第3章 4 逃げたい私

 逃げるように建物を飛び出して、一度仰ぎ見る。

間違いない、やはりここは『逢瀬の塔』だった・・・。

でも一体何故?どうして私はアラン王子とあんな場所にいたのだ?しかもあの状況を考えると、絶対私はアラン王子と・・・・っ!

とにかく一刻も早くこの場を離れたかった。今何時かなんて気にしている余裕すら無かった。

 

 必死で女子寮へ向かって走っていると、中庭から突然声をかけられた。


「おや?ジェシカじゃないか?」


 心臓が飛び出るのでは無いかと思う位驚く私。い・・一体誰・・?

恐る恐る声の聞こえた方向を見て、今度こそ絶望的な気分になった。

何と、中庭に設置されたガゼボの中にノア先輩とダニエル先輩がそこにいた。

いつの間に2人はそんなに仲良しに・・・いや、と言うか何故こんなにタイミング悪く2人がいるのだろう。


 声をかけてきたのはノア先輩だった。


「どうしたんだ?ジェシカ。終業式はとっくに始まっているのに何故そんな大急ぎで君は走っているんだい?会場は反対方向だよ。」


あっ!そうだったっ!終業式・・・と言う事はもう11時を過ぎていると言う事だ。

ま・まずい・・・。脳裏に不機嫌そうなマリウスの顔が浮かぶ。


「そ、そういう先輩方はこんな所で何をしているんですか?」

声が上ずるのを押さえて、平常心を保ちながら問いかける。


「ふ~ん・・・。質問に質問で返すのは良くないなあ?」


 ダニエル先輩はつまらなそうに言う。・・・様子がおかしい。まるで初めて出会った時の様な態度だ。あ!もしかすると、2人はまだ完全にソフィーの魔術?から完全に抜けきっていない?だからノア先輩もダニエル先輩の態度も今までとは違うのだろうか?・・・2人が私に興味が無いのなら好都合。


「あんなくだらない終業式なんか出るはず無いだろう?出たところで女生徒達に囲まれて鬱陶しいだけなんだからね。それなら最初から式になんか出ない方がマシなのさ。」


ノア先輩は気だるげに言う。


「そ、そうですか・・・。それでは私は失礼します。」


頭を下げて、急いでその場を去ろうとするとノア先輩から声をかけられた。


「ちょっと待って。ジェシカ。」


ガゼボから出てきたノア先輩はいきなり私の腕を掴んで自分の近くへ引き寄せると言った。


「・・・男の匂いがする。」


「!!」

慌てて腕を振りほどこうとするが、ノア先輩の力が強すぎて振り払えない。


「へえ~。終業式に出ていないのはそういう訳なのか。」


ダニエル先輩は面白そうに言うと、ガゼボから出て来てノア先輩に掴まっている私を見下ろした。

くっ・・・な、何故私がこんな目に・・・。

私に近付いてきたダニエル先輩は突然私の首筋の髪の毛をすくいあげて呟いた。


「・・・キスマーク・・。」


その言葉にカッとなった私は思い切り2人を振り払うと首筋を手で隠して後ずさった。

顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていくのが自分でも分かった。

だ、大丈夫。私は25歳の大人の女だ。こんな事位日本にいた時に経験済みではないか。

なのに・・・何故、こんなにも羞恥心を覚えてしまうのだろう・・・。


「も、もういいですよね?十分でしょう?」

私は恥ずかしさの余り目を潤ませて2人を見上げる。


「「!」」


ノア先輩とダニエル先輩が一瞬私を見て固まった隙を見て、私は踵を返して女子寮へ向かって駆けだして行った。

これ以上誰にも会わないうちに早く、早く寮へ戻らないと—!

 


 どこをどうやって寮に戻って来たのか全く覚えていない。

気が付けば私は自室のドアによりかかり、へたり込んでいた。

あまりの驚きと、急激に走った為、心臓の動悸が激しくて苦しい。

スウ~・・・。

私は深呼吸して・・・時計を見る。時刻はもう12時になろうとしている。

もう終業式は終わっている時間だ。今から講堂に行ってもどうしようもない。


 がっくりと項垂れる。

ああ、よりにもよって大切な行事の終業式をさぼってしまうとは・・・しかも朝起きれなかった理由が・・・っ!おまけにタイミング悪くノア先輩とダニエル先輩に見つかってしまい、私が昨晩何をしていたのかがバレてしまった。

いくらお酒に酔って、記憶が全く無かったとしても、アラン王子と関係を結んでしまうなんて・・・っ!一生の不覚・・・・。

と、とに角シャワーを浴びて・・・昨夜の痕跡を消さなければっ!


どうせもう終業式は終わってしまうのだ。悩んでいても仕方が無い。そんな事よりも今はシャワーを浴びて身体を綺麗にしなくては、勘のいいマリウスに気付かれてしまう!

 今は時間が無いので、お湯に浸かるのは諦めるしかない。

念の為、服を全部脱いで大きな姿見で全身をくまなくチェックしてみる。


「だ、駄目だわ・・・。」

思わず声が震えてしまう。首筋意外にも身体のあちこちにキスマークが付いていた。

あまりにも衝撃的な現実・・・。

私はわざと熱いシャワーを頭から浴びると、必死で昨晩の記憶を思い出そうとしたが、サロンでお酒を飲んでいた時の記憶までしか残っていない。



私は自分が恐ろしくなった。酔ってしまえば誰とでも関係を持ってしまうような人間だったのだろうか?い、いや!それは絶対に無い!こんな事になったのはこの身体がジェシカの身体だからだ。絶対にそうに決まっている!

私は無理にでも自分を納得させた。・・・けれども・・。

「もう当分お酒飲むのやめよう・・・。」

私は心に誓うのだった。



 シャワーを浴び終えると、制服に着替えようとして・・・やめた。終業式の後は教室に一度戻り、始業式の説明を受けて解散となるからだ。

首まですっぽりと隠れるニットのセーターにロングスカートを履く事にした。

これだけ全身を覆うような服を着れば体に付けられたキスマークが見られることもないだろう。


この先・・・アラン王子に会った時にどんな顔をすれば良いのだろう?

よくも勝手に私にあんな真似をと言えば良いのか?いや、でもアラン王子はそんな卑劣な真似をするような男ではない。

なにせ、仮にもこの小説のヒーローなのだ。・・・だとしたら・・やはり私が同意した・・?そういう事になってしまうのか?

 

それにグレイやルークにバレていないだろうか?もし私とアラン王子の関係を知られてしまっていたら・・・?顔を合わせずらくなってしまう。

ここはもうアラン王子が誰にも言わない事を信じるしかない。


 だが、一番厄介なのはマリウスだ。何故マリウスが私に固執するのか理由は全く分からないけれども、もしバレてしまったら・・・私もアラン王子もただでは済まないだろう。その事を考えるだけで身体が震えて来る。


「もう何も考えたくない・・・。」

私はベッドにうつぶせに寝転がると考える事を辞めにした。


・・・ドアをノックする音が聞こえた。


「ジェシカ・リッジウェイさん。お部屋にいらっしゃいますか?」


「は、はい!」

私は急いで飛び起きた。どうやら少し眠ってしまっていたらしい。

ドアを開けると、そこには寮母さんが立っていた。


「貴女の従者の方からメモを預かっておりますよ。」


ついに来たーっ!私にとっての死刑宣告が・・・。


「あ、ありがとうございます・・・。」

振るえる手でメモを開き、恐る恐る中に目を通した。



ジェシカお嬢様。


大切なお話があります。

学院の中央広場に設置されているカフェにてお待ちしています。

今すぐに!お越しください。


貴女のマリウスより



ゾゾゾゾッ!

全身に鳥肌が立つ。嫌だ嫌だ嫌だっ!行きたくない行きたくない・・・でも行かなければ只ではすまない・・・。

ああ・・・胃に穴が空きそうだ。ジェシカの実家に戻ったら病院に行った方が良いかもしれない。

私はノロノロと防寒着を着ると、重い足取りで待ち合わせ場所のカフェへと向かった・・。





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