第14話 予期せぬミカタ

 愛するリヴィルディアに帰還したタケルは気力十分だった。昨晩も上首尾に気絶出来たので、睡眠時間もバッチリだ。よって気怠さの濃い朝食時であっても、彼だけは思考をフル回転させている。いまだ集落としても寂しいこの村を、大いに発展させてやろうという意気込みに燃えるのだった。


(まずは物資について検討しないとな)


 最初に想起したのは木材だ。資材の量は6。これまでは薪を作るのに消費する一方だったが、今後はマイキーが切り出しまでを担う事になる。よって、資材を目減りさせる事態は回避できた。


 次に石材はゼロ、鉄材は1を残す。こちらは日常的に消費したりはしないが、枯渇することで発展を阻害されてしまう。施設を建てるにしろ、装備を地充実させるにしろ、それらは必要不可欠だ。安定して収集できるシステム構築を検討したい所だ。


「石や鉄が欲しい。でも、食い物だって増やさないとなぁ」


 食料の収支はというと、日々の生産10で消費が5だ。これだけの余剰があれば、更に人を養えるだろう。そう思って、何気なく資材置き場を見たのだが。


「えっ……マジかよ!?」


 タケルは自分の眼が信じられず、思わずそちらへ駆け寄った。


「どうしたんだ、大将?」


 驚いたマイキーがその後に続く。彼らの前には、積み上がった木材だけがある。


「見ろ、コムネが空っぽになってるぞ!」


「あぁー。やられたな。野ざらしだから当然っちゃ当然だが」


「もしかして、ネズミでも湧いたか?」


「違う違う。まだ1匹くらい残ってんじゃないか?」


 そう言うと、マイキーは身を屈めて木材の裏手に腕を伸ばした。すると、今となってはお馴染みの虫が捕獲され、白日の元へと引き出された。


「ムンムゥだっけか。コイツのせいか?」


「そうだろうな。人懐っこいし、コムネも大好物だ。ここに集まらない訳がないぞ」


「倉庫でも建てるかなぁ。でも石材がなぁ……」


「じゃあ説得してみるか」


「説得って、誰をだよ?」


 マイキーはその言葉には答えず、掌を目線の位置まであげた。甲虫と顔を向き合わせる格好となる。


「なぁお前さん。悪いが、どこか行ってくれないか?」


「ムンムゥ……」


 甲虫が絶妙のタイミングで頭部分を横に振る。


「うちらだって大変なんだ。だからさ、頼むよマジで」


「ムンムーゥ!」


 今度は前足を何度も屈伸させ、頭を上下させた。それはさながら、ペコペコとお辞儀をするようにも見える。


「参ったなこりゃ。もう実力行使するしか……」


「ちょっと待て! そいつは言葉を理解できるのか!?」


「もちろん。というか大将、ムンムゥの事を知らんのか?」


「全く。何一つ」


 タケルの言葉にマイキーは眼を剥いたが、端的な説明をしてくれた。この甲虫は大陸全域に生息する生き物で、家族単位で群れを成して行動する。人を恐れるどころか、その言葉を理解できるので、ペットとして飼われる事もしばしばだと言う。


「あちこちの村が壊滅しちまったからなぁ。行く当てが無くて困ってるんだろうよ」


「行く当て……か」


 タケルの胸が僅かにざわつく。居場所を求めてさ迷う辛さが理解できてしまったからだ。自身の境遇と、このいかにも頼りない甲虫が重なると、追い出そうという気持ちは失せていた。そしてマイキーの手ムンムゥを掬い取ると、自分も目線を合わせて告げた。


「この村に居たいってんなら構わんぞ。好きなだけ滞在して良い」


「おいおい大将。そりゃあちょっと安請け合いすぎねぇか」


「文句言うなオウ、可哀想だろうがオウ」


「さっきも言ったけどよ、コイツらは群れで行動する……」


「ムンムーゥ!」


 マイキーの声を遮るようにして、甲高い叫びが辺りに響いた。すると、草の隙間から、藁葺き屋根の上から次々と仲間が顔を出し、タケルの元に集った。大小合わせて30匹は居るだろうか。


「……すげぇ一杯いんのな」


「だから止めたんだよ。引き取るとしたら、コイツ1匹じゃ済まないんだって」


「お父さん、頑張り過ぎだろうがよ……」


 唖然としながら佇んでいると、工房のドアが勢い良く閉まった。それから間を措かずにエマがタケルの元へとやってきた。


「何かありましたでしょうか。アイーシャさんが真顔で駆けていきましたが」


「アイツからしたら地獄のような光景だろうな。参ったなこれ」


「とりあえず、オレは嬢ちゃんの様子を見てくるわ」


「頼んだぞマイキー」


 タケルは早くも後悔するが、ムンムゥの群れは期待に胸を踊らせている。いや、実際に後ろ足で立ち上がり、一族総出で小躍りしてみせた。ここで手のひらを返したらどうなるかは、考えるまでもない。タケルの良心は相当な痛みを覚えるだろう。


 感謝の舞を眺める事しばし。視察から戻ったマイキーは、口よりも先に苦笑によって報告した。芳しくないのは明らかである。


「いやぁ、中々の大惨事だぞ。首に縄括って旅立とうとしてた」


「マジかよ、もちろん止めたんだろ?」


「当たり前だ。こんな目に遭うなら死んだ方がマシ、とか言って泣いてたぞ」


「そうだよなぁ。住み分けさせる必要があるな」


「死んだ後は怨念となって村に居座り、一帯を腐食の大地に染めてやる、とも言ってたぞ」


「絶対に住み分ける必要があるな」


 一応この村は民主制をとっているつもりである。構成員の要望を受け、ムンムゥの一族は村外れの泉付近にて暮らしてもらう事にした。食事の用意もすると告げると、彼らは反発をみせずに納得してくれた。


 しかし、この判断は高くついた。彼らが一日に消費するコムネは、余剰分と同じ量だったのだ。一応は賄えるのだが、ゆとりなしのギリギリの状態に逆戻りさせられてしまった。


「ペットだと割り切れば。いや、でも厳しいなぁ……」


 発展期にこの失態は痛い。食料無しには人を集められないからだ。現状で求めるべきは戦力か生産力であり、決して愛玩動物などでは無い。国策に同情は禁物。そんな教訓を、扶養家族の急増によって得るのだった。


 さて、タケルは甲虫一家をペットだと位置付けたが、その認識は誤りだ。彼らは彼らで十分に役立つということを、その日のうちに知ることとなる。


 時計の針は進み、日暮れ前を迎えた頃だ。皆がその日の仕事を終え、疲れを癒している最中にエマの声が響き渡った。


「敵が来ます! 十分に警戒して当たってください!」


 東の方が指差される。そちらに眼を向けると、今回も見慣れない姿が見えた。


 全身が灰色の体毛で覆われた四足歩行の獣。体格は人間よりも小さく、敵影は中型犬が駆けている様に酷似していた。それでも未知なる相手だ。油断は出来ないと判断し、最大戦力で迎え撃つ事にした。


「行くぞアイーシャ!」


「あいあい」


 激突したのは村の東部。一対一の形になる事で、目の前の相手に集中できる。しかし、そうまでしても簡単には倒せなかった。


「クソッ。メチャクチャ素早いな!」


 魔獣ハイウルフ。小柄で力も強くないのだが、恐るべきは身のこなしであった。その脚力と柔軟性を活かした動きには、相対する者は翻弄させられるばかりになる。


 タケルが鋭い刺突を繰り出すものの、胴を狙う槍は虚しく空を泳ぐ。その刹那には、ハイウルフが首元を目掛けて跳んだ。避けるには転がるしかなかった。


 立ち上がろうとする最中、追撃の爪打が浴びせられようとした。牽制に槍を細かく数度突くと、ハイウルフは大きな跳躍によって後方へと退いた。


「こいつらチョコマカとっ!」


 タケルはまだ善戦している方だ。戦闘パラメータが標準型であるので、どうにか五分の戦闘を演じられている。だが、パワー型のアイーシャとは相性が最悪だった。


 彼女の攻撃は地を叩くばかりで、掠りもしない。そして隙を突かれては、体に浅傷をつけられる。すべて致命傷では無いにせよ、徐々に体力を削られていることは傍目から見ても明らかだ。疲労と怒りにより、動きに精細さが欠けているのだ。


 形勢は味方が不利。そこへ更に本拠から、悲鳴による凶報が届く。


「やべぇぞ大将! 西からもハイウルフが!」


「何だと!?」


 丘の方に新手が出現した。そちらは5匹と、東よりも多い。残した手勢で守り抜くのは不可能。もはや全力で戦う以外に道はない。


「炎よ、オレに力を!」


 タケルは陽炎を身にまとうと、眼前の敵に攻め寄せた。同じ動きで槍を突く。だが、陽炎の力を借りた攻撃は、その揺らぎから虚実を曖昧にした。真っ直ぐな柄が、あたかもグニャリと歪んだように見えるのだ。


 これにはハイウルフも目測を誤ってしまう。穂先を身に受けて、腹に長い傷を付けられると、次の瞬間には煙となって霧散した。


「アイーシャ、そいつを足止めしろ。オレが戻るまでに持ちこたえてくれ!」


 タケルは返事も聞かずに本拠へ向かって駆けた。しかし、敵の足は疾い。既にミノリと対峙するまでに肉薄していた。


「無理するな! とにかく守れ!」


 そう叫ぼうとした瞬間だ。突如として耳に重たい地響きが聞こえた。湖の方から、黒々とした獣が押し寄せて来るのが見えた。また新手かと思うが、それはハイウルフの攻勢を阻む壁の様にして陣取った。味方としか思えない動きだった。


(何モンだ、あいつは……)


 その答えは直に分かる。黒い影が勇ましい雄叫びをあげたからだ。


「ムンムーゥ!」


「マジかよッ!?」


 彼らはムンムゥの集団だった。大型獣と誤認したのは、全員が団結して塊となっているからだ。それはどこか組体操のようにも見える。だが虚仮(こけ)おどしにもならない。実際ハイウルフは小バカにするような鼻息を吐き、再び侵攻を開始した。


「もういい、逃げろ!」


 タケルは一層足を早めた。だがやはり、敵の方が一手先を行く。憐れにも甲虫たちは蹴散らされ、ことごとくが討ち果たされてしまう……と思われたのだが、全く予期せぬ事が起きた。


「キィエエーーッ!」


 ムンムゥの集団がウルフに向かって金切り声を上げたのだ。一子乱れぬ叫びは、離れていても耳に痛みを感じるほどの威力があった。


 そんなものを真っ向から受けてしまった敵は、その全てが三半規管を狂わされ、前のめりに倒れた。そして泡を吐くと共に痙攣をし始める。タケルは完全に虚を突かれてしまったが、チャンスである事に変わりはない。


「ミノリ、昏倒する敵にとどめだ!」


「任せんべよ!」


 味方に損害は無かった。ミノリが軽やかな足取りで前進すると、無防備な敵目掛けて鎌を振り下ろしていく。想定外の援護により、西側は即座に安定を取り戻したのだ。


「よし、残るは東側の1匹だけ……」


 タケルは身を翻すと、今度はアイーシャの危機を眼にした。彼女は金槌を手放して倒れており、今にもハイウルフの牙が突き立てられようとしている。


 反射的に手元の槍を投げつけた。すると、物の見事に敵胴体を貫き、撃破した。戦闘終了である。


「アイーシャ、しっかりしろ!」


 倒れた体を抱き起こし、手早く状態を確かめた。出血は無い。それどころか、掠り傷が数ヵ所あるだけだ。気絶するほどの怪我が見当たらず、対処に悩む。


 するとそんな彼の耳に、アイーシャのうわ言が伝わった。


「悪魔が、悪魔の虫がたくさん……」


「そっちかよ。紛らわしいヤツだな」


 本拠からは相当な距離が離れていたにも関わらず、アイーシャは気絶しかねない程に拒絶したのだ。まさに筋金入りの嫌悪である。


 タケルたちは強力な仲間を得ることが出来た。燃費に難はあるものの、戦闘になれば頼もしい戦力となる。だが、その運用方法は難しく、指揮官として喜ぶべきか迷い所であった。

 

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