第6章 11 夢の中で

「ハ・・・クションッ!」

私はベットの中で12回目のくしゃみをした。あ〜頭と喉が痛いし、関節も痛む。熱は高くて頭はボ〜っとするし何より咳が出始めると止まらなくなる。


 ダンスパーティーが終わって1週間。私は酷い風邪にかかり、ずっと寝込んでいた。

始めの頃は殆ど意識が無く、うつらうつらしていたらしい。

何人かのメイドに交代で看病に当たるようアリオスさんが命じたらしいが、皆私を怖がり、結局看病したのがミアとマリウスだったそうだ。


 朦朧とした意識の中、マリウスの声が聞こえていた。

お嬢様、お許し下さい。どうか私をお傍に置いて下さいと・・・。許しを乞う声が・・・。


 

 誰かが濡れタオルを頭に乗せてくれて目が覚めた。ぼんやり見ると、メイドのミアだった。

「あ・・・ミア・・。」


「ジェシカお嬢様、起こしてしまいましたか?申し訳ございません。」


ミアが慌てて頭を下げた。


「ううん、ありがとう。ずっと看病してくれていたんだね。」


「いえ、とんでもありません!一番ジェシカお嬢様を看病されていたのはマリウス様だったのですから。」


「そう・・・。それじゃ後でマリウスに御礼言わなくちゃね。」


するとミアが言った。


「そのマリウス様ですが、手紙を渡してきたメイドに謝ったそうですよ。冷たい態度を取ってごめんと。それでお詫びを兼ねて、その彼女と王都へ食事に行ったそうです。」


私はそれを聞いて感心した。

「へえー。マリウス、デートしてきたのね。やるじゃない。その彼女とうまくいくといいわね。応援してあげなくちゃ。」

 するとミアは妙な顔をした。


「お嬢様・・・もしや本気で仰ってますか?」


「うん、そうだけど?」


「お気の毒なマリウス様・・・。」


ミアはため息を付きながら言うのを私は黙って聞いていた。

そして、再び眠くなって・・・目を閉じた。



 私は夢を見ていた。

辺りは靄がかかり、視界が悪くて見通せない。一体ここはどこだろう・・・?

当てもなくさ迷い歩いていると、やがて徐々に周りが明るくなってきた。

そして開けた先には、淡いピンク色の空の下に咲く一面の真っ白い花々・・。

上空には巨大な島のような物体が浮かんでおり、城がそびえたっているのが見える。

あれは・・・まるで私が小説の世界で書いた魔界城のようにも見える。

ひょっとすると、ここは魔界なのだろうか?

 

 辺りには全く人の気配は無い。何処を目指しているのか、私はフラフラと無意識に歩いている。

どの位歩いただろうか・・・・白い花畑の中に1人の男性がこちらに背中を向けて立っている。

そうだ、あの人にここが何処なのか尋ねてみよう。私は徐々に近づくと、その男性に声をかけた。


「あの・・・すみません。ここは何処なのでしょうか?」


すると男性はこちらを振り向き・・・その顔を見て私は驚いた。


「ノ・・・ノア先輩?!」


「ジェシカ・・・。」


ノア先輩は私を見ると悲しそうに微笑んだ。そうだ、どうして今まで私はノア先輩の事をすっかり忘れていたのだろう?


「ノア先輩?何故こんな場所にいるのですか?ここは一体どこですか?」


するとノア先輩は今にも泣きそうな顔で言った。


「ジェシカ・・・駄目だよ・・・。君はこんな所に来てはいけない。」


「な、何言ってるんですか?ノア先輩、ここが何処かは分かりませんが私と一緒に帰りましょう!ダニエル先輩も待っているんですよ?」


しかし、ノア先輩は首を振ると言った。


「駄目だ、僕はもう皆の所へは戻れないんだよ。だって・・・・約束したから・・。」


「約束?一体どんな約束ですか?誰と約束したのですか?」


けれどもノア先輩はそれに答えずに言った。


「ジェシカ・・・・嬉しかったよ。君がここまで僕に会いに来てくれて・・・。だけど君はこれ以上この場所にいてはいけないよ。」


ノア先輩が余りにも切なげに笑うので、私は何故か無性に悲しくなってきた。


「だ・・・駄目ですよ・・。先輩を1人残して・・私だけ帰れるわけ無いじゃ無いですか・・・。」

私は下を向いてノア先輩の袖を握りしめた。

するとノア先輩は突然私の腕を掴み引き寄せると強く抱きしめてきた。


「ジェシカ・・・。」

ノア先輩は私の髪に顔を埋め、声を震わせている。先輩・・・もしかして泣いてる・・・?

やがて先輩は私からそっと身体を離し、言った。


「ジェシカ・・・元気で・・。」


そして先輩は私に口付けしてきた。

「!!」


直後、ノア先輩は私をドンッと突き飛ばす。途端に地面が割れて、私はその割れ目に落ちて行く。どこまでも、どこまでも・・・。

「ノ・ノア先輩ーッ!!」

私は落下しながら手を伸ばして必死で叫んぶ・・。


「ハッ!」

私は突然目が覚めた。物凄い汗を掻いている。そして身体をベッドから起こすと、私の心臓が何故か激しく波打っていた。

何だろう?すごく胸が締め付けられるように悲しい夢を見ていた気がする。

夢の中で私は必死で誰かの名前を呼んでいた。あれは一体誰だったのだろう・・・?

何も思い出せないのがもどかしくて仕方が無い。絶対に忘れてはいけない重要な夢だった気がするのに・・・。


「酷い寝汗・・・。」


私はベッドから起き上がるとシャワールームへ向かった。寝ている間に汗を沢山かいたせいだろうか?熱は下がったようで、体調はすっかり回復していた。


シャワーを浴びて、すっきりすると私は着替えを済ませ、部屋に戻ってくるとそこにはミアが待っていた。


「ジェシカお嬢様、良かったです・・・。もう起き上がれるようになったのですね?


「ええ、これもミアやマリウスの看病のお陰だね。今まで看病してくれてありがとう。」


ニッコリ微笑んで言うと、ミアは頬を染めて言った。


「そんな・・・勿体ないお言葉です。そう言えば、旦那様と奥様が先程お部屋にいらしたのですよ。何か大事なお話があったそうで・・・。今夜のディナーの時にお話をするそうですので、それまで休まれてはいかがですか?」


「うん、そうだね。それじゃ夕食まで休んでるわ。」


私が言うと、ミアは頭を下げるも、何か言いたげで部屋から出ようとしない。


「どうしたの?ミア?」


「あ、あの・・・実は先程からマリウス様が廊下でお待ちなのですが・・・・どうしてもジェシカ様にお会いしたいそうです・・・。」


ああ、マリウスか。そう言えば手紙を渡してきたメイドの女の子とデートして来たんだものね。それじゃ会ってもいいかな?


「うん、それじゃマリウスを呼んでくれる?」


私の返事を聞くと、ミアが元気よく返事をした。


「は、はいっ!ではすぐに呼んで参りますね!」


そしてミアが出てくと同時に、ほぼ入れ替わるようにマリウスが部屋の中に入ってきた。

マリウスはすっかりやつれ、憔悴しきっているようにも見えた。マリウスは私を見るなり、足元に跪くと言った。


「ジェシカお嬢様。体調がすっかり回復されたようで安心致しました。」


そして顔を上げると言った。


「お嬢様、私は今回の件に付きましてすっかり反省致しました。手紙を渡してきたメイドにも謝罪をし、お詫びとして一緒に食事もして参りました。なので、どうかお願いです。私を再びお嬢様のお傍に置いて下さい。」


私はそんなマリウスの様子を見て言った。

「反省・・・したんだね?」


「はい。」


「なら・・・いいよ。」


「え?今何と・・・?」


「だからもういいってば。明日からまた宜しくね?マリウス。」


「お、お嬢様・・・。」


マリウスは目をウルウルさせている。

「・・・それで?」


「それで?とは?」


マリウスは首を傾げている。


「今度はいつデートの約束したの?その女性とは上手くいきそう?」

私はわくわくしながらマリウスに訊ねた。

他人の恋バナは大好物なのである。


「お嬢様・・・。」


マリウスの顔が青ざめている。

「何?」


「お嬢様は、本当に私の気持ちに気が付いて無かったのでしょうか・・・?」


そして、がっくりとマリウスは膝を落とすのだった。

私はそんなマリウスを見て心の中で謝罪した。

ごめんね、 マリウス。貴方の気持ちはとっくに気付いているよ。

だけど私は―。

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