第77話 親類縁者大集合

 吸血甲冑ヴァンパイアメイル……それは人類が人知を超えた脅威に立ち向かうため知恵と魔法で作り上げた新たなる鎧の総称だ。

 魔物の骨格や筋肉、外殻など様々な部位をベースに組み上げた、言わば絡繰人形。

 普通の甲冑と変わりない等身大のものから、天まで届く巨大な四足よつあしまで、その姿形は千差万別。サイズや素材となった魔物によっていくつかのクラスに分類され、魔物との戦いから力仕事まで、それは当初の目的を遥かに越えて人類の生活に広く浸透している。

「つまり、ヴィルデザイアはヴァンパイアメイルっていう……この世界ではよくあるロボットってことなんですか」

「ああ。ヒトヨロイの源流もそれだ」

 長い廊下を歩きながら、ヴィルデザイアについての講釈を受ける。

 広く普及しているということはつまり、未知の代物ではないということだ。だから直せるし、改造もできる。

 しばらく廊下を進んだ後、ルディはひときわ華美な装飾の施された部屋をノックした。

「はーい」

 顔を出したのは、これまたルディと同じ京緋色の髪をした少女だ。

「伯母さんは居ないのか?」

「庭に出てるって」

「そうか。邪魔したな」

 少女に別れを告げ、再び廊下を歩く。

「さっきの人は?」

「私の……従妹兼腹違いの妹だ」

 意味わかんねえな。

 少女の導きに従い庭に出る。奇妙なファンタジー生物が芝生の上を闊歩する中、またしてもルディと同じ髪色の女性が居た。マジータ同様二十代後半ぐらいに見えるので、彼女も吸血鬼なのだろう。

 彼女はルディに気づくと、作業を止めて駆け寄ってきた。

「ラムルーデじゃん。帰ってたんだ」

「ああ。ヴィルデザイアの改修を頼みたい」

 ルディの言葉に、女性は愉快そうな笑みを浮かべる。

「アレを? へえ……どういう風の吹き回しか知らないけど、可愛い姪っ子に頼まれちゃあねえ……」

 それから旭に視線を向け、こう続けた。

「ところでこの子は?」

 ルディが旭の肩に手を置く。

「言ってなかったな。こいつが今のヴィルデザイアの装者だ」

「へえ……って、ええ? どうして……?」

 露骨に浮かぶ困惑の色。ルディは構わず話を続ける。

「なかなか器用な奴でな。火器を増やしてやって欲しい」

「はいはい。まったく人使いが荒いな……誰に似たんだか」

 そう言うと、女性はさっさとどこかへ行ってしまう。それを見届けたルディは、次だとばかりに歩き始めた。置いていかれそうになって、旭も慌ててついていく。

 道すがら、彼女は言う。

「機体の強化もそうだが、お前自身の技量も底上げする」

 そうして連れてこられたのは、小さな展望台だった。小高い丘の上にあるそこからは、少し離れたところに広がる小さな町並みを一望できる。

 そんな景色を眼下に見下ろす先客が、ひとり居た。

「メライアさん、やっぱりここに居ましたか」

 ルディが敬語を使うのは珍しい。流麗なブロンドをアップにまとめたその女性は、こちらに気づくと柔らかな笑みを浮かべて会釈した。

「おかえり、ルディ。なにか用かな?」

 イントネーションや口調から、ルディと似たものを感じる。やはり彼女も縁者なのだろうか。

「わけあって、こいつを鍛えてもらいたく」

 背中を押され、旭はつまずきそうになる。慌ててたたらを踏んだその姿を見て、メライアと呼ばれた女性はクスリと笑ってみせた。

 そんな気さくな表情は、しかし間もなく値踏みするような視線に変わる。

「まだ子供じゃないか。いいのか? 私は厳しいぞ」

「構いません。そうだろう?」

また背中を叩かれた。今度は踏ん張り、胸を張る。

「はい! ビシバシ鍛えてください!!」

「そうか……なら……そうだな」

 メライアは少しばかり考える素振りを見せた。が、特に長考することもなく、右目を開いて旭を見やる。

「私は目を閉じている。だから君は……何でもいいから、私から一本取ってみるといい」

 随分と舐められたものだ。

 彼女が本当に瞑目したので、旭は周囲を探して石ころと長い棒を拾い上げた。彼女はなんでもいいと言ったのだ。なら――

(行くぞ!)

 心中で叫び気合を入れる。まずはダッシュで距離を詰めつつ石を投げた。彼女の力量を測るためだ。

「技巧派か……」

 なにやら呟いた彼女は、右手を払って石を弾いた。目を閉じたまま、正確にだ。理屈はよくわからない。ルディと同じような魔法使いか……あるいは、気配が見えるタイプなのだろうか?

 とにかく、正面突破は通用しない。そう踏んだ旭は、搦手に出ることにした。

 一発勝負だ。

 メライアとの衝突ギリギリまで接近した旭は、急ブレーキをかけて右側に飛び込む。殺しきれない勢いを、左足を軸に回転することで打撃力に変換。気合を入れるべく、腹の底から叫ぶ。

「うおおおおおおお!!」

 木の棒を上空に放り投げ、無防備な側面に全力で殴りかかった。

「まあ、所詮はこの程度」

 無論、拳は片手で受け止められる。次いで肩関節にわずかな痛みが走り、旭の視界が百八十度反転した。

 まだだ。

 先程放り投げておいた木の棒が、女性の頭部に迫る。

 少し苦しいかもしれないが、これで一本だ。呑気に佇むメライアの姿に、旭は勝利を確信した。

 確信していたのだが。

「機転は利くし、センスもあるようだが……」

 彼女は一歩後ずさり、落下した木の棒を踏みつける。それから再び右目を開き、旭を睥睨した。

「まず基本がなっていない。明日、大ホールに来るといい」

 完敗だ。立ち去る彼女の背中を眺め、旭は溜息をつく。小手先の騙し討ちでなんとかできる相手ではない。

「これでわかったろう。お前はまだまだ強くなれる」

 大の字になって倒れた旭に手を差し伸べ、ルディは確かにそう言った。己の未熟さを痛感させられ、居心地の悪くなった旭は思わず視線を逸らす。

「強かったですね……軍人さんですか?」

 苦し紛れにそんなことを訊ねてみると、彼女は「いいや」と否定した。

「あの人はこの国の王妃だよ」

「え、お、王妃さま……王妃さまがあんな!?」

 とどのつまり、旭は王妃さまを相手に手も足も出なかったのだ。あまつさえ、明日から稽古までつけてくれるという。

 これは夢か幻か。信じられない出来事が立て続けに起きている。不思議なことには慣れたと思っていたのだが、まだまだだ。

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