第10話

 ……体が痛い。頭が痛い。靄がかかったような意識の中、始めに視界に映ったのはオレンジ色の光だった。


「伊吹、気付いた? おはよ」


 和真の声がする。けれど、どこにいるのか分からない。天井からぶら下がったオレンジの光を中心に、ゆっくりと視界が広がって行く。暗い部屋の中、俺はベッドの上に寝かされているらしかった。


「随分気持ち良さそうに寝てたな」


 横から伸びてきた手が、俺の頬に触れる。思わず顔を背けようとして、頭の芯に鋭い痛みが走った。


「何時……?」


「二時半ちょい。休憩終わるまで、あと十分も無いかもな」


 自分の身に何が起きたのか分からず、俺はどこか他人事のようにぼんやりとそれを聞いていた。確か和真の車が見えて、そこから和真に口を塞がれて、頭を押さえられて……


「和真、お前……」


 ようやく状況を把握して、俺は横にいる和真に掴み掛ろうとした。──が、体が動かない。


「っ……!」


 見ると手首に革製のリストバンドが嵌められていて、そこから伸びた太い鎖がそれぞれベッドの柵に繋がっていた。右も、左もだ。


 しかも俺は、下半身に何も身に着けていなかった。


「なっ、んだこれ……和真っ、ふざけんなっ!」


 もう怖がってなどいられない。俺は和真に向かって叫び、何とか拘束を解かせようとした。


「外せっ! 和真、いい加減にしろよお前っ……!」


 激しく両手を動かすたびに鎖が音を立て、それが更に俺の怒りを煽る。足は拘束されていないが、まだ体が痺れていて和真を蹴るまでの力を込めることができなかった。


「外、せ……。和真、今すぐ……」


 声が震えるのは、堪えようのない怒りのせいだ。和真に対する怒りはもちろんだが、自分自身に対する怒りはそれ以上に凄まじかった。


 彰久に念を押されていたのに。会うなと言われたのに。いつでも逃げられたのに。


 気が弛んでいたとしか思えなかった。和真のことなどすっかり忘れて舞い上がっていた自分が、今はただ反吐が出るほど腹立たしい。


 これは、調子に乗っていた俺への罰なのか。


「伊吹。こんなことして悪いとは思ってるんだぜ。でもお前、こうでもしなきゃ俺とまともに話そうともしてくれねえだろ」


「そんな、こと……ないっ」


「だったらどうして俺を放置してた? 自然消滅できればいいや、って、どうせそんな風に思ってたんじゃねえのか」


 痛いところを突かれて、俺は口を噤んだ。


 確かに俺は和真のことを考えないようにして、無意識的に放置していた。これでお互い気持ちが落ち着いて、新しい生活に目を向けることができればと、……そんな風に考えていた。


「……和真は、俺のこと好きじゃないんだろ。なのにどうしてそこまで俺に執着するんだよ」


「お前、俺が『男の相手してやった』って言ったの根に持ってんだろ。あんなの口から出まかせなんだからよ、俺の本心じゃねえって」


「嘘だ」


 呟いた俺の頬に、和真の手が触れる。


「そう言うお前は、もう俺のこと好きじゃねえのか? 前はあんなに懐いてたのに、ちょっと意地悪しただけで嫌いになっちまったのか」


「……あのことがなくても、俺達が終わる前兆はずっと前からあった」


 卒業して進路が別々になり、俺達の環境は変わってしまった。初めの頃は毎日取っていた連絡も徐々に回数が減り、外で会っても食事をしてホテルに行って帰るだけというのが何度も続いた。高二の誕生日に俺があげたストラップは和真の携帯から外されていたし、それについて悩んでいた俺も、付き合った記念のリングをいつの間にか嵌めなくなった。


 進学しなかった俺が自分よりも早く社会に馴染み始めたのを和真は快く思っていなかったし、親の金で大学へ行って遊び呆けている和真を俺は心のどこかで見下していた。


 環境が変われば心境も変わる。俺達の場合は、和真の方が先に変わってしまっただけだ。周りに綺麗な女が沢山いて毎日楽しく遊んでいれば、気まぐれで付き合った高校時代の男のことなんてどうでも良くなるのは当然だけれど。


「そりゃ、これ以上付き合い続けるのは無理だって分かってるよ」


 和真が俺の顔を上から覗き込み、口元に微かな笑みを浮かべて言った。


「だけど俺にとっての男は伊吹だけだし。この先、お前以外の男を好きになるってことはねえだろうしさ。あんな後味悪いままで終わるより、もう一度会った方が良いって思って」


「……そう思った結果が、これかよ?」


 俺は片腕を持ち上げ、手首に取り付けられた鎖を和馬に向けた。


「外したらお前、逃げるだろ」


「まともに話し合うだけなら、俺は逃げない」


「話し合うって言うよりもさ。……俺は最後にもう一度、お前とヤりたいだけなんだよな。最近は女とするのも少し飽きてきたし」


「………」


 結局はそれだ。口では何だかんだと言いながら、和馬は女が相手ではできないことを俺にぶつけたいだけなのだ。今の俺は和馬にとって、それだけの存在に過ぎない。


「……潔過ぎて、逆に感心する」


「だろ?」


「本当に、……これが最後なのか」


 訴えるような目で見上げると、和馬が口元だけで笑ったまま、頷いた。


 ……最後なら。


「っ、……!」


 一瞬の気の緩みに、思わず身震いする。


 例え最後だとしても、このまま和真を受け入れてしまって本当に良いのか。この場を乗り越えさえすれば取り敢えずは和真から解放されるかもしれないが、俺の気持ちはどうなるのか。


 彰久は俺を好いてくれている。俺も彰久のことを好きになりかけている──或いは、もう好きになっているのかもしれない今、大人しく和真に抱かれてしまっていいのだろうか。


「伊吹。大人しくしてればすぐ済むからさ。また痛い思いするのは嫌だろ?」


 ベッドの上に膝を乗せ、和真が体を重ねてくる。両手が不自由なら唾でも吐きかけてやろうと思ったが、俺にできたのはただ顔を背けることだけだった。


「圧倒的に不利なのは流石に分かってるよな。現時点でのこの状況もそうだし、それにお前、職場に俺とのことバラされたら困るだろ。高校の時から男と付き合ってたなんて知られたら、クビにはならないだろうけど、確実に友達はいなくなるんじゃねえの」


「和真、お前……」


 どうしてこんな男に惚れていたのだろう。いや、付き合っていた当時はこんなことを言う奴ではなかった。高校卒業からまだ一年も経っていないのに、一体何が和真を変えたのか。


「だからそうやって大人しく、な。伊吹は物覚えがいいから助かるぜ」


 和真の手がシャツの中に入ってくる。


「触るなっ、──」


 瞬間、唇が塞がれた。ベッドに俺の後頭部を沈めるような勢いで、和真の舌が激しく絡んでくる。必死に顔を背けようとしたが、呆気なく顎を捕えられて逃れることができなくなった。


「んっ、……く、触る、なっ……」


 シャツの中で和真の指が俺の乳首を抓り上げる。付き合っていた頃の優しさなんて微塵もない、苦痛でしかない指の動きに、俺は身体を固くさせて必死に抗おうとした。


「やめ、ろっ……和真ぁっ……」


「舌入れてる時に喋んなよ。噛んじまうぞ」


 細かな指使いで俺の乳首を抓りながら、和真が荒い息と共に舌を抜く。そのまま頬を舐め上げられ、首筋に鳥肌が立った。


「ふざ、けんなっ……」


「伊吹、さっきから随分強気じゃねえの? 俺と会わないうちに何かあったか。前はちょっと意地悪するとすぐ泣いてたのに……」


 憎悪の籠った目で和真を睨むと、ほんの少しだけ和真が怯んだように見えた。だけどそう思ったのも束の間、俺の顎が和真の手で強く押さえつけられる。


「っ……!」


「今にも泣きそうになってるくせに、そんな目するなよ。虐めたくて堪らなくなる」


 片手で顎を押さえ付けたままシャツを捲り、和馬が俺の乳首に歯を立てる。噛まれた部分からじわじわと痛みが広がって、俺は歯を食いしばって天井の一点を見つめた。


「ク、ソッ……。や、めろ……」


 噛まれてより敏感になった乳首に、和馬が舌を這わせてくる。撫でられる度にぴりぴりとした細かな痛みが走り、途中で淡い刺激となって身体中に行き渡る。耐えようとしてもくぐもった声が出るばかりで、どうしようもない。


「噛まれて感じるとか、伊吹。お前もしかして、こっちの素質があるんじゃねえの」


「そんな、の……ある訳ないっ……」


 和馬が俺の股間を鷲掴みにし、心底卑猥な笑みを浮かべた。


「少しだけど反応してんじゃん。これが何よりの証拠だろ」


「ち、違うっ……!」


「無理すんなって。伊吹がコッチに目覚めたなら、俺も相応のやり方してやるからさ」


 痛いくらいに強く握られたそれが、和馬の手の中でゆっくりと捏ねくり回される。嫌で仕方ないのに、どうして俺のそれは反応してしまうのか。


「凄げえよ伊吹、どんどん濡れてきてる」


「や、め……和馬、ぁっ……!」


 指先で強く先端を刺激され、ますますそれが硬くなる。嫌だと思えば思うほど、身体中が痺れて、熱くなって、止まらない。


「特別に口でしようか?」


「い、……嫌、だ……」


 開かれた膝の間に和馬が頭を落としてくる。俺は息を止め、身体が言うことを聞かないならとにかく何か別のことを考えてしまおうと必死に頭を働かせた。


 ──彰久。


 胸の中でその名前を呼んだ瞬間、堪えていた涙がどっと溢れ出してきた。


「やっ、めろ……和馬っ、嫌だっ……!」


 内股が恐ろしいほど痙攣し、腰が浮き、脳内に激しい稲妻が走る。反り返った足の指が虚しく宙をかき、あまりの刺激に咥えられたその部分の感覚が無くなってゆく。


「あっ、あぁっ……! は、なせっ……!」


 俺のそれに舌と唾液を絡めながら、和馬が伸ばした手で俺の乳首を抓り上げた。


「んぅっ、う、……やめ、ろ……!」


 指先で強く乳首を捏ねられ、咥えたそれを音を立ててしゃぶられ、次第に声が高くなる。荒い息遣いに交じって聞こえるのは和馬の口から漏れる濡れた音と、俺の喉から溢れる苦痛の声、それから、鎖の擦れる耳障りな音だけだ。


「──和馬っ、もう、い、いい加減にっ……!」


 身体中が刺激に耐えられなくなり、俺は強く唇を噛んで喉を仰け反らせた。


「っ、……、……!」


 脳が痺れる。心臓が破れそうになる。噛んだ唇に血が滲み、見開いた両目に一瞬、何も映らなくなる。


「何だよ、声我慢しやがって。そんなんで意地張ってるつもりか」


 俺の体液をシーツに吐き捨ててから、和真が不満げに言った。


 一矢報いてやった気分だった。例え和真が何とも思わなくても、俺はそれで満足だった。あまりにもちっぽけで、あまりにもくだらない──だけど、俺にとっては大切なプライドだった。


「今の、少しイラッときたな。お前がそういうつもりなら、……」


 和真が言いかけたその時、ふいにベッド横のテーブルで携帯が鳴った。和馬も俺も、同時にその方向へと顔を向ける。


 テーブルの上で鳴っているのは俺のスマホだった。そうだ。今俺は仕事中で、もう二時間近く休憩に出たまま戻っていないことになっている。恐らく、燈司か彰久のどちらかがかけてきているのだ。


「誰だろ? 誰だと思う?」


 和馬が俺から離れ、手を伸ばしてスマホを取り上げる。


「彰久、だって。仕事の奴?」


「………」


「伊吹が気失ってる間にもかかってきてたんだよな。もしかしてこいつ、伊吹の新しい男か」


 画面を突き付けられて、俺はかぶりを振った。


「確かめるためにも、俺が出てやろうか?」


「やめっ……」


「冗談だよ。俺もそこまで鬼じゃねえ。で、誰なんだ?」


 未だ鳴り続けるスマホを片手に、和真が口元を歪めて笑う。




「……まあ、いいよ誰だって。そんじゃ、彰久にも交ざってもらって3Pするか」


「なっ、何言って……あっ!」


 和馬が俺の脚を開かせ、僅かに熱の残ったそこにスマホの角を押し当ててきた。


「やっ、やだっ! 和馬、やめろっ……!」


「お前のこれ、防水か? まあ、このくらいじゃ壊れねえだろうけど……」


「や、めろって、ば……! あっ、あっ……!」


 細かな振動が俺の先端を激しく嬲る。強烈な刺激に感覚が無くなり、俺は両目を固く閉じて歯を食いしばった。


「んっ、うぅ……! ん、やっ……」


 意思に反して、射精とはまた違う種類の強烈な昂ぶりが溢れ出す。──その瞬間まで、俺には全く自覚がなかった。


「は、ぁっ……、あ……、はぁっ……」


「凄げえ、伊吹。女みてえに潮噴いてんの? これ、精液じゃねえよな」


 何も聞きたくない。何も考えたくない。腹まで飛び散っているそれが何なのかなんて、確認する気にもならない。


「う……。っく、……う、ぅ」


 涙が滝のように頬を流れて行く。


 嗚咽を漏らす俺の目の前に、和馬が濡れたスマホを突き付けた。


「びしょ濡れ」


「や、めろ……」


 濡れて壊れたのか、それとも単に彰久が電話を切ったのか。とにかく鳴らなくなったスマホを和馬が枕元に放り投げた。まるで、玩具に興味を無くした子供のように。


「彰久と何回ヤッた? 何か腹立つな……お前を開発したのは俺なのに」


 もう何もする気が起きないのに、涙だけはぼろぼろと流れてゆく。それを拭うことすらできない自分が悔しくて恥ずかしくて、息が詰まりそうだ。


 和馬が俺の脚を持ち上げ、腰を入れてきた。ファスナーを下げて中から自分のそれを抜き出し、屹立した先端をそっと俺の入り口にあてがう。


「伊吹の惨めな姿見てるとさ、それだけで興奮すんだよな」


「………」


「女にはできねえことだからかな? あいつら、ちょっと乱暴にすると途端に泣き喚くし」


 侵入してきた和馬のそれに、俺は眉根を寄せて唇を噛んだ。


「っく、……伊吹、ちょっと緩くなった? こないだ、散々虐めてやったからかな……」


「んっ、ん……う、っん……」


 もう声も出ない。刺激も何も感じない。俺は壊れた人形のように、ただ転がっているだけだ。


「そういう態度取られると、何かぼろぼろになった奴をレイプしてるみてえでいいな」


「……ん、んっ……」


 口だけでなく、和馬は興奮しているようだった。腰の動きが速まり、息遣いが荒くなっている。


 和馬がここまでのサディストだったなんて、知らなかった。今まで隠していたのか、それとも俺のせいで目覚めてしまったのか。


 ……どうでもいい。どうせ、これで最後なのだ。


「見ろよ。伊吹の萎えたヤツが突く度に揺れてる」


「………」


「動画撮って、彰久にも見せてやろうか」


 冗談でもそれだけは嫌だと、俺は無言で首を振った。


「なんだなんだ、すっかり元気無くしちまって。怒ってんのか?」


「んっ、……んぅ……」


「伊吹の機嫌が良くなるように、いい働きしねえとな」


 和馬が俺の手枷を外し、腰を支え、素早くひっくり返して俺を四つん這いにさせた。


「あっ、……」


「こっちの方が思いっ切り腰振れるし、奥まで入るから気持ち良いだろ」


「うぁっ、あ、……やめっ、あぁっ!」


 背後からの突き上げに、瞬時にして靄のかかっていた意識が鮮明になる。和馬の腰が打ち付けられる度、目の前で火花が散るようだ。俺は引き寄せた枕に顔を埋め、喉奥から漏れてしまう声を必死に塞いだ。


「感じてるの丸分かりだぜ伊吹。中で凄げえ締め付けられてるからな……」


「んっ、あぁ……。んぅ、うっ……も、う……やめ、あぁっ……」


「気持ちいいって言えよ、伊吹」


 訴えは簡単にねじ伏せられる。抗っても抗っても、上から強力な力によって地の底に沈められる。まるで俺を運命の穴に引き摺り込むかのようだ。


 光を掴みかけていたのに……。


「ヤバいな、後ろからだと俺の方が先にイくかも」


 和馬が俺の尻を軽く叩きながら笑っている。


「伊吹の泣き顔も見れたし、恥ずかしい姿も充分に見たし、そろそろ終わりにしてやろうか?」


「んっ、……んぅ」


 枕に埋めた頭を何度も縦に振り、俺は懇願するように小さく呻いた。


「それじゃ伊吹、お前の中に全部注いでやるからな。しっかり搾り取って全部飲み込めよ」


「っ、く……。う、ぅっ……」


 激しく腰が打ち付けられ、再び目の前に火花が散る。和馬の息も荒くなり、俺の中を出入りしているそれが一層熱くなって脈打ち出す。


「うぁっ、ああぁっ──……」


 伸ばした手で宙を掴む。ここにはいない彰久を求めて、俺の指が必死に蠢いている。だけど、それを取ったのは背後から伸びてきた冷たい手だった。


「伊吹」


 霞んだ視界の先で、和真が俺の手を掴んでいるのが見える。掴まれた指の先から、じわじわと冷たい毒が身体中を侵食して行く。それは身体だけでなく俺の心をも蝕み、最後のプライドや芽生え始めた希望までをも奪って行く。俺の身に残ったのは、絶望と諦めだけだ。


「へばるなよ、伊吹。最後ってのは回数じゃなく、今日一日ってことだからな。安心しろ、夜まで何度でも可愛がってやる」


「はぁ、……あ……」


 ──その後のことは、よく覚えていない。


 和真がアパートまで送ってくれたことは分かるが、どうやって家に入ったのか、どうやって湯を溜めて風呂に入ったのか、いつ布団を敷いていつそこに潜り込んだのか、何も覚えていない。


 とにかく身体も心も疲れ果てていて、今夜は一分でも早く眠ってしまいたかった。この現実から逃げたかった。それなのに、涙が溢れて止まらない。


「………」


 始めにきっぱり断れば良かった。適当な理由をつけて逃げれば良かった。殴られても蹴られても、死ぬ気で抵抗すれば良かった。


 和真とヤッたことを悔やんでいる訳じゃない。


 あの時流されてしまった自分が、どうしても許せなかった。


 どうして俺は諦めてしまったのか。どうしてもっと強い意志を持つことができなかったのか。まるで俺の人生そのものだ。抗っても無理だと分かると途端に諦め、流され、傷付いて。


 俺はこれからもずっと、こんな人生を歩むのだろうか。どこかで強くならなければいけないと感じながらも結局流されて、諦めて──。


「う……」


 泣いたって明日の朝、目が腫れるだけだ。自分の馬鹿さ加減を再認識するだけだ。現状は変わらない。分かっているのに、胸の奥からせり上がってくる複雑な感情が収まってくれない。


 こんな奴、本当の意味で誰かに愛してもらう資格なんてない。彰久と一緒にいたって、いつか必ず呆れて見捨てられる。


 傷付くのはもう嫌なんだ。だったらもう、誰とも付き合わない方がいい──。


 泣き疲れて頭痛がし始めた頃、ようやく俺の意識は浅い眠りの中へと逃避して行った。

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