第7話 三つ子
時刻は昼下がり。季節は麗らか。こうなると、大抵の人は居眠りをしたくなるように出来ているらしい。
コーヒーの香りが漂う店内を見回しても大抵の人が眠そうだ。まあ、大抵と言ってもそんなにお客さんいないんだけどね。
本を読んでいる人、なにやら資料とにらめっこしている人。何か書き物をしている人。
その誰もが、欠伸を噛み殺し、もしくは、眠たげな目をこすっている。
こすっているはずなんだけどなあ…
「聞いてる!?お腹が空いたの!!!」
「ご飯が食べたい!」
「お腹すいた…」
僕も眠たげな目をこすりながら、やかましい声の三重奏が聞こえてくる方を向く。向くというか、見下ろす。
そうすると、カウンターに並んで座るとても可愛らしい三人の少女が僕の視界に入る。
僕から見て左。少しつり上がった目と、わんぱくそうな表情。肩まで伸ばした夕焼け空のような、見事なオレンジ髪を振り回しながら、僕に大声で昼食を所望している。うるさい。ついでに、ピンと立った猫耳が生えている。
そして僕の正面。青色の髪をポニーテールにし、長めの前髪から覗く聡明そうな目でこちらを射抜いて僕に昼食を所望している。まあ、うるさい。ついでに、片耳がたれた猫耳が生えている。
そして僕から見て右。真っ白に色の抜けたくせ毛を短く切りそろえ、愛らしいはずの顔立ちを怠そうに歪め、やわらかい印象を与えるタレ目を眠そうに細め、なんなら、カウンターテーブルに突っ伏しながら、僕にご飯を所望している。うるさ…くはないか。ついでに、両耳がたれた猫耳が生えている。
「うるさいよ、ララ、リリ、ルル」
いや、ルルはうるさくないか。ちなみに左からララ、リリ、ルルである。彼女たちは、三つ子だ。猫耳の生えた。
麗らかという言葉を全無視する三つ子に一つため息を吐く。
この猫耳三姉妹は、時々連なって僕の店に来ては、ひとしきりぼーっとした後に、お腹が空くと、腹の虫の要望を無視せずに大合唱を僕にぶつけて、満足したら帰るという、ちょっとしたお得意様である。
実は彼女らの父は、調律師なのだ。この店に置いてあるピアノの調律や、メンテナンスを、全面的に任せている。
一度調律を頼んだ時に、彼女たちを昼食ついでに連れてきたので、料理を振る舞ったのだが、どうやら店の雰囲気も料理も随分お気に召したらしい。
おかげで、この三姉妹はここに入り浸るようになったというわけだ。
そして、猫耳を強調したことからもわかっていただけると思うが、この世界はどうやら、異世界という言葉のイメージに背かず、獣人と呼ばれる人たちが普通に存在している。
むしろ、黒髪、黒目の僕は珍しいらしく、フランクな初めましてのお客さんには「店主さん、どこの生まれ?」とか聞かれて答えに窮する。
どこに見えます?とか言って誤魔化すが、なんか、何歳に見えます?と切り返してくる感じの女の子を思い出して、嫌な気分になる。
「で、何が食べたいのかなお三方」
そろそろ、本当にやかましくなってきたし、ララのお腹から地鳴りみたいな音が聞こえてきたし。仕方ないので、何か提供して差し上げようと思い、何を作ればいいのか尋ねてみる。
というか、君たち昼頃に店に来た時、昼ごはん食べてきたって言ってたよね。なんなら、リリの口の端にソースついてたし。
「ふふ、そんなの決まってるでしょ」
「そう、決まってる」
「(コクコク)」
そう言って顔を見合わせる三つ子たち。なんとなく生唾を飲み込み喉を鳴らして神妙な雰囲気を出しておく。
「「「そう!!!」」」
「赤いちゅるちゅるしたの!」
「肉の塊焼いたやつ!」
「黄色のやつ被せたの…」
本当に三つ子か君ら。
ちなみにララが言ったのがミートソースパスタで、リリがハンバーグ、ルルがオムライスである。
この三つ子、どうやら見た目はそっくりなのに趣味嗜好はまるっきり違うようなのである。
まあ、そりゃ三つ子だからとはいえ同じ人間ではないので当然なのだが、それにしても本当に別々である。
この前海と山どっちに行きたいかというテンプレの質問をしてみたら、流石に二択だから二対一の構図にはなるだろうと思っていたら
「海!」
「山…かなあ…悩む!」
「外に出たくない」
という見事な三者三様の答えが帰ってきた。
三者目の答えは予想できなかった…
数十分後、僕はきれいに平らげられた皿を水に浸し、満足そうな顔をした三人をみていた。
ララが楽しそうに友達の話をして、リリが頷き、ルルが眠そうにあくびをしている。
いつもの光景だ微笑ましく、仲のいいちょうど噛み合った三つの歯車が目の前で今日も回っている。うるさいけれど。
僕は彼女たちに入れる食後のコーヒーを入れるため、コーヒー豆を挽いていた。ちなみに、一番動かないのに一番食べるルルは、オムライスをお代わりし続けて僕の店の卵の在庫を空にした。
ララには甘いカフェオレ、リリには砂糖をたっぷり入れたコーヒーを、ルルは少し大人にブラックで。
ララは苦いのが嫌いだと言って甘いカフェオレが好きだし、リリは苦いのが苦手じゃないふりをしてプルプルしていたのでこっそり砂糖で甘さを足す。ルルは、コーヒーが好きらしいので、一番香りと味を楽しめるブラックで。
彼女たちが同時にカップの中身をすすり始める。ズズッという音と重ねて、ベルが鳴る。
彼女たちの面影が見える顔と猫耳。眼鏡をかけた優しげな顔。うちのピアノのお医者さんだ。
「迎えにきたよ」
そんな一言からしばらくして、カップの中身を飲み干したなら、少し赤くなった空の下、彼女たちは手を繋いで帰っていく。
まあ、そんなのを見守る毎日である。
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ナギ君が初めてのお使いに行く羽目になった原因はルルちゃんでした!今日は二話更新。
これからは店に来るお客さんの話がほのぼの続きます。
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