第35話 Tropical wind(南国の風)

随分と長い時間を僕たち四人は、ランプヤン寺院で時間を過ごしたようだった。確かにあの景観の中であれば、時間の流れを忘れてしまうのは当然かもしれない。


僕たちを乗せた車は、スラヤ山を下りていった。標高が低くなるにつれてバリ島の南国の気温を包み始めた。日本でもそうだが標高によって、この南国でもこんなにも気温が違ってしまうんだと思った。


どんどんと僕たち四人を乗せた車はジャラン・レギャン通りへ向かって進んで行く。


車内はクーラーは着けず、車窓を開けて南国のさわやかな空気が車内に満ち溢れている。こんな状況に僕はなんだか幸せを感じる。このスローな時間の流れが、日本で疲れた僕の心身へエナジーを充電してくれる。体をもって、僕はエナジーチャージの実感を得る。


スマートフォンの充電が100%になるような感じで僕の体にエナジーがチャージされていくのを感じる。僕はとてもうれしく感じた。


僕の隣に座っている山田のストレートの髪の毛がさわやかに風になびいているのを僕は横目で感じている。バリ島の道路は本当に地方へ行けば行くほど信号が少なくなるため、渋滞のストレスを感じずに車は進んで行く。


山田「酒井さん、車がスムーズに進むとストレスフリーですよね。日本じゃ考えられないですよ。」


僕「本当、そうだよね、渋滞がないとストレスを感じないね。バリ島のスローな時間の流れに乗っかっている感じだよね。だからこの島に来るとエナジーチャージができるんだろうね。」


山田「酒井さんの言う通りです。本当バリ島の時間の流れが、本来持っている人間の体内時間を調整してくれるって感じですよね。」


僕「まさに体内時間だね。そうだね。人間本来備わっているもんなんだろうね。それを忙しい日本では忘れてしまっているよね。これって本当は人間にとって大切なことなんだけどね。」


山田「風に吹かれている酒井さんの髪の毛を見ているとなんだか、俺、好きになっちゃいそうですよ。ドキドキしちゃっています。」


僕「またまた、山田君。おじさんの風になびく髪の毛より、山田君のような若い人の方が絵になるよ。」


僕と山田は、こんな戯れた会話をしていた。ヘルマワンは、車窓からバリ島の景色を眺めていた。その雰囲気は、なんだかマルチンの趣を残しているような気がした。というよりは兄弟だから似ていても間違いではないと、僕は思った。


僕が車窓からふと空を見上げると、ブサキ寺院とランプヤン寺院で見つけたコバルトブルーの蝶が、僕の視界に入ってきた。一瞬、目を離した瞬間にその蝶は消えてしまった。


今日これから、僕と山田はジャラン・レギャン通りに戻り、一旦、ホテルでシャワーを浴び、その後クタビーチの夕日をゆっくりと眺めてみよう。あの景色を山田に見せてあげたい。水平線の彼方に消えていく太陽はなんだか生命の再生を、終焉を物語っている気がいつもする。


車窓からの景色は、一直線の信号のない道をひたすら走っている。路の両サイドには、田園が広がり、農夫が水牛で田んぼを耕している。僕は、アジアのこのような風景が好きなんだと思った。素朴という言葉がぴたりと当てはまる雰囲気が好きだ。なんだか心落ち着く感じである。


車窓から見える景色は、広々とした田園、まばらに生えるヤシの木、そのヤシの樹々はバリ海から吹き込んでくる風に葉がなびいている。所々にある民家、そこから聞こえてくる住人の生活音、その瞬間、瞬間に人々は皆精一杯生きている。本来、人間はそういった環境で生活することがあっているのかもしれない。


今の現代社会のような、時間に追われている生活というのは、実は、人間本来の生命のリズムとは相反するものなのではないかと思う。だから、僕は日本にいると、なんだか心身ともに疲れてくるんだと思う。いつかはこのバリ島で人間本来の生命リズムを取り戻せる生活がしたいものだ。と、なんだか物思いにふけっていると山田が僕に話しかけてきた。


山田「酒井さん、今日、これからどうしますか。今日のスケジュールは、一様こなしているので、できれば夕方クタビーチの夕日を見て物思いにふけってみたいです。」


僕「了解。山田君の言う通りにしようか。山田君、クタビーチのサンセットを見て泣かないでくださいね。」


山田「俺、泣かない自信はないです。結構、こう見えても俺、繊細なんですよね。」


僕「山田君が繊細なのはわかっているので、大丈夫ですよ。僕もあのサンセットを見ると自然と涙がでちゃうんですよね。時間の流れを感じ取れて、心身ともにリセットされてくる感じが何とも言えず、感動ものなんですよね。サンセットで感動した後には、ビーチ近くにあるBeach Walk というショッピングセンタがあるので、そこの行きつけのスタバでカフェタイムでもしましょうか。日没のバリ島の喧騒の中にスターバックスで珈琲っていうのもおつなもんですよ。お気に入りの席もあるんでそこが空いていたラインですけどね。」


僕と山田がそんな会話をしていると、気が付くと繁華街へ間もなく到着するところまで来ていた。


エディ「酒井さん、山田さん、ヘルマワン、まもなくジャラン・レギャン通りに到着しますよ。この後はこのままアグン・コテージへ向かってもいいですか。」


僕「エディ、OKです。よろしくお願いします。」


山田「俺もOKです。エディ、よろしく。」


ヘルマワン「エディ、僕もアグン・コテージまでお願いします。アグン・コテージに僕のバイク停めてあるんで。」


エディ「ヘルマワン、OKですよ。」


僕たち四人全員は、このままホテルへ向かうこととなった。その時、僕が時計を確認したところ、時間は15時前であった。割と早くランプヤン寺院のあるスラヤ山から繁華街のレギャン地区へ戻って来れた。日中は、観光客はあまり出歩かず、ビーチや各観光地へ赴いている。まぁ、暑い日中に街ブラをあえてしなくても、夕方陽が沈んで動くのが合理的だ。夕方では考えられないくらいジャラン・レギャン通りはスムーズに進む。そう時間がかからず僕たちは、アグン・コテージへ到着した。



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