魔界のノア ④

 結局、この日・・・フレアは屋敷に帰ってくる事は無かった。いつも冷静沈着なフレアのあの様子・・きっとただ事では無い何かがあったに違いない。

そしてその次の日もフレアは帰ってこなかった。3日目・・・フレアは何食わぬ顔で帰って来た。

その表情は妙にすっきりしていたので、多分トラブルは解決出来たのかもしれない。


「お疲れ様、フレア。」

僕は特製の紅茶を入れてあげた。


「ありがとう。」


フレアは微笑み、紅茶を一口飲むと躊躇いがちに僕に言った。


「ねえ、ノア・・・。もし・・もし、貴方の事を知ってる誰かが会いに来たとしたらどうする?そして・・一緒に帰ろうって言われたら・・・。」


「え?一体何の話なんだい?それに帰るって・・・一体何処に帰るのさ?」

僕は笑いながら答えた。だって僕の居場所はここしか・・・フレアの側しか無いじゃ無いか。


「だ、だから例えばの話よ。他の誰かに一緒に行こうって誘われたら、貴方は付いて行ってしまうのかなって・・・思って。」


ムキになって言うフレア。その姿がとても可愛らしい。だから僕はフレアの側に行くと彼女を抱き締めながら言った。


「何言ってるんだい、僕の居場所は・・・いつだってフレア。君の隣さ。」


するとフレアは僕の腕の中で言った。


「でも・・・でも・・・不安なのよ・・・。いつかノア・・・貴方が私の元から去って行ってしまいそうで・・。」


フレアの身体は微かに震えていた。・・・一体どうしたというのだろう?これ程弱気な彼女を見るのは初めてだ。


「何が・・・そんなに不安なの・・?僕は何か君を不安にさせるような事をしているの?」


「いいえ、そうじゃない、そうじゃないけど・・・。」


僕を見上げたフレアの顔は何だか今にも泣きそうに見えた。フレア・・・何故そんな顔をして僕を見るの・・?それなら・・・。

フレアに口付けすると僕は言った。

「ねえ、フレア・・。僕達・・・結婚しようか?」

本当はずっと前から思っていた事だ。いつか・・・彼女にプロポーズしようと思っていた事を僕はついに口にした。


「え・・・ええ?!ノ・・ノア・・・貴方・・本気でそんな事言ってるの?!」


何故か喜ぶと思ったのに、フレアは驚愕の表情を浮かべて僕を見た。


「え・・?フレアは・・・僕の事・・好きじゃ無いの・・?僕は君の事が好きだよ。だから・・結婚を申し込んでるんだけど・・・。」


「ま・・まさか!わ、私も・・・ノア。貴方が・・・好きよ。だ、だけど・・・!」


フレアは顔を真っ赤に染めて言う。なんて・・・可愛らしいんだろう。僕達はお互いに見つめ合い・・・。

そのまま自然の流れで肌を重ねた・・・。



 いつのまに僕は眠ってしまったのだろう?ふと目を覚ますと、隣にいたはずのフレアの姿が見えない。


「フレア?」

おかしい・・・一体何処に行ってしまったのだろう?折角3日ぶりにフレアが家に帰って来たのに・・・。

不在の間も彼女が何処に行っていたのかが気になっていた。

フレアには嫌がられるかもしれないけれど・・・彼女の気配を僕の魔力で何処にいるか探ってみようかな・・・。

僕は意識を集中させて、フレアの気配を探そうとした時にある別の気配を感じ、目を見開いた。


え・・・?これは一体・・・どういう事なのだろう?僕のマーキングの気配を何処か遠くで感じる・・・。どうして?何故なんだ?

僕は今迄誰にも魔界で誰かにマーキングを付けた記憶は無いのに・・・?

だけど、すごく微弱だけど・・・感じる。

一体何処からこの気配が漂っているのだろう・・?

そこまで考えていた時。


「ただいま、ノア。」


僕のすぐ後ろでフレアの声がした。い・・・いつの間に僕の背後に立っていたのだろう?マーキングの事で気を取られていて、少しもフレアの存在に気付けなかった。


「お、お帰り・・・フレア。」

僕は言いながらフレアを抱きしめて驚愕した。え・・・・フレアから僕のマーキングの香りを感じる・・・。一体何故なんだ?僕は一度だって彼女にマーキングを付けた覚えは無いのに・・・。


「どうしたの?ノア・・・。何だか顔色が悪いけど?」


僕を見上げて言うフレアだが、彼女だって顔色が悪いのはすぐに分かった。


「そうかな?気のせいじゃないの・・・。それよりフレアの方こそ・・・顔色が悪いよ。何か・・・あったの?」


するとフレアはギリリと指を噛んで、僕から視線を逸らした。

何だか、かなりイライラしているように見える。


「フレア?ごめん・・・。僕、何か君の気に障るような事・・・してしまったの?」

フレアの顔を覗き込みながら言うと、彼女は激しく頭を振った。


「いいえ、いいえ・・・!違う・・・ノアは何も悪く無いの・・・。悪いのはむしろ私の方なのよ・・・!」


ヒステリックにフレアは叫ぶと僕に言った。


「ごめんなさい・・・ノア。出掛けて来るわ。」


「ええ?!また・・・出かけるの?さっき帰ってきたばかりじゃないか?」

只事ではない様子のフレアを1人きりにさせる訳にはいかない。

「だったら・・・僕も付いて行く。一緒に行くよ。」


「いいえ!それだけは絶対に駄目よ!お、お願いだから・・・貴方はこの家に・・いて?ここは貴方と私の家なんでしょう・・・?」


フレアは今にも泣きだしそうだ。何故・・・?何故こんなに君は取り乱しているの?

「ねえ・・・フレア。本当に一体君はどうしてしまったの?何か思い悩んでいる事があるなら、僕に話してくれない?それとも・・・・そんなに僕は君にとって頼りにならない存在なの?」


「それは・・・違うわ・・。全ては私の気まぐれで・・こんな事になってしまったのよ・・全部私のせいなの・・・。」


フレア・・・・。どうしたら君の苦しみを僕は分かち合える事が出来るんだろう・・。いつか僕に話してくれるよね?それまでは・・何も聞かないで待っている事にするよ・・。

「分かったよ、フレア。」

僕は言った。


「え?」


「いいよ、出掛けておいでよ。僕はここにいるからさ。」


「い・・・いいの・・?本当に?待っていてくれるの・・?」


「うん、僕はフレアが好きだからね。君を苦しませるような事はしないよ。」

そして微笑んだ。


「ノア・・・。ありがとう・・。」


フレアはようやく笑みを浮かべ、僕にキスすると言った。


「それじゃ行ってくるわね。」


フレアは笑顔になると、転移魔法を使って僕の前から一瞬で消えた・・・・。

そして翌日、フレアは家に帰ってきたけれども始終上の空だったのが、僕はずっと気になっていた。



「ノア、今日は上級魔族達の会合が開かれる日だから、帰りが遅くなるの。悪いけど先に食事を済ませてくれる?」


朝食後、出掛ける間際にフレアが僕に言った。

「うん、分かったよ。フレア。それじゃ行ってらっしゃい。」

玄関までフレアを見送り、朝食の後片付けをしていると突然ドアをノックする音が聞こえて来た。・・・一体誰だろう?

訝しみながらドアを開けると、そこに立っていたのは以前に一度フレアと家にやって来た事のあるヴォルフとかいう若者の姿があった。


「よお、確か・・・ノアだったか?」


ヴォルフは挨拶も無しにいきなり話しかけて来た。


「そうだけど・・?言っておくけどフレアなら仕事に行って今はいないよ。」


「ああ、分かってる。だからお前に会いに来たんだ。」


何だか訳の分からない事を言う。

「え・・?何故君が僕に会いに来るのさ。」


「実は・・・お前にどうしても会わせなきゃならない人物がいるんだ。」


ヴォルフは真剣な目で僕を見る。


「僕に・・・?一体誰なんだい?勝手に誰かに会おうとするとフレアが怒るから遠慮したいんだけどな・・・。」


するとヴォルフがいきなり僕の右腕をガシッと掴んできた。


「な・・・何するんだよ!」

振りほどこうとするが、ヴォルフが僕に言った。


「いや、駄目だ!絶対にお前を連れて来るって約束したんだ!」


「約束・・・?誰となんだよ・・。」

この男は何を言ってるのだろう?僕にはちっとも意味が分からない。


「いいから来い!」


ヴォルフは転移魔法を唱え、僕は強引に連れ去られてしまった・・・。


目を開けると、そこは洞窟のような場所だった。松明が灯されていて明るい内部・・・そしてその奥には何故か鉄格子の部屋が見えた。


「え・・?ここは何処なのさ?」


僕がキョロキョロ辺りを見渡しているのに、ヴォルフはそれに応えず鉄格子の部屋へ歩いて行く。

その時、僕は気が付いた。

え・・・?何だ・・?僕の・・・マーキングの匂いがする・・・?


鉄格子の奥から話声が聞こえて来た。


「・・・ヴォルフ・・?来てくれたんだ・・・。」


女性の声が聞こえる。

何故かその声を聞くと、胸が締め付けられそうに苦しくなってくる。


「ああ。大丈夫だったか・・・ジェシカ。」


ジェシカ・・・・?ジェシカだって・・・・?!

突然今迄頭にかかっていた靄が晴れていくような感覚を覚えた。気が付くと勝手に身体が走り出していた。

ジェシカ・・・ジェシカ・・・ッ!


「ジェシカッ!!」

気が付くと僕は鉄格子の前で叫んでいた。

そしてそこにいたのは・・・・石の牢屋に入れられていたジェシカがいた—。






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