第2章 1 女の闘い?
「う~ん・・・。」
私はベッドの上で何度目かの寝返りを打った。ふっかふかのベッドは寝心地が良すぎて起き上がりたくない。目が覚めたら元の生活に戻っているだろうと高を括っていた私は軽く絶望を感じた。
「今日からは規則正しい生活を送らないとならないんだよね・・・・。」
布団の中で溜息一つ。
会社に勤めていた頃は毎朝6時に起きて時間になると出勤していたのだが、在宅勤務になってからはすっかり怠惰な生活になっていた。酷い場合は昼夜逆転になっている事もしばしば。でもすごく楽な生活だった。
それなのに本日からはしっかり時間に管理された生活を送らなければならない。
25歳にもなって学校の寮生活・・・・有り得ない。
私はベッドサイドに置かれた時計を見た。時刻は6:20を指している。
朝食の時間は7時からなので、そろそろ起きなければならない。
いつまでも布団の中にいては二度寝してしまいかねないので、私は観念して起き上がる事にした。
今私が着ているナイトウェアはジェシカの私物にしては比較的落ち着いたデザインだが、それでもサテン系のツルツル滑るネグリジェは落ち着かなくてしょうがない。
大体私はパジャマで無ければ落ち着いて眠れない体質?なのだ。
仕方無い。今度の休みの日に町迄買いにいく事にしよう。ついでに手持ちの服も全て売り払ってしまおう。そしてそのお金でもっとラフな着心地の良い服を買い換えようと考えた。どうせ普段は制服で過ごす訳だから後5日間の辛抱・・・。
それにしてもこの学院の制服は着にくくてしょうがない。何せ複雑なデザインをしているのだ。肩章に取り付ける飾緒の付け方もよく分からない。コスプレマニアが見たら泣いて喜ぶデザインかもしれないけれど、実際着る身にしてみれば、御免こうむりたい。
20分近く悪戦苦闘してようやく制服を着る事が出来た。
あ、しまった。先に顔を洗えば良かった。顔を手早く洗い、ジェシカの私物から化粧水等を捜し出して顔にピシャピシャ塗り、軽い薄化粧を・・・しても良いのかな?まあいい、注意されたら、その時はその時だ。
軽い化粧を終えて改めて私は自分の顔をじっと見る。・・・・我ながら物凄い美人だ。口元のホクロがまた大人びた色気を出している。う〜ん、本当にこれで18歳なのだろうか?25歳の私の方がむしろ幼く見える。
そんな時、7時のチャイムが寮に響き渡った。この学院は朝食のみは寮のホールで食事するようになっている。
部屋から出ると既に他の女生徒達がぞろぞろと1階にあるホールへと向かっていたので、私も彼女達の後に続いた。
ホールに着くと女生徒達は各自仲良しになったグループ同士で料理の並んだテーブルをまわり、楽しげに食事をしている。
ここの寮の朝食はバイキング形式になっている。これまた、私のお気に入り設定だ。
トーストやサラダ、ベーコンやフルーツ等を適当にトレーに置いた皿に乗せると誰もまだ座っていないテーブルに着席した。特にまだ親しい友達がいない私にとっては無理に慣れ合う位なら空いてるテーブルに1人で着いた方が気が楽だ。
・・・第一この世界に来てしまった私にとっては貴族令嬢たちの会話なんて分からないしね。
席に座って食事を取り始めていると、やはり私同様まだ親しい友達がいないのか1人でホールに現れた女生徒が現れた。彼女は朝食の乗ったトレーを手に持ち、遠慮がちに隣に座って良いか私に尋ねてきた。そこでどうぞと答えると、何故か非常に喜んでいる。そして気が付いてみるといつの間にか10人程の女生徒達が私の周りに集まってきていたのだ。
モクモクと食事を進めていると、心なしか彼女達の視線が私に集まっているように感じる。
・・・・気のせいだろうか?
朝食を食べ終え、食後のコーヒーを飲み終わった私は席を立とうとすると、初めに声をかけてきた女生徒が突然話しかけてきた。
「あの・・・ジェシカ・リッジウェイ様ですよね?」
「はい、そうですけど?よく私の名前をご存知ですね。」
私はお嬢様言葉で答える。
「はい、貴女は有名人ですから。あ、申し遅れました。私メアリー・ヒックスと申します。リッジウェイ様とお近づきになりたくてお声をかけさせて頂きました。」
はにかみながら自己紹介する女生徒。
「メアリー・ヒックス様ですか?こちらこそよろしくお願いします。」
私も歯の浮きそうな言葉遣いに作り笑いで形式上の挨拶をする。はて、メアリー?
メアリー・・・駄目だ、分からない。
きっと彼女もモブキャラだ。
するとメアリーの声掛けを合図に、私と同じテーブルに着いた女生徒達が次から次へと私に挨拶をしてくる。やっぱりどの名前も聞いたことが無いし、私のキャパを超えている。
「あの時のスピーチ、素晴らしかったですわ。」
「女性で新入生代表に選ばれるなんて尊敬致します。」
「リッジウェイ様はお美しいだけでなく、頭脳も明晰でいらっしゃいますのね。」
等々、もう賛辞の嵐だ。
「いえ、それ程でも・・・・。」
ここは笑ってごまかすしかない。しかし、話は徐々に違う方向へ向かっていった。
「ところで、あの美しい銀の髪の男性とはどのような関係なのでしょうか?」
「お二人はお付き合いされてるのですか?」
「アラン王太子様と随分親密にされていたようですが、お知り合いですか?」
「生徒会長様とお二人で仲良さげにされてましたね。」
・・・うん?何だか会話の流れが・・?
やがて一人の女生徒が代表?して私にとんでもない事を言って来た。
「あの・・・出来れば私達もあの方々と親しくなりたいのでお仲間に入れて頂けますか・・・?」
やっぱりそうきたかー!!
そんなに彼等と親しくなりたいのなら私を介さないでよろしくして欲しい。マリウスは仕方が無いとして、私としてはこれ以上アラン王子や生徒会長とは関りを持ちたくないのだから。しかしどのように伝えれば彼女たちの気分を害さないで断れるか?
妙な言い方をして私は内部に敵を作りたくはないのだ。私の目標は4年間目立たず、ひっそりと学院生活を送り、卒業後は誰の世話にもならず自立して生活する事だから。
答えに窮していたその時。
「貴女方、何を騒いでいるのですか?」
そこに立っていたのはナターシャ・ハミルトン。彼女の後ろには昨日紹介してもらった他の女生徒達もまるで彼女の家臣の如く控えている。おや・・・この状況は・・?
何だか嫌な予感がする。ちなみに私の小説にはこんな展開は無い。
ナターシャの一言で騒いでいた彼女たちは一瞬で静かになった。よく見ると彼女たちは小さく震えている。もしかするとこのナターシャと言う女性は有名人なのかもしれない・・・。
「貴女方は、ジェシカ・リッジウェイ様がどのような人物の方なのか、お分かりになっているのですか?」
うわ・・・何だか怖い雰囲気だ。ナターシャってこんな人物だったのかな?迫力ありすぎ。
「メアリーさん?どうなのですか?」
ビクッとメアリーの肩が跳ねる。これは相当怯えているね。
「い、いえ・・・。存じ上げません・・・。」
消え入るような声で言うメアリーの表情は何だか今にも泣きそうに見えた。
そんな彼女を呆れるように見るナターシャ。ねえねえ、ちょっと見てるこっちが怖いんですけど・・・・。
「このお方は侯爵家の爵位を持つお方、男爵家である貴女方が気安く声をかけて良いお方ではありませんよ?」
「!」
メアリーを含め、その場にいた女性と全員が驚いたように息を飲むのが分かった。
まるで黄門様のお付きの人が言うような台詞を言う人だなあ・・・。私は他人事のようにその様子を眺めていた。だって仕方が無いよ。私は昨日突然この世界にやってきたばかりだし、自分で小説の中で爵位については記述したけど日本人の私にとっては爵位の事等さっぱり分からないのだから。
「も、申し訳ございませんでした・・・・。」
彼女たちは今にも泣きそうな顔で私に謝罪してくる。私がこんな表情させたわけじゃ無いけど、何だか罪悪感を感じる。一方、その様子を涼しい顔で見つめるナターシャは何を考えているのか分からない。
―本当に私は無事にこの学院を卒業する事が出来るのか・・・前途多難だ。
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