーっすけど」


 石井さんはすごいぞ。暗がりに連れ込まれそうになった女性を保護したり、家出してきた子供の話を聞いて、家まで送ったり。

 一晩中、街灯の下に立ってる仕事を、ずっと何年も続けてる。

 女性を連れ込もうとした奴は、石井さんに生気を吸われて二度と立たなくなったとか。本当かどうか知らないが。


「石井さんはすごいぞ」

「意味わかんねーんすけど」


 新人にはまだ早かったかな?


 ここは魔法都市。

 多くの魔法と、様々な種族が行き交う街。

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