第16話 イカヅチの神の名の下に
「
雷光は飄々とした調子で言う。
「そりゃ当たり前だ。今考えた名前だからな。だが、なかなかどうして秀逸な名前だと思うぜ。言い得て妙ってヤツだな」
胡散臭い中年男性、というのが彼の第一印象だ。ド田舎の新成人ですら敬遠するであろうド派手な紋付羽織袴を纏い、腰には長短二本の刀を差している。ボサボサの黒髪はだらしなく伸ばされているが、しかし不衛生さから来る不快感の類いはない。
そんな "雑さ" の擬人化じみた相手を前にして、ルディは苛立ちを露にした。
「会話の意思がないなら今すぐにそこをどけ。殺すぞ」
複数の魔方陣を展開し、炎や氷の刃を召喚する。脅しというよりかは、時間短縮のための処置なのだろう。その証拠に、雷光がわざとらしく両手を挙げた次の瞬間には全て発射されていた。
圧倒的な魔術の応酬。激しい爆発と共に彼は消滅――しなかった。
「オイオイなんだよ。お手上げだって言ってんのにさあ」
ボロボロになった衣服とは対照的に、雷光そのものにダメージは見られない。ルディは舌打ちして言った。
「やれ、旭」
「え、でもお手上げって」
「やれと言っている!」
「ああもう!」
発砲。しかし大方の予想通り、雷光には傷ひとつついていなかった。
「なんだよどいつもこいつも! 一張羅が台無しじゃねえか!」
地団駄を踏む雷光。踏みつけられているのは、先程から蚊帳の外に追いやられている巨大落武者だ。
「雷光殿、ここは拙者に任せるよう言ったではないか」
そんな落武者の抗議に、雷光はキレた。
「なんだそれ!? そもそもテメーがあっさりやられてるからこうして助けに来てやったんだろ!?」
「しかし生き恥を晒すのは武士の名折れ。ここは最後まで拙者に任せてはいただけぬか」
そう言って落武者はヴィルデザイアを睨めつける。尋常ではない殺気に旭はみじろぐが、しかし――
「ふざけんな!」
叫んだ雷光は長い方の刀を乱暴に抜くと、落武者の胴体に突き刺した。
「そもそもなんだよその態度は! 人にモノを頼む時は、頭を下げて『お願いします』だろォがよ~!!」
突き刺さった刀からどす黒い霧が巻き上がる。血渋きのように噴き出すそれは、雷光の肉体を闇に包む。
対して、落武者の存在は希薄になっていた。
まるで水に浸かった綿飴のように、夜の闇へ溶け出していく。
「雷光殿!? なぜこのような仕打ちを!?」
「あの世でママにしつけてもらえ! 『ごめんなさい』と『こんにちは』からな!」
「ご、ご無体な~!?」
それが落武者の断末魔となった。
すっかり消えてなくなった落武者。先程までそれが居た場所で、闇が雷光に吸い込まれていく。全てを吸収した彼は――衣服の乱れが、すっかり整えられていた。
「何が瀬織騎馬隊だ。……騎兵隊だっけ? まあどっちでもいいか。やっぱり負け戦の将は駄目だな」
吐き捨てた彼は、次いでヴィルデザイア……いや、旭に視線を向ける。
「クソガキが……過ぎた
機体越しであるにも関わらず、目が合ったような気がした。内蔵をまさぐられるような、魂の奥底まで見透かされたような感覚に、旭は思わず身震いする。全身に鳥肌が立つ気持ち悪さを感じながら、逃げるようにルディを見た。
彼女は心底不愉快そうに雷光を見据え、底冷えするような声で告げる。
「消えろ。今すぐにだ」
彼は納刀しながら面倒臭そうに頷く。
「興が削げたからな。言われなくてもそのつもりだ」
言葉と共に光に包まれ、次の瞬間には消え去っていた。
「うっわー……いきなりヤバイもの見ちゃった」
緊張が解けたのだろう。先程まで沈黙を貫いていた真彩は、大きな溜息と共にそう吐き出した。
そんな彼女の言葉など一顧だにせず、ルディは短刀を抜く。
「不愉快だ。帰るぞ」
また結界を破るのだろう。旭が遅れないよう飛び降りると、ヴィルデザイアはいそいそと姿を消した。
空間を切り裂く短刀を見て、真彩は叫んだ。
「あ、あー!!」
「なんだ騒々しい」
「昨日も出入りしてたってことは! 最初からわかってたんじゃん!」
なんのことだろうか。首を傾げる旭とは違い、ルディ彼女の言葉の意味を解しているらしい。特に表情も変えずに言った。
「お前を試したんだ」
「あの非常事態に……」
「三秒待って駄目なら私がやるつもりでいたんだ」
「シンキングタイム
肩を落とす真彩にルディは置いていくぞとばかりに背を向け裂け目を潜る。旭達は慌てて彼女の背を追った。
それからひと風呂浴びて部屋に戻ると、ルディと真彩が旭のノートパソコンの前でうんうんと唸っていた。ログイン画面には、パスワードが間違っている旨が通知されている。
「なにやってるんですか!?」
旭は激しく動揺し、二人の間に割って入った。このパソコンには旭がお小遣いで買ったエッチな本(DL版)やら、エッチなサイトのブックマークが満載されているのだ。
焦る旭に、真彩はあっけらかんと言う。
「いや、今日はいろいろあったでしょ? 結局相手の正体もよくわからなかったから、少しぐらいは調べてみようと思って」
「スマホでいいじゃないですか」
「本格的な調べものはパソコンに限るじゃん? ていうかなんでそんな必死に――あっ、ふーん……」
その一瞬で何を察したのだろうか。急に態度を軟化させた真彩は、慈愛の籠った声で旭に言う。
「どうしても中を見られるのが嫌なら、他の手段を考えるけど」
「い、いえ、大丈夫です……」
こんなこともあろうかと、カモフラージュ用の別ユーザーを用意してある。急ぎログインし、ほとんど使っていない方のブラウザを立ち上げた。
「源ライコウだっけ?
「どうだろうな。人間の名前などすぐに変わる。……もっとも、奴が本当に人間なのかどうかは怪しいがな」
話しているだけでは埒が明かない。ダメ元で頼光について調べると、実は女性で安倍晴明との激闘の末に命を落としたなどという珍説まで出てきた。やはりインターネットはアテにならない。
その後、夜分遅くまで調査に勤しむも、有益な情報はなにひとつ見つからなかった。
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