第101話 バンブービーコン

 真彩と合流し、竹林を探索する。

 鬱蒼と生い茂る竹によって陽の光が遮られているはずなのだが、林の中はとても明るい。

 なぜなら、無数の竹が輝いているからだ。

「まさかほんとに光ってるなんてなあ……」

 光る竹を撫でながら、カヤオがぼやく。

 謎の発光は、竹の内部に仕込まれた電子回路によるものだ。ほんの小さな基盤一枚。電源は、とても一般的なボタン電池LR44。しかし切ってなにかを入れたような跡はなく、誰がなんの目的で、どのように実行したのかは検討もつかない。

 怪異の仕業と決めつけてしまえばそれまでだが……。

「竹の中にLEDを仕込む妖怪なんて、聞いたことも見たこともない。そもそもLEDで引っかかるデータベースはゼロ件だ」

 言いながら、カヤオはなにやら無骨なタブレット端末をつついた。掃義屋では、怪異のデータをすぐに参照できるようになっているらしい。プロだな……。

 だが、記録にないものが必ずしも存在していないわけではない。記録とは、知識の集合体だからだ。

 特に幽霊は個人であり(故人だけに)、行動範囲も狭い。誰にも知られずひっそりと過ごしているもののほうが多いだろう。

「エンジニアの幽霊とかかなって思うんだよねえ」

 真彩の推察に、旭も同意する。

「ですよね。ルディさんはどう思います?」

 もうひとりの専門家は、しかし首を横に振る。

「機械が絡むと専門外だ。よくわからん」

 それもそうか。

 逆に、意外な人物が名乗りを上げる。

「これ、なんかおかしくない?」

 暁火だ。先程から基盤を眺めていた彼女は、なにやら首を傾げていた。

「おかしいって?」

 訊ねると、彼女は旭に電池の抜かれた基盤を手渡す。見てもよくわからないので、なにがおかしいのかも判断できない。

「私もよくはわからないんだけど、光らせるだけならもっと単純なやつでいいじゃん。電池に繋げばLEDは光るんだし」

 言われてみれば確かにそうだ。ただ光らせているだけのはずなのに、この基盤には数多の電子部品が取り付けられている。

 横でそれを聞いていたカヤオが、タブレットから目を離した。

「それ、ちょっといいかい?」

 旭から基盤を受け取り、じっと見つめる。裏表を何度か往復した後、彼はこう結論づけた。

「やけに明るいから、てっきり増幅回路かなにかだと思ってたけど……違うみたいだ。光る以外に、発信機みたいなものがついてる」

「発信機……ですか?」

 旭は訝しんだ。発信機ということはつまり、竹に埋め込まれたこの機械が、どこかに向かって電波を発しているということになる。

「うん。それも、このサイズにしては異様に強い……というか、そうだな。ちょっと、さっきの電池を貸してくれるかい?」

 暁火がポケットから電池を取り出す。眩しいので引き抜いていたのだ。

 受け取ったカヤオは、一旦車に戻って工具箱を持ってきた。なにやら配線の伸びた小さな機械デジタルテスターを持ち出し、電池に当てる。

「うわ、すごいなこの電池。二十四ボルトも出てる」

 普通の電池を遥かに超える電圧は、それ自体がスピリチュアルなアイテムであることを示していた。

 ……が、それ以上に気になることがひとつだけ。

「ていうか、そんなもの持ち歩いてるんですね」

 旭の好奇心に、カヤオは苦笑を返す。

「結構あるんだよ。怪現象って言われて現地に行ってみたら、全然関係なかったってこと。コンセントが壊れてたり、家が傾いてたりね」

 理解できない。

「電気がつかないなら電気屋さんに頼めばいいのに……」

「そういうの、よくわかってない人も結構居るからね」

 餅は餅屋とは言うが、求めるものが本当に餅であることが判断できない人もまた多いということか。占いが廃れないのも頷ける。

「そういうのって、電気屋さんにお願いし直すんですか?」

 旭の好奇心は尽きない。湧き水のように、後から後から溢れ出る。

「基本的にはね。ただ、俺はある程度できるから、自分でやっちゃうこともあるかな。隊長も勝も苦手だから、すぐ俺に連絡してくるんだ」

 思ったより凄い人だった。

 小太りで機械に詳しい。いわゆるステレオタイプなのイメージだ。

 掃儀屋三人衆の使いっぱしりぐらいに考えていたのだが、認識を改めなければならない。

 旭が失礼なことを考えている間、真彩は新たな発見をしたようだ。後ろ手にクイクイと手招きし、旭を誘う。

「どうしました?」

「いやちょっとね、気づいたんだけど。ほら、あれ」

 言われてそちらに目をやると、旭もすぐに異変に気づいた。

 大地が輝いているのだ。

 いいや、違うか?

 輝いているのは地面ではない。あれは、柔らかな土をこんもりと押し上げるあれは、小さな小さな――タケノコだ。

 あるのか? こんな季節に……。

 まあいい。それより他にも問題がある。まずはこれを引き抜かなければならない。

 カヤオにスコップを借りて周囲を掘り返し、根本を掴んでポキっと折る。タケノコの採取にはコツが要るのだ。

 引っこ抜いたそれを、もったいないがスコップで割る。

 案の定、中の基盤は節を突き破りめり込んでいた。いくらコンパクトな基盤でも、タケノコの中に綺麗に収まるはずがないのだ。

 基盤ごと真っ二つに割れたタケノコの断面は、なんとも名状し難い雰囲気を放っていた。

「うわ、きもちわる……」

 後ずさりした暁火の体が、真彩と激突する。

「おっと」

「あっ!? ごめんなさい!」

「いいっていいって」

 少しばかりよろけてから、しかし彼女はすぐに持ち直した。それからクイッとメガネの位置を直し、しゃがみこんでタケノコを見やる。

 メガネ?

「あれ、真彩さんってメガネしてましたっけ?」

 普段はコンタクトだったのだろうか? 旭が首を傾げると、彼女はにへへと笑ってみせる。

「ふふん、これは伊達だよ。おしゃれでしょ」

 まあ、確かに。

 スラリと長い足にはジーンズがよく似合っているし、その上でふわりと広がるトップスといいアクセントになっている。生地が薄いからか、そのシルエットとは裏腹に暑苦しさも感じさせない。

 長袖に長ズボンなので、竹林の散策にも向いているというわけだ。

「……似合ってると、思います」

 女性の容姿を褒めるのは、なんだか照れくさい。そんな旭のリアクションに満足したのか、真彩はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「でしょでしょ」

 一本結びで下ろされた黒髪が、尻尾のように揺れた。

 と、急にルディが咳払いする。旭が振り向くと、彼女はタケノコのあった穴を見下ろしてこう言った。

「おい、また生えてきてるぞ」

「なんですって?」

 そんな馬鹿な話があるか。

 ――いや、まさか。

「っ!? 旭、ちょっとこれ見てよ!!」

 そのまさかだ。

 調査のために切り倒した、五本の竹。

 いずれもその根本から、新たなタケノコが芽吹いていたのだ。

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