第12話 仕様上の注意点

 リヴィルディア公式サイトはある種、情報の宝庫と言えた。攻略情報には物足りなくとも、世界観やサイドストーリーは存分な程に描かれている。タケルは説明書を読まないタイプであり、概要ページなど初見であった。しかしそんな彼も、昨晩の体験によって新たな欲求が生じたのである。


「ええと、かつて主神が大地を造り……長くなりそうだな」


 だからといって面倒なものに変わりない。舞台背景を斜め読みした事で、ある程度までは理解した。


 主神は大地を造ると、二柱の神を産み落として眠りについた。しかし後事を託された兄妹は意見の相違により、やがて骨肉の争いを演じるようになる。


 兄は競争を良しとする。地上に強者を誕生させるべく、獰猛で強靭な命を造った。これを魔族と呼ぶ。一方で妹は平和と協調を愛した。言語能力と知恵に長けた命を造った。これを人族と呼ぶ。


「そんな区分があったのか。でも、死に際に敵っぽいヤツが喋ってたから、魔族でも会話できるのが居るんだろうな」


 2つの逆行する思想が折り合いをつけられるほど、大陸は広くは無かった。やがて兄妹神は真っ向から激突し、神の意を汲んだ種族も争うようになる。


 一千夜にもわたる激闘の末、傷つき疲れ果てた神々は自身の生き写しを大地に落とし、深い眠りについた。方や魔人王、方や封者の王と呼ばれる超人の誕生である。


「この封者ってのは、エマのご先祖様みたいな人かな」


 両派の諍(いさか)いは代理戦争として続けられ、最終的には魔人王が封じられる事で決着した。魔族たちは兄神の眠る魔界へと落ち延び、再起を夢見る日々を送る。


 それから幾百年。大戦の傷跡が癒え、実話が伝説へと成り変わった頃に、それは起きた。大陸東端に突如として、魔界へと繋がる時空の穴が生じたのだ。次々と押し寄せる魔族を前に、抵抗も虚しく大陸の東半分が陥落してしまう。辛くも王都を含む大都市だけは守り仰せたものの、封者の王を祀る神殿までもが敵の手中となってしまう。


「この神殿ってもしかして……」


 魔人王の復活が危惧されたが、封者の末裔は西へと落ち延びた。そして彼女は精霊師の少年とともに、人族の希望となる事を望むのだった。


「なるほど、こんな背景があったのか」


 タケルはサイトを閉じると、再び青空を眺めた。どこからともなくオナガドリの鳴く声が聞こえてくる。そんな静けさを味わいながら、このように思う。長ぇし、重てぇよ、と。


 エマの美貌に、そして広告で流れてくるちょいエロ衣装に魅了(テンプテ)されただけの来訪者にとって、あまりにも血生臭すぎる世界だった。もっとこう、めくって揉んで「タケルそんのエッチ!」みたいな雰囲気だったらなと思わんでもない。


「それでも、また行きてぇな」


 あの世界は決して優しくはない。それでも、心許せる仲間達が居るのだ。


 エマは片時すら離れず、タケルを真正面から受け止めてくれた。ミノリには食事の世話だけでなく、戦闘でも助けられた。アイーシャには立派な武器を作ってもらい、目が覚める程の豪腕を披露してくれた。マイキーは、まぁ、何かしてくれたと思う。


「頼むよ。一回きりの夢なんて言わないでくれよな」


 タケルは再びアプリにアクセスしてみた。だがやはり黒、ブラックアウト。とりあえず運営にはメールで『アプリの調子が悪いんですけど』とだけ送り、スマホをバッグの中にしまい込んだ。


 それからは特別大した事はしなかった。腹が減れば弁当を食い、小説を読んでは休み、読んでは休む事を繰り返す。そうして夕暮れを迎え、いよいよ辺りが暗くなると、重い腰を上げて自転車に跨った。これから寄り道する気にはならず、真っ直ぐ自宅へと戻った。


(あれ、誰か来てるのかな?)


 玄関には見慣れない靴が2足並んでいた。大きな革靴、男物である。それを訝しんでいると、家の奥から怒号が鳴り響いた。


「どうしてうちのタケルがこんな目に遭わなくちゃいけないんですか!」


 母の声である。リビングのドアが締め切られているにも関わらず、やたら鮮明に聞こえてくる。 


「お怒りはごもっともですが、どうか落ち着いてください」


 今度は担任の声だ。相変わらずやせ細ったような声質だと思いつつ、足音を忍ばせながら台所へと向かった。


「我が校にイジメなど存在しませんよ。御子息は思春期であるので、少しばかり過剰に反応したのでしょう」


 担任とは違う男の言葉だった。馴染みの薄いものだが、教頭がこんな声だったかなと振り返る。重たく落ち着きを払った口調だが、母の怒りを鎮めるどころか、火に油の状態となった。


「私はね、同級生の子から話を聞いているんですよ。スマホで撮影された写真だって見てるんですから! ここまでされてイジメじゃないと言い張るつもりですか?」


「10代の子というのは、ヤンチャというか、力を持て余すものです。今回の件も、少しばかりやりすぎただけでしょう」


「なんて無責任な言葉! こうなったら教育委員会に出向きます、そこでダメなら文科省に直談判しますからね!」


「いやいやいや。そんな大事にしたって、誰の得にもならない……」


「いつから損得の話になったんですか!」


 カップラーメンを手に取り、お湯を注ぎながら白熱する激論を聞き流した。特に傷つきも、驚きもしなかった。現実の教師、いや、大人なんてこんなものだろうと思うだけだ。誰だって自分が可愛い。少なくとも、3年かそこらで縁の切れる生徒なんかよりは、保身の方がよほど重要なのだ。


 担任と上役が家までやってきたが、何かが好転するとは思えない。そもそも家庭訪問も今回で2度目であり、一切が改善される事無く今日を迎えたのだ。教師が雁首揃えたとしても窮屈なだけだった。


「ああくだらねえ。今ここで退学届けでも書いてやろうかな」


 そんな独り言をこぼしつつ自室へと戻り、ラーメンを手早く平らげると横になった。2階であっても時々怒号が聞こえてくる。それが耳障りすぎたので、スマホにイヤホンを突き刺し、適当に動画を再生させた。トップページにピックアップされていた、所縁も興味も無いものだ。馴染みの無い声で耳を塞ぎつつ目を閉じる。


 そうしてどれほど時間が過ぎただろう。いつの間にかイヤホンから音が聞こえなくなった。


「あれ。スリープ状態にでもなったのかな?」


 スマホを弄ろうと手を伸ばす。だが、体が動かない。というより、手足の感覚が全く無かった。突然の事に焦りかけるも、胸から希望が湧き上がる事で不安が塗り替えられていった。


 その直感は正しかった。視界は純白に染まり、途方もないほどに眼をくらませた。光の暴力に抗っていると、槍の線画らしきものが浮かび上がってくる。見覚えがある。アイーシャが用意してくれたタケルの武器である。


(もしかして、戻って来れたのか!?)


 そうして喜びに沸き立つのも束の間だ。槍の向こう側に棍棒が浮かび上がると、それがタケルの顔面に向かって近づいてくるのが見えた。オーガの攻撃で間違いなく、対処しようと思っても体が言う事をきかない。それどころか、全身が強烈な気怠さに襲われたのだ。そう、前回の中断地点から寸分違わぬ所でのリスタートだった。


 槍で攻撃をいなそうとしても後の祭だ。予期せぬ位置からの再開によって一呼吸遅れた為に、タケルの槍は虚しく空を切る。そして振り下ろされた棍棒がシッカリ命中し、さっそく一撃死を食らわされてしまった。


「ここからとか、ふざけんな! もうちょっとマシな所からやらせろよ!」


 タケルは輪廻の最中に腹の底から叫んだ。しかしその声は、どこか楽し気な響きを帯びていた。 

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