メルシュ博士のマッドな情熱

京衛武百十

ある科学者の死

「メルシュ博士、お止めください! ここから先への接近は禁止されております。これは命令です! 命令に従っていただけない時は実力行使もありえます!!」


惑星リヴィアターネに向けて航行中だった個人用宇宙船に対し、リヴィアターネを封鎖中であったロボット艦隊からの警告が発せられていた。しかしその宇宙船は警告を完全に無視、絶対封鎖線を突破し、厳重監視区域内へと侵入してしまったのだった。


実力行使もありえるとまで警告していたにも拘らず、ロボット艦隊が何故そうしなかったのかと言えば、リヴィアターネを出ていく者に対しては容赦なく攻撃するように命令されているが、入ろうとするものに対しては攻撃等の許可が出ていなかったからである。ちなみに、出て行こうとするものに対しては警告すらしない。射程に入り次第、淡々と攻撃に移るだけである。


そう、惑星リヴィアターネは、入ることは出来ても出ることは決して許されない場所だった。人類史上未曽有の大惨事となった事件の舞台であるが故に。




惑星間航行技術を確立させて既に二千年。その活動範囲を銀河系全体へと広げていた人類は、多くの惑星を開拓、開発し、人間が居住可能な環境へと作り変え、次々と移住を行っていた。


そんな中、<星歴>一九九六年に発見された惑星リヴィアターネは、人類に大きな衝撃を与えた。なにしろそれは、何も手を付けなくてもほぼ地球と同じ環境であったのみならず、明らかに人工物、いや、紛れもなく地球人類以外の手による住居跡が遺跡として残されていたのである。


文明レベルとしては精々西暦一〇〇〇年前後頃の地球程度と推測されたが、初めて明確な形で確認された地球人類以外の知的生命体の痕跡に、発見当時は大いに盛り上がりも見せたのだった。


綿密な調査が行われ、大規模な惑星改造の必要もなく即移住可能であることが改めて確認され、また遺跡がある意味では観光資源になるとも期待されたが故に移住希望者が殺到。かつてない規模での移住が開始され、僅か十年で一億人を超える入植者を数えることとなった。


惑星リヴィアターネは急速に開発が進み各地に都市を形成、まさに本当に意味での<第二の地球>ともてはやされたのだった。


<あれ>が発生するまでは……




それは、風土病のようなものであったのかも知れない。現在も研究中であり完全なことは判明していないものの、生物にとっては、特に、<脳>を持つ生物にとってはあまりにも危険な病だった。


偽生症(Counterfeit Life Syndrome)=CLSウイルスと名付けられた病原体により発症するそれは、非常に乱暴に噛み砕いて言えば、<生物をゾンビ化する病>ということになるだろうか。ウイルスとは呼ばれているが実際にはウイルスとは断定されていない。なにしろそれはウイルスと細菌両方の特性を併せ持ち、人間なら数秒で即死するレベルの放射線を浴びせるか、摂氏三百度以上の高温で数十秒焼くかしないと死滅しないという、いかなる薬品も化学物質も受け付けない、それまでの常識が全く通用しない未知の<何か>であり、それが生物の体内に入ると神経細胞内で増殖、特に脳細胞で爆発的に増え、細胞組織を破壊しそれを資源としてカビのコロニーのようなものを生成、生物の脳と置き換わってしまい、それが肉体を操るのである。


つまり、脳や神経を食われ元々の生物しては完全に死んでいるが、その肉体だけが全く別の生物様の<何か>として活動を続けるということだった。ゾンビという言葉を使ったのは、このためである。外見上も破損や腐敗が見られ、映画等に出てくるゾンビそのものの<動く死体>と化すという訳だ。


しかもこのCLSウイルス、接触、粘膜、空気、経口等々のあらゆる経路で、僅か数個のウイルスが体内に入るだけで感染し、しかも発症率もほぼ百パーセント。感染・発症までの時間も、短ければ数十分。長くても数時間で発症し、ワクチンを作る手掛かりさえ掴めていないという恐ろしいものだったのである。


それ故、総合政府は、惑星リヴィアターネそのものを完全封鎖。ロボット艦隊により上空百キロから地上を爆撃。すべての都市を破壊しつくした後、爆撃を行ったロボット艦隊すら念の為にと地表へと墜落させ投棄し、容赦ない封じ込めを行ったのであった。


既に一億人を優に超える民間人が入植していたにも拘わらず、パンデミックが起こる以前にリヴィアターネを所用で離れていた僅か数人の生存者を残し、リヴィアターネは死の星と化したのだった。


人類はその惨劇を恐れるあまりタブー視するようになり、リヴィアターネの名を出すことすら憚られる空気が出来上がっていった。


が、いつの時代にもそういう空気を読まず、それどころか他人が恐れるものの正体こそ解明したいと意欲を燃やす者はいて、CLSウイルスを研究したいという科学者も後を絶たなかったのだった。


とは言え、リヴィアターネに降りれば即死亡。封鎖区域外から遠隔操作のロボットを使っての研究しか許されず、CLSウイルスの謎を解き明かすという部分では遅々として進まなかったのだった。


そんな訳で、そういう状況に焦れる過激な発想を持つ者も現れるのもある意味では自然なことだったと言えるかも知れない。


生物・遺伝子・遺伝子工学・生物ロボティクス分野の鬼才と呼ばれたアリスマリア・ハーガン・メルシュ博士も、まさにそういう科学者の一人だった。


彼女は、一言で言えば<マッドサイエンティスト>である。自分の興味のあることならどんなことでも熱中し、しかもその為の手段を選ばないという、倫理観が致命的に欠落した人物で、それが故にこれまでにも数回、違法な人体実験等の罪状で服役したことがある、才能とは裏腹に社会からは非常に危険視されている人物でもあった。


実は、ロボット艦隊がリヴィアターネに向かう彼女を実力行使で止めなかった理由も、この辺りにある。要するに厄介払いがしたかったのだ。だからロボット艦隊を指揮する総合政府は、彼女を無理に止めなかったと言ってもいいだろう。制止したというアリバイ作りさえ出来ればよかったのである。


当の彼女も、その辺りは承知の上だった。おそらく自分はこの研究で死ぬであろうことは百も承知だった。だが、好奇心が抑えきれなかったのだ。


そして彼女は、宇宙船に搭載されていた着陸船で地上へと降下。様々な観測・測定の為の機器を身に着け、リヴィアターネの地へと降り立ったのだった。生身のままで。


案の定、ほんの一時間後には彼女は死んで、観測・測定用の機器をまとった、黒髪で長髪、眼鏡の美人CLS患者となってリヴィアターネの地を徘徊することになったのであった。


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