第2章 10 主従関係

 翌朝―

温かいな・・・。

うつらうつらまどろんでいる中で私はぼんやりと目を開けた。

見ると焚き火が灯され、火の側にヴォルフが座っているのが見えた。

え?焚き火?思わずガバッと起き上がると、私に気付いたヴォルフが声をかけてきた。


「おはよう、ジェシカ。目が覚めたようだな。」


笑顔で話しかけてくる。


「おはようございます。ヴォルフさん。」

挨拶をすると、私は焚き火を挟んてヴォルフの向かい側に座った。

「あの・・・この焚き火・・・。」


「ああ、暖かいだろう?さっき薪を取ってきて火を着けたんだ。」


「薪を取ってきた・・・?」

何だか嫌な予感がする。

「あの、つかぬ事を伺いますが・・・薪は何処で取ってきたのですか?」


「ああ、この薪ならこの第2階層に来た時に村があっただろう?そこから取ってきたんだ。」


当たり前の様に言うヴォルフ。

「もしかして・・・黙って持って来たんですか?」


「ああ、そうだが?」


不思議そうに言うヴォルフ。


「ヴォルフさん・・・それは問題ですよ・・・。」

私は頭を抱えながら言った。


「何が問題なんだ?」


ヴォルフが首を撚る姿を見て、思わず私は絶句してしまった。ま、まさか・・・盗みを働いた自覚が無いのだろうか?

「あのですね、ヴォルフさん・・・。」


「何だ?」


「薪を作るのは中々大変な労力がいるんですよ?」


「そうなのか?」


「ええ、木を切り倒して薪の形に切って、それを薪棚へ入れて、乾燥させて・・・。」

気づけば私は薪の作り方について、熱弁をふるっていた。

一方のヴォルフも興味深気に聞いている。


「ほ〜う、薪を作るのは中々奥深いものなんだな。」


「ええ、そうなんですよ。それだけ労力を払って作る薪にはそれこそ血と汗と涙と・・・。ハッ!」

いけない、夢中になってつい熱く語ってしまった

「え~と・・つまり私が言いたい事はですね・・・。それだけ苦労して作られた薪を勝手に持って来るのはいけない事だと言いたかったのです。」

コホンと咳払いしながら私は言った。


「それの何が悪いのだ?」


「は?」


「あいつ等は俺より下級魔族だ。彼等は俺達上級魔の役に立つ為に存在しているようなものだぞ?第1階層の魔族達は殆ど獣同様で言う事を聞かせる事が出来ないからな。その分第2階層のあいつ等には俺達の為に尽くすのが道理だ。」


「え・・・・?」

余りの言い草に私は唖然としてしまった。上級魔族という物は下級魔族をそう言う目で見ていたのか・・・。なら・・・。私達人間は・・・?もっと格下に見られているという事では無いだろうか?

途端に魔界へ連れてこられてしまったノア先輩の事が頭をよぎる。ひょっとしてノア先輩はここ、魔界で相当虐げられた生活をしているのではないだろうか・・・と。


 突然黙り込んで俯いてしまった私の様子を見てヴォルフが声をかけてきた。


「どうしたんだ?ジェシカ・・・。」


「それなら・・・。」

私は俯いたまま小声で呟いた。


「え?何だって?」


ヴォルフが私に近付いてくると再び声をかけてきたので、私は意を決して顔を上げて彼の顔を見つめ・・・言葉を飲み込んだ。駄目だ、こんな事・・・ヴォルフに言ってはいけない。


「おい、どうしたんだ、ジェシカ。」


「いえ・・・。何でもありません。」

私は目を伏せたまま答えたが、ヴォルフはそれを許さなかった。


「こっちを向け、ジェシカ。」


私の両肩を掴み、無理やり自分の方を向かせるとヴォルフは言った。


「正直に言え。お前は今・・・何を考えているんだ?言いたい事があるなら言ってみろ。」


「本当に・・・?本当に正直な気持ちを言ってもいいんですか?」


「ああ、そうしてくれ。」


「そ、それなら、私達人間は・・・もっともっと格下に見ているって・・事ですよね・・・?」


「ジェシカ・・・?」


ヴォルフが戸惑いの目で私を見つめている。でも・・・そうだ。ここは魔界、そして目の前にいるヴォルフは希少な人間よりも優れた能力を持つ上級魔族なのだ。私みたいなか弱い人間の命を奪う事など、簡単な事だろう。それに彼は命の恩人。対等に口を聞いてはいけなかったかもしれない。


「い、いえ・・・何でもありません。わざわざ・・・私の為に焚火をして頂いて有難うございます。」

深々と頭を下げると私は立ち上がってヴォルフの隣から離れると向かい側に座った。

 

 私のそんな様子をチラリとヴォルフは見たが、さして気にしない様子で語りかけて来た。


「・・・体調は・・・どうだ?」


「体調・・・ですか・・?そうですね。特に悪くはありませんが?」

私が答えるとヴォルフは言った。


「そうか・・・昨夜、『ナイトメア』に襲われかけていたから・・気になっていたんだ・・・。あいつ等は魂を奪おうとする対象者の肉体よりも、精神攻撃をしかけてくるから・・・心配していたんだ。それに身体もすごく冷え切っていたしな・・。」


ヴォルフは私から焚火の炎を見つめながら言った。


「ヴォルフさん・・・。私、人間ですよ?」


「ああ、そんな事は当然知ってるが?」


「たかが人間の私をそこまで心配してくれるなんて・・ありがとうございます。」


「別に・・・。いや、ちょっと待て。なんだ、たかが・・とは。」


ヴォルフは顔を上げて私を見つめた。


「いえ、何でもありません。私は大丈夫なので、いつでも出発出来ますよ?」

そうだ・・・いつまでもヴォルフを私に付き合わせるわけにはいかない。

そして勢いよく立ち上がり、数歩足を踏み出そうとした時だ。

突然目の前の景色が歪んで頭がグラリと前に傾いた・・・。


「ジェシカッ!」


咄嗟にヴォルフが飛び出してきて私を支える。


「ほら見ろ、大丈夫なものか・・・。だから気になったんだ。」


ヴォルフは私を焚火の側に横たわらせると静かに言った。


「多分、体力が完全に回復するには後半日はかかる。それまでは大人しくしていろよ?」


「半日・・・。」

私は口の中で呟いた。

「すみません・・・。」


「何がだ?」


「本当は・・・早く出発したいでしょうに・・私のせいで足止めを食う事になってしまって・・。」


「そんな事、少しも気にするな、大体お前を第3階層にまで連れて行く事が俺の使命なのだからな。」


「はい・・・。」

それにしても・・・私を第3階層にまで連れてくるように命じた人は一体誰なのだろう?だけど、恐らく答えてくれないだろうな・・。


「ジェシカ、少しこの洞窟で休んでいろ。今何か食べ物を取ってくるから。」


突然ヴォルフは立ち上がると私に言った。


「え・・・?」

そ、そんな・・こんな恐ろしい洞窟で1人きりで過ごすなんて・・・。その時の私は余程不安げな顔をしていたのであろう。

立ち上ったヴォルフは私の側に近寄って来た。


「大丈夫だ、この洞窟には誰も近寄る事が出来ないようにシールドを張っていくから、ジェシカは安心して休んでいろ。」


「シールド・・・・。」

そう言えば・・・マシューもシールドをかけた事があったっけ・・・。この魔法はきっと魔族の得意分野の魔法なのかもしれない。


「マシュー・・・。」

無意識のうちに私はマシューの名前を呼んでいた。するとヴォルフが尋ねて来た。


「そう言えば・・・『ナイトメア』に襲われていた時も、眠っていた時も寝言でその名前を呼んでいたよな?マシューって一体誰だ?」


何故か興味深げに質問してくる。ヴォルフに質問されれば答えないわけにはいかないだろう。

「マシューという人は私がこの魔界へ来るために力を貸してくれた人ですよ。」


「ふ~ん・・・そうなのか?俺はてっきり恋人かと思っていたけどな・・・。まあいいか。それじゃ、少しだけ待っていろよ?」


言うと、ヴォルフは一瞬で目の前から消え去った。

・・・どうかヴォルフが再び略奪行為をしてきませんように・・・。

私は心の中で祈るのだった—。


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