第95話 世界不思議発見
旭のフレンドことマクシミリアンは、掃儀屋の最上勝だった。
衝撃の事実に驚愕した旭は、とりあえず帰って何度か試合した。チーム対抗戦で、レイド戦で、なにかを確かめ合うように戦った。
お互いの動きが、綺麗に噛み合う。
何度も味わってきたものだが、なんとも不思議な感覚だ。お互い考えが読めているわけでもないのに、どうしてか息が合う。
恐らくこれは天性のもの。
豪月華とも上手くやれるわけだ。
「それにしてもな……」
電源を落とし、旭は呟く。
まさか最上勝とマクシミリアンが同一人物だったとは。
二人を結びつけるものが、今まであっただろうか。
終盤に差し掛かった宿題にガリガリと計算式を刻みながら、旭は考える。
時計の長針が半周した後、ため息交じりに七面倒な証明問題を調伏したところで、あることに気づいた。
マクシミリアンというユーザーは、自分についてのあれこれを滅多に口にしていなかったのだ。
そもそも、旭が彼を男性だと認識していたのだって、言動や雰囲気からそう推測しただけのことに過ぎない。彼がこれまで打ち込んできたテキストは、これまで一度も彼の性別を確定させていなかった。
仕事のことは特にそうだ。
ログイン時間の傾向や普段の言動から、なんとなく社会人なのだろうとは思っていた。しかし、その内容まではさっぱりだ。
彼がベラベラと流暢に語っていたのは、最近遊んだゲームについてと性的趣向ぐらいのものだろう。
旭は彼のことをなにも知らなかった。
「……なにもかも、知らないことだらけだなあ」
天井を見上げ、呟く。
ルディと出会った、あの日。
代わり映えのしない日常を、旭は退屈なものだと断じていた。
無知故の万能感……とでも形容すればいいのだろうか。とにかく、旭はこの街のことも、身の回りのことも、全てを知り尽くしたつもりになっていた。
だから、未知を求めたのだろう。
めくるめく非日常の存在が、きっとこの退屈な世界から救い出し、別の世界を見せててくれるのだと、浅慮にも信じ込んで。
胸を打つような非日常は、日常のそこかしこに転がっていたというのに。
未知とは、そこにあることにすら気づけないのだ。
「さて……」
未知とは真逆。数年来の宿敵であり、見飽きた存在である宿題に目をやる。
テキスト系には粗方ケリがついた。作文も適当に片付けて、ポスターも下書きはした。あとなんか家庭科の変なプリントも真彩に手伝ってもらって終わらせた。本当に手つかずなのは自由研究ぐらいだろう。
例年とは比べ物にならないこの忙しさを鑑みれば、極めて上出来と言ってもいいのではないだろうか。
とはいえ、もう八月の十五日。
油断していれば、夏休みはあっという間に終わってしまう。
特に時間を食う自由研究は、余裕がある時に片付けておきたい。
「でもなあ……」
書庫から借りてきた本を長め、旭は一人溜息をつく。
調べた結果、この街の民話は科学に絡めるのに向かないことがわかった。
自由研究というお題目だけを見れば、歴史探訪や考察も立派な題材だ。しかしこれは、理科の宿題である。困ったもんだな。
考えあぐねていると、軽く戸を叩く音がした。ルディが帰ってきたのだろう。
「おかえりなさい」
「ただいま」
帰宅した彼女は、片手に紙袋を提げていた。これは確か、隣の市にあるアパレルショップのものだ。
「お買い物ですか?」
「ああ。暁火に付き合ってくれと頼まれてな」
暁火はともかく、それに付き合って彼女が服を買うというのは意外だった。
そもそも彼女は、一日のほとんどをこの黒装束で過ごしている。ネグリジェやら和服(宿の作業着)などに着替えることはあったが、私服と言えばこれしかない。
一応、何着か持っていて着回しはしているらしいのだが。
「ルディさんまで買うなんて珍しいですね」
「ん? ああ……」
少しばかり考える素振りを見せてから、彼女は言う。
「この服は、魔力伝達の補助に特化しているからな……。デザインも気に入ってはいるんだが、たまには違うものを着てみるのも、いいかと思ったんだ」
それから彼女は、紙袋を持ち上げる。その影に隠れて、表情は見えない。
たっぷり十秒感の逡巡を経て、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。
袋の影から三分の一だけ顔を出した彼女は、揺れる瞳で旭を見つめてこう言った。
「……少し、見てくれないか?」
※
背後で衣擦れの音がする。
勉強机に突っ伏しながら、旭はつばを飲み込んだ。
今、旭の後ろでルディが服を着替えている。旭に見せるためだけに、買ったばかりの衣服をおろしているのだ。
それがどんな感情から起こされた行動なのか……それがわからないほど、他人の情動に疎いわけではない。
少なくとも。
ラムルーデという女性が、新しい服を真っ先に旭に見せに来たという事実がある。
多分、この世界に来て初めて選んで買った服だ。
(……僕に見せたくて、わざわざ……?)
なんて恥知らずで、傲慢な思考なのだろうか。女性がおしゃれをするのは男ではなく自分のためだと、よく言われているだろう。
しかし、この状況。
今は少しばかり自惚れてもいいのではないだろうか。
「こっち向いていいぞ」
そうこうしている間に、彼女は着替えを終えたらしい。旭は恐る恐る、ゆっくりと振り返る。
「――っ」
旭は、なにも言えなかった。
その反応に不安を覚えたのか、ルディはその女性的なボディラインを悩ましげにくねらせる。
「……変か?」
いたずらに彼女の不安を煽るなど本意ではない。旭は息を呑み、慌てて感想を述べた。
「い、いえ、凄く……似合ってます。……綺麗、です」
彼女は小さく息をつく。
「そ、そうか、よかった……。暁火に選んでもらったんだ。後で、礼を言わないとな……」
とてもいい仕事をしてくれた。旭は心の中で姉の審美眼にサムズアップを贈る。
なにか言いたげなルディに再び視線を向けると、彼女はうつむきがちにおずおずと語り出す。
「なあ、もう何着か、あるんだが……」
またも旭は固唾を呑み込んだ。
「……是非、お願いします」
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