マシュー・クラウド ⑩

 キイイイイイイイーンッ!

耳をつんざくような金属音が辺りに響き渡る。


「キャアッ!」


ジェシカが両耳を押さえてしゃがみ込んだ。音がやむとそこは俺とジェシカ以外の時が止まった世界・・・。よし、成功した!


「え・・・?何・・・?」


ジェシカは時を止められた彼等を見て戸惑っている。


「少し、彼等の時間を止めたのさ。」


言いながら俺が教室から入って来るとジェシカは振り向き、俺の名前を呼んで駆け寄って来た。

そして・・・。


「ちょっと!酷いじゃ無いの!どうしてもっと早く来てくれなかったの?!」


 俺の襟首を掴み、半分涙目で訴えて来る。不覚にもその表情が余りにも可愛くて胸がときめいてしまった。な、何かジェシカに言わなくては・・・!

「ああ、ごめん。悪かったよ、少し準備に手間取っちゃって・・・。ほら、そんな泣きそうな顔しないで。折角の美人が台無しになるぞ?」

言いながらジェシカの頭を撫でるとジェシカは安心したかのように俺の胸に身体を預けて来た。

高鳴る心臓の音・・・お、落ち着けっ・・・!この魔法はせいぜい10分しか止められないのだから。

 俺は今の状況を簡単にジェシカに説明すると彼らの前に立ち、順番に暗示をかけていく。今あった出来事は全て忘れるように・・・。そして公爵だけには別の魔法を・・。俺の唱えた魔法で、出来る限り事前にかけられていた暗示を取り除く。でもこれではまだ完璧では無い。そして指を鳴らして時を再び動かすー。


 時が動き出すと、アラン王子達は俺の思惑通りに教室を出ていく。残るは公爵のみ。ジェシカは心配そうに見守る中、俺は暗示状態にある公爵に質問をした・・。

 

 俺の暗示により公爵がソフィーの卑劣な手段で催眠暗示をかけられていた事を俺達は知らされた。ソフィーは公爵を暗示にかける為にジェシカにどれだけ嫌われているのかを語り、そして憎ませて自分に好意を寄せるように卑劣な暗示をかけていたのだった。

 ショックを受けているジェシカの肩をそっと抱く。その小さな肩は震えていた・・・。

俺はジェシカに言った。

この暗示は強力で、簡単には解くことが出来ないから、公爵を嫌っていないという安心感を彼に与えてあげれば徐々に暗示を解いていく事が出来る事をジェシカに伝えた。でも・・・本当はこんな事は教えたくは無かった・・。だってジェシカが公爵の側にいる限り、俺は彼女と距離を置かなくてはならないのだから。ただ、俺は・・ジェシカの悲しむ顔を見たくは無かった。それにジェシカは公爵の暗示を解く事に何故か必死になっていた。・・ひょっとすると、そこには何か深い理由があるのかもしれない。


 それにしても・・・俺は公爵の事で気になる事があった。ジェシカなら・・何か事情を知っているのでは無いだろうか?


「・・彼は一体何者なんだろう。体の中から怖ろしい程の魔力を感じるよ。魔力量は俺と同じ位ありそうだね。・・・本当にただの・・人間なのかな?」


「え?マシュー。それは一体・・・。」


俺はジェシカの一言で我に返った。あ・・・お、俺は今一体何を口走っていたのだ?これではまるで公爵を陥れるような言い方をしているような物じゃ無いか・・・!

急に俺は自分が情けなくなってしまった。ジェシカにこんな自分を見られたくない。


「ごめん、ジェシカ。俺この後用事があるんだ。聖剣士のテストを受ける学生達の説明かに立ち会わないといけなくて。実はテレステオ公爵も候補生の1人なんだよ。

だから悪いけど、彼を連れて行くね。」


俺は一方的にジェシカに告げると、彼女から話しかけられる前に公爵を連れて転移魔法を唱えた。

ごめん、ジェシカ。

俺は魔法を使ってジェシカの頭の中に直接語りかけた。


『ジェシカ、明日は約束の日だから一緒にセント・レイズシティに行って貰うよ。今から楽しみにしてるね・・・。』



 一夜明けて―


 今朝は清々しい天気だった。そして、今日はジェシカと2人きりで初めて休暇を過ごす記念日。昨夜は余りにも嬉しすぎて興奮して眠れなかったので、最終的に自分自身に睡眠の魔法をかけて眠りに就いたくらいだったのだから。


 そして今、俺は女子寮の付近でジェシカが出て来るのをはやる気持ちで待っている。その時だ・・・。

あ、ジェシカが出てきた!ワンピースに防寒マントを羽織って出てきた私服の彼女はいつにもまして綺麗だった。俺は思わず本音を口走ってしまった。


「おはよう、ジェシカ。今朝はいつにも増して奇麗だね。俺の為にお洒落してくれたんだと思うと嬉しいよ。」

そしてニッコリと笑って・・・我に返る。

ああっ!お、俺は何て今恥ずかしい事を言ってしまったんだ・・・?!これは・・絶対にジェシカに引かれてしまう!


しかしジェシカの反応は俺の予想外の物だった。


「あ、ありがとう・・・。」


え?ジェシカ・・・。今、ありがとうって言ったの?本当に?それに・・よく見るとジェシカの頬がうっすら赤く染まっている。

こ、これはもしかして・・・俺の言葉に喜んでくれているのだろか?

頬を赤く染めたジェシカが愛しすぎて・・思わず抱きしめたくなりそうになるのを俺は理性で何とか押しとどめる。


「うん、それじゃ行こうか?」

こうして俺とジェシカの楽しいデート?が始まった・・・。


 ジェシカに今日は何処へ行くのかを尋ねられた俺は、教会に行く事を告げた。

教会のシスターや子供達にジェシカを紹介したかったからだ。

シスターには普段俺が学院でどのような扱いを受けているのかは少しだけ話したことがあり、心配させてしまった事がある。だからこそジェシカを紹介して、俺は学院で孤立していないと言う事を皆に伝えたかった。


 教会の手土産を買うために2人で立ち寄ったスイーツショップ。

俺はお土産を買って行きたいから待っていてとジェシカに告げて、奥の商品棚へ向かった。

俺はショーケースを見ながら迷った。・・・さて、どうしよう。いつもなら子供たちの為にキャンディやチョコレートを買って行ってるのだが、今日はジェシカも一緒だ。彼女はどんなスイーツを食べるのだろうか・・?ふと視線を外すと、クッキーのショーケースが目に止まった。

それはジンジャー・クッキーのショーケースだった。ジンジャークッキーか・・・

身体にも良さそうだし、これなら甘い物が苦手な人でも食べれそうだ。(何故か俺の中のジェシカのイメージは甘い物好きに思えない。)


ジンジャークッキーを買って戻ると、ジェシカは食い入るように一つのショーケースを見ていたが、やがて視線を逸らすと別のショーケースへ向かった。

・・・一体ジェシカは何を見ていたのだろう?俺はショーケースへ近づいた・・。



 その後、俺はジェシカを連れて教会へ飛んだ。

シスターと子供たちはジェシカを見て、とても驚いたが皆彼女を受け入れてくれた。そこでカイトがちょっとした爆弾発言をした時には流石の俺も驚いてしまった。

なんと、ジェシカに俺の恋人になってあげて下さいと言って来たのだ。な・な・なんて事を・・・!

しかし、その後のカイトの話で俺は胸が詰まる思いをした。カイトは全部知っていたのだ。俺が学院内で魔族と人間のハーフであるがゆえに1人で過ごしていると

言う事を・・。

それを聞いたジェシカの言葉に俺は驚かされた。


俺とは恋人同士では無いけれど、とても仲良しの友達で優しい俺の事が大好きだと・・。これからもずっと友達でいたい、俺を絶対1人にはさせないと・・。

ねえ、ジェシカ。今の言葉は本当なの?俺・・・その言葉を信じて・・いいの?



 教会を出た後、2人でセント・レイズシティの町を歩いていたけれども、ジェシカが落ち込んでいるように見える。何故なのだろう?

そう言えば・・俺が子供達と教会の外で遊んでいる時にシスターと2人で話をしていたけれどもそこで何か話を聞かされたのだろうか?


「ジェシカ・・・どうしたんだい?」

心配になって声をかけてみるが、ジェシカは何でも無いと答えただけだった。

そして次にジェシカはお腹が空いたから、何処かでお昼でも食べようと誘って来た。

そこで、2人で近くの食堂に入る事にした。

気まぐれで入った店だったけれども・・・味は絶品だった。

いや、俺には分かっている。ここまで美味しく感じられるのは俺の目の前にジェシカが居るからだって事が・・・。

 

 その後、2人でコーヒーショップへ移動したが、ジェシカは何だか始終落ち着かない様子で俺と話をしている。

ジェシカ・・・君は今本当は何を考えているんだい・・・?何か別に話したい事があるんじゃない?


 とうとう、俺から話を切り出す事にした。

「ねえ、ジェシカ。俺に話があるんじゃないの?」


「え?」


「いいよ。ジェシカ。前にも言ったと思うけど・・・俺で良ければ協力するよ。」


「マ、マシュー・・・・。」


それでもジェシカは首を振って答えない。それなら・・・。

少し外を歩こうと言って、ジェシカの手を握り締めて俺は店を出た。

ジェシカにあの景色を見せるんだ・・・!


 俺がジェシカを連れてやってきたのは港が見下ろせる小さな公園。そろそろ夕日が沈む時間帯がやってくる。


「ほら、ジェシカ。夕日がとても綺麗だろう。ここは俺のお気に入りの場所なんだ。」


眼前に広がるオレンジ色の海は太陽の光を浴びて輝いている。

俺は隣に立っているジェシカを見つめた。


「うん、とても綺麗・・・!」


夕日に照らされ、瞳を輝かせて海を見つめるジェシカは・・・。

息をするのも忘れるくらいに美しく・・・俺は見惚れてしまった。

だからこそ・・・彼女に告げる。


「ジェシカ・・・。俺は君の聖剣士だ。自分から名乗りを上げた。だから・・絶対に何があってもジェシカを守ると決めている。さあ、ジェシカ。俺にお願いしてみなよ。」

ジェシカの紫の瞳には俺の姿が映し出されている。


「マ、マシュー・・・・。」


「さあ、言って。ジェシカ・・・。」

俺の愛しい人・・・・。彼女の小さな身体をそっと抱き寄せ、耳元で囁いた。


「わ・・・私・・・。」


ジェシカは顔を上げて俺を見つめた。


「うん、何だい。ジェシカ。」

さあ、君の望みを俺に聞かせて・・・。


「マシュー・・・。わ、私を・・・魔界の門まで連れて行って・・・・。」


「うん、喜んで。」

彼女を魔物達から守るための印を付けてあげよう。

俺はジェシカの前髪をかきあげると、そっと額に口付けた—。





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