第2章 20 ノアの策略

「ルーク!」

その時の私は相当切羽詰まっていたのだろう。

気付けば私はノア先輩の腕を振り切り、ルークにしがみついていたのだから。

ルークは戸惑いながらも、私の背中に手をまわして、抱き留めてくれた。

きっと私のその時の顔はそうとう酷かったのだと思う。何故ならルークがとても心配そうに私を見つめていたからだ。


「また、君はそうやって他の男の元へ行ってしまうんだね・・・。」


ノア先輩の声は今までに聞いたこともない声色だ。まるで全てにおいて絶望しきったかのような。


「ねえ、どうしてそんなに君は僕の事を拒絶するの?僕はこんなにも君の事を欲しているのに・・・。」


まるで魂の抜けた美しい人形のような形相をするノア先輩。そしてこちらへ一歩づつ近づいてきた。嫌だ、怖い・・・っ!

「い、嫌!来ないで!!」

気付けば私はルークにしがみつきながらノア先輩に向かって叫んでいた。恐怖で身体が震えている。そんな私を見るとルークは安心させるかのように私の背中を撫でながら言った。


「大丈夫だ、俺がついている。必ず勝つから。だから・・・安心しろ。」


ルークは一度だけ私を強く抱きしめると、まるで庇うようにノア先輩の前に立ちはだかった。


「どうなんです?飲み比べ・・・代わりに俺じゃ駄目ですか?既に俺はもう相当酒を飲んでいます。圧倒的に有利なのは貴方ですから。」


「ふ~ん・・・。君が彼女の代わりに僕と飲み比べをするって言うのか・・・。」


ゾッとする笑みを浮かべるノア先輩。


「それでも別に僕は構わないよ。でも、もし君が負けたら最初の話通りに彼女を僕の物にするからね・・・。それもすぐに。」


その言葉に私はビクリとする。どうしよう。ノア先輩は本気だ・・・!


「あれえ・・・もしかして震えてるのかな?怖がる必要は無いよ。うんと優しくしてあげるからさあ。」


のんびり話すノア先輩。

私の怯えを察知したのか、ルークの背中越しにいる私に楽し気に言うノア先輩は狂気すら感じる。怖くて顔を見る事すら出来ない。ルークは背中越しに私の震えを感じたのか、優しく言った。


「大丈夫だ、安心しろ。絶対にお前に指1本触れさせはしないから。俺を信じろ。」


ルークは私の両肩に手を置くと真剣な瞳で言った。うん、きっとルークなら信じられる・・・。私は無言で頷いた。




「それじゃ、始めようか?」


ノア先輩は不敵な笑みを浮かべると言った。二人はテーブル席に向かい合って座っている。戦利品?の私はルークの隣に座って勝敗の行方を見守る事になった。

気が付けば、いつの間にか周囲には沢山の男性ギャラリーが集まっている。


 ノア先輩の声を合図に、2人の飲み比べが始まった。

小説の中の彼は、非常にアルコールに関しての知識が強く、また飲む方に関しても強かった。今まで飲み比べをして負け知らずと言う事になっている。

しかし、一方のルークはモブキャラ扱い。アルコールに強いかどうかも分からない。

けれども私がサロンにやってくる3時間も前から飲んでいたとなると、恐らく相当強いのだろう。だがしかし、それだけ勝負は不利だと言う事になる。だってノア先輩は勝負が始まるまで一滴もアルコールを口にしていないのだから・・・。


 2人の前に運ばれてくるアルコールを、まるで水のように飲みほしていくノア先輩とルーク。見ているこちらが悪酔いしそうな勢いである。

飲み続けて40分が経過しても、2人とも全く酔った風味は見えない。

す・すごい・・・。


しかし、徐々にノア先輩に焦りの色が見え始めてきた。一体どういう事なのだ、こんなはずでは無かった等と訳の分からない事をブツブツ小声で呟きながら飲んでいる。

ノア先輩は一体何を言ってるのだろうか・・・。私が勝負を見守っていると、突然肩を叩かれた。

振り向くと、そこに立ってたのは先ほどノア先輩に酷い事を言われていたバーテンだった。


「あの・・お客様、少しだけよろしいですか?」


呼ばれた私はバーテンの後ろに続き、店の奥へと案内された。



「え?睡眠薬ですか?!」

バーテンの突然の告白に私は驚いて声をあげた。


「しっ!ここだけの話にして下さいね。」

バーテンは口に1本指を立てると、辺りをキョロキョロ見渡した。

やがて誰にも聞かれていない事が分かると、ポツリポツリと話し始めたのである。


 ノア先輩はこの店の常連で、爵位も高い。その美しさから「サロンの貴公子」と言われていた。そんな彼は女癖も悪くサロンでお気に入りの女性を見つけては、声をかけてきた。口が上手く、外見も美しい彼は一緒に飲むのを断られた事など1度も無かった。そしてわざと強くて飲みやすいカクテルを相手の女性に勧め、時には睡眠薬を混入し、酔いつぶれた所をノア先輩が個人で所有している<秘密の隠れ家>に連れ込んでいたらしい。


「そんな・・・それじゃ、もしかして・・。」


「申し訳ございません!!」

バーテンは深く頭を下げた。


「こうでもしないと・・・私をクビにするとおっしゃったので・・・!」


でも私は震えているバーテンを責める気にはなれなかった。だって彼はノア先輩に脅迫されて仕方なく手を貸したのだから。

それに、女性達からは今迄一度も被害届が出た試しがないらしい。恐らくは半分は合意の上の事だったのだろう。


となると、問題はルークの方である。ひょっとしてルークのアルコールに・・!


「・・はい、すみません。仕込ませて頂いておりました・・・。」


バーテンは可哀そうな位震えながら私の前で立っている。流石に哀れに感じた私は言った。


「・・もういいです。気にしないで下さい。私はルークを信じています。きっとこの勝負に勝つ自信があったから、私を助けるために名乗り出てきてくれたのだと思うんです。」


私はテーブルに座って飲み比べの勝負に挑んでいるルークを見つめながら言った。


「すみません!ここからは私の信念に従って行動させて頂きます。」


バーテンは言うと小さな錠剤を取り出した。


「これは?」


「強力な睡眠薬です。これを今からノア様のアルコールに仕込みます。」


「え?でもそんな事をしてもどちらがこのカクテルを飲むか分からないのに大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です。実はこちらの睡眠薬は非常に特殊な物でして、今まで睡眠薬を口に入れていた方には、その効果を打ち消し、睡眠薬を摂取していなかった方には

強烈な眠気を引き起こすと言われている睡眠薬です。」


まさか、そんな睡眠薬が存在しているとは・・・・。しかも聞くところによると、この薬を作ったのは薬膳ハーブ師の倶楽部メンバーだと言う。

私はますますこの倶楽部に興味を持った。うん、落ち着いたら絶対にこの倶楽部活動を見学しようと心に決めた。


 バーテンは2つのグラスにそれぞれ睡眠薬を混入すると、さっと混ぜた。

薬は一瞬で解けてなくなる。


「では、カクテルを出して参りますね・・。」


バーテンはトレーにカクテルを乗せると、ルークとノア先輩の元へと向かい、グラスを置いた。


 互いに睨みあって、グラスを煽るルークとノア先輩。

やがて・・・テーブルに突っ伏して眠ってしまったのは、ノア先輩だった。

ついにルークは勝ったのだ。


「ふう・・・。」

ルークは飲み終わったカクテルをテーブルに置くと椅子に寄りかかった。


一方のノア先輩は後輩たちに担ぎ上げられ、ホールのソファ席に運ばれてそこで静かな寝息を立てている。


「ルーク・・・。ありがとう・・・。本当に・・。」

私はルークの前に立つと言った。


「言っただろう?必ず勝つって。」


ふっと笑みを浮かべるルーク。彼は私の恩人だ。感極まった私は気付くとルークの胸に飛び込んでいた。


「・・・・!」


私の取った行動にビクリと身体を震わせたルークだったが、やがてそっと私の背中に腕を回し、優しく抱きしめてきたのだった―。





 












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