第37話 Sunset(サンセット)

ホテルの門を出ると、まずはジャラン・レギャン通りに沿って右手へ曲がった。少し歩くと、抜け道でビーチまで行ける細い路地がある。その裏路地へ入る。この路地というのが抜け道になっており、結構、バイクタクシーのあんちゃんたちが多く使う近道で割と交通量が多い。


路地の両サイドにはフィッシングスパ、マッサージという看板が、所狭しと並んでいる。路地に面した外壁はサンゴでできており、南国風情を醸し出している。左右にくねくねと曲がっている路地を僕と山田は、クタビーチへ向かってひたすら歩いて行く。途中、マッサージの客引きの若い女性が、僕たちに声をかけてくる。間もなくすると、僕と山田はクタビーチへ到着した。


山田「この抜け道だとホテルからビーチまで、わりと近いですよね。」


僕「そうなんだよね。今来た道を通るとあっという間なんだよね。クタビーチですね。ビーチに来るとなんだか解放されちゃいますね。」


僕と山田は、ジャラン・パンタイ・クタ通りを渡った。この通りには、観光客相手のバイクタクシーの運転手や、馬車、タクシーなどが行き来してかなり混んでいる。僕たちのいる路地から、目の前のジャラン・パンタイ・クタ通りを渡る。そうするとクタビーチへ入る割れ門がある。割れ門を通りぬけるといよいよそこにクタビーチがお目見えすることとなる。


僕と山田は早速通りを渡り、ビーチへの割れ門を通過した。


目の前には、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている砂がある。砂浜の薄い赤茶色と海の水色のコントラストが何ともいえず僕と山田の童心をくすぐってくる。クタビーチは遠浅の海岸であるため、この時期は、サンセットになるころには潮がひき、かなり沖まで歩いて行ける。


ビーチには日本でいうところの海の家のような売店や、サーフィンボードを並べているサーフショップ、ビーチチェアを貸し出している店の店員などがあちらこちらと観光客へ声がけをしている。観光客ももちろんビーチにはたくさんいる。


今回も丁度、海の潮も干潮でかなり沖まで潮が引いている。1キロ先ぐらいには白い波が見えている。


クタビーチは、実をいうとサーフィンの有名なスポットでもある。サーフィンをするにはいい波があるからだという。沖合いには、たくさんのサーファーが、技を競ってサーフィンをしているのが見える。遠浅のビーチは、僕の見える範囲でも3キロから4キロぐらいは海岸線が続いている。ビーチの端のほうには、雨雲があり今にも雨が降りそうな曇り具合だった。スコール雲のためサンセットには影響がなさそうだ。


山田「すごいですね、酒井さん。さすが、クタビーチですね。俺、何だか子供のころに戻ったようにわくわくしています。沖合まで走ってみてもいいですか。」


僕「もちろんですよ。そのためにビーチに来たんだから、思いっきり走ってくるといいですよ。ただ、貝や石などで足を切らないようにね。裸足じゃなくてビーチサンダルは履いていたのがいいですよ。」


山田「ラジャー」といいながら、あっという間に山田は波際へ向かって走りだした。


山田の後を追って、犬が二匹走っている。野犬ではなさそうだ。飼い主らしき外国人がいた。山田はその犬たちに気が付いたようで、じゃれあっていた。


その光景が、また何とも言えず絵になるショットである。戯れる犬と戯れる山田の姿が海水の水面に映り、ウユニ塩湖のようになっていた。山田が波際に向かっている頃、潮もだんだんと満ちてくる時間のようで、気が付くと先ほどまで全くなかったか海水が、僕の足元まで少し来ている。


時間は17時を回っていた。


この時間ではまだまだ太陽は、さんさんと輝いている。ビーチでサッカーをしているバリ島の子供たち。砂遊びをしている恋人たち。インスタグラムへ投稿するように写真を撮っている観光客たち。今このビーチへいる人たちは、それぞれ思い思いに時間を過ごしている。


僕は山田がいる波打ち際まで歩くことにした。波打ち際で、山田が僕に向かって、おいでおいでと手を振っている。僕も同心へ戻り走って山田の元へ向かった。心地よい海風が僕の頬を霞んでいく。なんとも気持ちがよい。海風が僕を包んで、波打ち際まで運んでくれるような気がした。脚のあたる海水温度も丁度いい。バリ海の波が、僕の方へ向かってくる。結構波が高い。僕の短パンの裾が濡れた。


山田「酒井さん、波と戯れて遊ぶと超楽しいですよ。」


僕「先ほど、ちょっと大きい波が来て、僕の短パンの裾が濡れちゃいましたよ。」


山田「俺なんか、これ、思いっきり濡れていますよ。でも、すっごく楽しいんですよね。子供のころに戻ったようで楽しいです。」


僕「水遊びって、子供の頃、良くしたもんだよね。砂浜から山田君の様子を見ていたら、絵になっていましたよ。」


山田「俺、マジですか。なんだかうれしいです。それにしてもこのサンセットはきれいですね。まだ陽は高いですけど。」


僕と山田は、波打ち際で海からくる波と戯れていた。足元の砂が波とともに、沖へと持っていかれ、僕の足はどんどん砂へ埋まっていく。なんだかそんな単純なことがおもしろいと感じる。


この波を見ている時、ふと僕は思った。僕たちが今見ている波は、どのくらいの時間、このバリ島の海を漂っているんだろう。僕と山田が生まれる前からずっと、これから先もずっと、今このビーチにいる人達が、この世からいなくなったとしても、ずっと波は海を漂っているんだろう。


なんだかそう思うと、人間の寿命が、ちっぽけな時間の流れに思えてきた。そのあっという間に過ぎ去る僕たち人間の寿命の中で、僕にはいったい何ができるのだろうかと、僕は思った。先ほど、山田とじゃれあっていた犬にしてもそうだ。次回、僕がバリ島へ来た時には、もうこの世にはいないかもしれない。そう思うとなんだか切なくなってきた。僕は命の尊さを感じ取った。


山田「酒井さん。この波を見ているとなんだか切なくなってきますね。」


僕は、山田の言葉に深くうなずいた。


僕「そうだよね。僕たちがこの世からいなくなっても、この海の波は、永遠に存在するからね。僕たちの寿命って、時間の流れからするとあっという間の一瞬の出来事なんだろうね。」


山田「そうですよね。だから、俺たちは今という時間を大切に生きぬかなければいけないんですよね。」


僕「そうだよ。僕たち、命あるものにとっては、時間というものはとても貴いものだし、限られたものだからね。」


僕と山田の二人が、波打ち際でこんな話をしている間にも、太陽は徐々に夕焼け色に染まり、海の沖からの潮は徐々に満ちてきている。先ほどまで僕のくるぶしまでしかなかったか海水が、気が付けば脛のあたりまで来ている。


山田「酒井さん、だんだんと潮が満ちてきましたね。ちょっと砂浜へ戻りましょうか。」


僕より少し先を歩いている山田の姿に夕陽があたり、ドキドキするようなうまい具合の光景になっている。僕はスマートフォンの動画で波打ち際を写していた。山田もスマートフォンでビーチの景色を撮っている。


沖からはどんどんとサーファーが陸へ向かってきている。このビーチにいる人たち皆が、クタビーチの夕陽を見るための準備をしている。波際でサッカーをしている現地のバリ人たちが夕陽越しに僕のスマートフォンに映り込む。また、これが絵になるショットとなっている。僕と山田は二人並んで、夕日を背に記念写真を自撮りした。


山田「酒井さん、このクタビーチの夕陽、本当にきれいですね。俺、なんだか目頭が熱くなっちゃいます。酒井さんが初めてこの夕陽をご覧なられたときに、涙が出たという気持ちわかります。俺、今、自然の美しさに、すっごく感動しています。」


僕「そうでしょ。この夕陽、ホントに感動ものなんですよね。」


といいながら、僕は山田の方を向いた。山田は感動の際に来ているようで、夕陽越しの目にうっすら涙の幕ができているようだった。夕陽が徐々に水平線に沈み始めた。


僕と山田は、水平線へ消える夕陽のその瞬間を見届けるまでは、このビーチにいることにした。これは特にお互いが話したわけではないが、阿吽の呼吸で僕と山田は、お互いの心の内を感じ取っていた。夕陽が水平線に沈む瞬間はあっというもので、目をちょっとそらしていると見逃す感じであった。僕と山田は水平線へ消える夕陽を見届けて、お互いに視線を合わせた。その目にはお互い涙の幕ができた。


山田「酒井さん、夕陽が沈む瞬間、俺、初めて見ましたよ。あっという間に沈んじゃうんですね。なんだかそれまでは徐々に夕陽の様子が移り変わっていたんですけどね。」


僕「夕陽が水平線へ消ていく瞬間って、なんだか切ないですよね。あっという間に消えちゃいますから。生き物の命もあっという間に終わってしまうように映りますよね。」


山田「そうですよね。僕たちの命なんか、この長い時間の中では瞬殺ですよね。」


僕「本当、そうだね。ところで山田君、今からお茶でもしませんか。クタビーチの側にBEACH WALKというショッピングモールがあるので、そちらにスターバックスコーヒーのショップが入っています。そこで夕食前のお茶でもしましょう。夕陽の散策で歩き疲れちゃったでしょうから。」


山田「了解です。じゃ、酒井さん、今から行きますか。俺、なんだかのどが渇いちゃいました。」


僕と山田は、クタビーチでサンセットを見終え、ジャラン・パンタイ・クタ通りへ戻ることにした。夕陽を見終えた観光客が徐々にビーチから離れていく。


ビーチショップの店員たちは、帰宅の準備をし始めている。夜のとばりがはじまる前に準備へと皆、勤しんでいる。


僕と山田もクタビーチの割れ門を通り、BEACH WALKへ向かった。通りは帰宅のラッシュと、丁度、バリ島内の観光を終了した観光客を乗せた観光バスでごった返している。


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