第104話 蒼の狙撃手

 銀の弾丸は、突如現れた闖入者だ。遠い空を見上げ、荒國は叫ぶ。

狙撃手スナイパーか!?」

 好機だ。降って湧いたチャンスを、カヤオは決して見逃さなかった。

「よそ見をするな!!」

 二本目の足を落とす。二本の足では巨大な下半身を支えることなどできず、荒國は派手に転倒した。カヤオはすかさず二の太刀を放つ。

「舐めた真似を!!」

 用をなさない二本の足を捨てたのだろう。荒國は虫の死骸のように足をたたみ、胴体を狙う斬撃を凌いだ。

 更に反撃。生身の腕でカヤオの足を掴み、動きを止めて畳み掛ける。頭上から迫る巨大な鋏。

「ツヴァイク!」

 カヤオは吠えた。右手のスロットルを回し、左手でレバーを前後。甲高い音を立ててチェーンが速度を上げる――変速機だ。

 ギアを上げた一撃で、鋭い攻撃を真っ二つに切り裂く。更に返す刀でもう一閃。

 ついに生身の肉体を貫かれた荒國は、虫の息ながらに笑みを浮かべる。

「ふ、ふ、ふ……なるほど、なかなか……侮れんものだな……」

 傷口から光を噴き出し、生身の四肢がひび割れていく。無残にも崩れ行く顔面は、しかし湛えた笑みを消す素振りすら見せない。

「カグヤ様に……伝えねば……」

 存在するための力を使い切り、薄れていく仮初の肉体。もはや留まることもできず、中空へと揺蕩う。

「この時代……我々の敵は……遥かに多い……」

 彼がなぜ笑っていたのか、旭には最後まで理解できなかった。

 それにしても、あの捨て台詞は一体。

「この時代、と言っていたな……。やはり、古い時代の亡霊だろうか」

 ルディの考察に、暁火も頷く。

「それに、カグヤって言ってましたよね。あれってやっぱりかぐや姫のことなんでしょうか」

「かぐや姫?」

 耳慣れない単語に、ルディは首をかしげる。光る竹やカグヤなどの単語から即座にかぐや姫を思い浮かべるのは、日本人ならではの感覚なのだろうか。

 とはいえ彼女は博識だ。 民話などにも堪能なことを鑑みれば、オーソドックスな古典を外しているとも思えない。まるで知らないということもないだろう。

「竹取物語って知ってますか?」

 正式名称を耳にして、初めて彼女は頷いた。

「……ああ、それか」

 が、あの物語を知る者であれば誰もが必ず辿り着く。

「だがな、あの話にあんなのは出てこないだろう」

 故に話は堂々巡り。ならばこの際、相手の正体など捨て置くべきだろう。旭は考え口にする。

「ところで、さっきの狙撃は一体なんだったんでしょうね」

 話の腰を折った旭は、あえてカヤオにそう訊ねた。誰もが予想だにしていなかったあの一撃を、彼は間近で見たにも関わらず、最大限の恩恵を受けたにも関わらず、少しも驚いた様子がなかったのだ。

 故に。

「ああ、あれは多分……」

 彼には心当たりがあった。

「ウチの増援だよ。スナイパーを頼んだからね」

 そういえばそんな話もあった。完全に自分で戦うつもりになっていた旭は、心強い味方の存在に胸を躍らせる。一体、どんな人が来てくれるのだろうか。

「こっちが見えてたってことは、多分そろそろつくと思うよ」

 彼の言葉通り、それから程なくして林の入り口に霊柩車がやってきた。ずいぶんと不吉な社用車だが、曰く衆目を遠ざけるための措置らしい。これまで見てきた霊柩車にも、彼らが紛れていたのだろうか。

 閑話休題。

 黒塗りの扉を開いて現れたのは、意外な姿だった。

「オーケイ、お疲れさまでした」

 だ。

 助手席から降り立ち、運転手に労いの言葉をかける。そのまま走り去る車を見送ったのは、背の高い女性だった。

 ミディアムショートの金髪を揺らし、彼女はこちらへ振り返る。

「大変お待たせ致しました。私は掃儀屋実行部機動歩兵課のフラシュ・シュート=ブラン・武酉と申します」

 首から下げた社員証をゆらゆらと揺らす。堅苦しい口調とは裏腹に、気さくな態度で彼女は言った。

「本日は、光る竹林ちくりんの調査ということでお伺いしましたが……すでに動きがあったようですね」

 それからカヤオに視線を向け、黒いスーツの内側からメモを取り出す。

「さっきのは?」

「わからない。名前は荒國って言うらしいんだけど……」

 カヤオの言葉に、彼女は眉をひそめる。

「……荒國?」

「知っているのか武酉」

「確か、ウチに仕えてた人の中にそんな名字があったような……」

 仕えるときた。現場対応を任されているようだが、これでもやんごとない血筋の人なのだろうか? とはいえ、ルディほど高貴な血を引いているわけではないだろう。旭は謎の対抗意識を燃やす。

 なにはともあれ、使える情報は多いに越したことはない。

「そいつ、カグヤ様がどうのこうのって言ってたんだけど、それは知ってる?」

「カグヤ……カグヤ……どこかで聞いたことがあるような……。わかんないから、後で親にでも聞いておくよ」

 引き継ぎを終え、彼女は再び旭に視線を向ける。

「ところで、あなたがくだんの……ええと、ヴィルデザイアの装者の方ですか?」

 話は通っているらしい。旭はコクリと頷いた。

「はい」

「この度は、度重なるご助力をいただき誠にありがとうございます。マガツとの戦いでは八面六臂の大活躍をされたと聞き及んでおりますが……」

 深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べる。面と向かって言われると、なんだか照れくさいものだ。

「い、いえ、それほどでも……」

「ご謙遜なさらないでください。お若いのに、とても立派なことですよ」

 褒められてすっかり気持ちよくなった旭は、ベラベラと語り出す。

「た、大したことないですよ……たまたま、本当にたまたま……運が良かっただけっていうか……いや、これは運が良いって言うのかな……まあいいや。その、偶然ルディさんに会ったから……」

「なるほど……ドラマチックな出会いがあったのかな?」

 そんな上等なものではない。あれは――

「えっと……うわっ」

 ルディに肩を掴まれ、ぐいと乱暴に惹き寄せられた。

「あまりベラベラ喋るな」

 言われて、旭は初めて気づく。目の前でニコニコ笑顔を浮かべている彼女は、ごく自然な流れでヴィルデザイアに関する情報を引き出そうとしていたのだ。褒め殺しからの誘導尋問(誤用)とは、まったく呆れるほどに有効な手段である。

目論見が露見したところで、フラッシュは顔色ひとつ変えなかった。

「とりあえず……この場は私達が引き受けます。お疲れでしょうし、皆様は一旦帰っていただいて大丈夫ですよ」

 旭はルディに視線を向ける。

「どうします?」

「邪魔しちゃ悪いだろ。素人はとっとと帰るぞ」

 彼女はフラッシュを警戒しているようだ。疑うべくもない相手だとは思うが……さりとて手伝えることがあるとも思えないので、旭は素直に従った。

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