メルシュ博士の推察

コラリスは首輪をつけられ、近くの住宅から拝借してきた物置を改修した小屋にリードで繋がれて飼育されていた。その様子を見ていると様々なことが分かってきた。


コラリスには自分がリードによって繋がれているということが理解できないようだった。リードの届く範囲以上に行けないということが理解できないだけでなく、リードの存在そのものを認識していないようなのだ。それ以上行けないとなると体の向きを変え別な方向に行こうとしてやはりリードによって制限され、また別の方向に行こうとする。延々とそれを繰り返すのである。


また、動き回るのは食料を求めてのことであるらしく、動き出したところで餌をもらって満足するとその場にとどまり、虚ろな表情で中空をただ見詰めているだけだった。


さらに興味深いことに、コラリスは排泄を一切行わなかった。人間は普通、食事を摂らなくても死んだ腸内細菌の死骸を大便として排出するのだが、それすらないのだ。そこでメルシュ博士は観測用マイクロマシンをコラリスの肛門からグリセリン液と共に注入。すると注入されたグリセリン液そのものが腸壁から吸収され、排出されることがなかった。その様子がマイクロマシンを通じて観測され、どうやら既に腸内細菌そのものが体内に取り込まれてしまい殆ど存在しないということが分かってきたのだった。精々、皮膚にいる常在細菌程度の数しかいない。


しかも、食べたものは小腸に届く前に完全に分解、人間なら本来は利用せず排出してしまう成分まで分解、小腸で吸収されていた。しかもその分解を行っているのは腸内細菌ではなく、CLSウイルスが胃壁や腸壁に形成した微小なコロニー様の器官であり、元々腸内にいた腸内細菌もそれによって分解、吸収されてしまったと推測された。


つまりCLS患者は、食べたものを一切無駄にしない、恐ろしく効率のいい肉体に変化していたのである。これは固形物だけでなく、水分でさえそうだった。腎臓は老廃物をろ過する器官ではなくなり、本来なら老廃物として排出されるものさえCLSウイルスによって分解、再利用され、きれいになった水分は再び体内を循環する。


それでもなお利用しきれなかった物質等については皮膚組織に蓄積され、垢として排出されるのが分かった。その量はごく僅かなものでしかなかったが。


それを実際に観測したメルシュ博士は感嘆の声を上げた。


「素晴らしい! これは、宇宙船内等の限定された環境に適応する為の理想的な肉体だ! こんなものが生物が生存するのに十分な余裕のある環境下で自然発生するなど信じられん!!」


その言葉にリリアテレサが反応する。


「それはつまり…?」


リリアテレサの問い掛けに、メルシュ博士は興奮したように答えた。


「これは、人為的にコーディネートされたウイルス型の<装置>である可能性が高いということだよ、リリアテレサくん!」


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